第33話
着物とは金持ちの人間が着る服だというのが俺を含めた大概の者の認識だ。
この認識が間違っているのかどうかはこの際どうでもいい。ただ実際にそう思われているのが問題だからだ。
先にも言った通り着物とは金持ちが着る服。ならそんな物を着て外を出歩けば、たちまちに金のためなら平気で悪事に手を染める連中に襲われてしまう。
だから着物を着ていたカグヤもその対象……であった。
当初カグヤは十二単と呼ばれる昔の偉い女性が着ていたとされる普通とは違う、見るからに豪華な着物を着ていた。こんなものを見られた日にはとんでもない事になるのは想像に難くなかったが、幸いにカグヤは目を覚まして以降はテレサさんがあげた白いワンピースを着ていたから着物を理由に狙われる心配はなくなった。
なのにだ。
今気がつくとカグヤは白いワンピースの上に以前着ていた着物を利用して作ったと思われる桜色の美しい長羽織を着ているのだ。十二単と比べるべくないが羽織も着物。町に入ってから襲われていた理由としては十分。
こんな簡単なこと、今日会ったばかりの情報屋に言われて気がつくなんて……情けない事この上ない。
横からカグヤの顔を見る。
「?」
ネズミの言葉の意味がまったく伝わっておらず眉を顰めている。
これは説明しないわけにはいかないよな。
「カグヤ、実は……」
カグヤに着物のデメリットについて説明する。
「なるほど、私達が襲われていたのはその様な理由があったんですね」
「納得したか?ならそれはもう脱いだほうが——」
「——納得していないのでお断りします」
「はっ!?なんで!?」
「今の私は金持ちではありません。なので襲われる理由がありません……なにより好きな服を人の都合に合わせて着てはダメだなんて到底受け入れることは出来ません」
そう言って拗ねたように頬を膨らませるカグヤ。
「いや言ってる事は正しいんだけどさ、危険が伴うのに押し通す程の事なのか?」
「女の子の自由を束縛する様な危険があるのなら突き破ってでも押し通るのみです」
「自由ときたか……その言葉を出されたら俺は何も言えないな」
カグヤは勝ち誇った顔をする。
人の自由を束縛する権利は俺にはないしとやかく言う事も出来ない。
「話はすんだかい?」
苦笑いを浮かべながらたずねてくるネズミにカグヤと俺は黙って頷く。
「すみません少々話が脱線してしまいました……私が着物を着ているから狙ったという話でしたが、誤解があったようですね」
「誤解?」
「はい、私はこの着物を着てはいますが別に私自身が富を持っているわけではありません。これは、少々ずるい言い方をするなら……盗んだものですね」
「は、盗んだ?冗談言っちゃいけねぇよ。見るからにひ弱な嬢ちゃんがどうやってそんな上物そうな着物を盗んだっていうんだ?」
「着物だけを盗む程度、何も腕力に頼る必要はありませんよ」
「……」
ネズミは黙り込むと表情や汗などから真偽を探ろうと鋭い視線を向ける。だがカグヤは意に介さず変化のない人形のように笑みを崩さない。
「……どうやって盗んだのか聞いても?」
「私の様なものが手口をペラペラ喋ってあなたはそれを信じますか?」
「……いいや」
「でしょう?ならそういう事です」
「……くえない嬢ちゃんだ」
降参とばかりに両手を上げてぷらぷらするネズミ。本当にカグヤの言っている事を信じたのか分からない。しかしこの話はこれで終わりのようだ。
「さて、では本題に移りましょうか。最近巷で噂になっている子供の住む町の情報についてです」
「……」
「この情報を流しているのはあなたという話ですが……本当ですか?」
カグヤは質問するとネズミは上げていた両手を下ろす。するとカグヤに俺を順に見た後深いため息を吐いた。
「……それをお前達、子供が聞くって事はもしかしてしなくても町の関係者か?」
「だったらどうします?もう一度その銃を使って私達を捕まえようとしてみますか?」
「はっ、意地の悪いこと言うね。それが出来ないのはもう証明されちまったっていうのに……」
ネズミは横に置いた酒瓶を手に取るとラッパ飲みする。
「ふぅ……あぁ、情報を流しているのは一応俺って事に——っ!」
そう口にした次の瞬間ネズミは息をのむ。
何故ならいつの間にか俺が目の前にいるから。
・〜〜〜○
ネズミは内心で呟いた。
ありえない。
ネズミが酒を飲んだのはほんの10秒に満たない僅かな時間。その数秒の間にアカリは音も気配もなくネズミの真正面にいたのだ。
あ、ありえねえ……一体どんなトリックを……。
「お察しの通り俺は町の関係者です」
「!」
アカリの声にネズミの心臓が強く跳ねた瞬間顔から汗がふきだす。
「それで認めた上で聞きます。関係者の俺が此処に来た理由は説明しないと分かりませんか?」
「っ!」
声を出す事も忘れて首を激しく横に振る。
「理解がはやくて助かります」
そう言うとアカリは人差し指を立てた右手がネズミの首、喉の辺りへ触れる。
「——!?」
瞬間ネズミの全身に寒気が走りまるで喉に当たったのがナイフの鋒だと一瞬錯覚した。
ネズミは直感してしまった。
これは紛れもない死の気配だと。
「どうやって町の事を知りましたか?」
丁寧な口調で優しそうでさえある感じに問いかけてくるアカリ。だがネズミにとってそれは尚更怖かった。
だが質問には絶対答えなくてはいけない。
何か一つでも機嫌を損ねること、遅延や嘘なんかをしてしまえば喉に触れている指が本物のナイフへと代わり自身の命を奪うだろうと思えたから。
しかし分かっていてもネズミは怖くて上手く声が出せないでいるとアカリの目が細くなる。
「話す気、ありますか?」
そう言ってアカリは首から指をどけようとする。
「——っ!?ある!まります!だから指はそのままにしておいてくれ!」
嫌だ!死にたくない!
「……そうですか。ならもう一度聞きます。どうやって町のことを知りましたか?」
指を戻してアカリは問いかける。するとネズミは過呼吸気味な呼吸をしてなんとか返答を絞り出す。
「き、聞いたんだ……ある男に」
「聞いた?あなたが自分で確かめたんじゃないんですか?」
「違う……この情報は俺が仕入れたわけじゃなくて、頼まれたんだ」
「頼まれた?」
「あ、ああ……ある男に金を貰って、情報を流してくれって」
確証がない情報を流すのはネズミの心情に反する事だった。しかしその時はどうしても金がいるため仕方なく引き受けた。
だがこんなヤバい子供が来ると分かってたなら絶対に引き受けなかったのにと内心後悔するネズミは気づかない。目の前で真犯人が別にいる事に驚いているアカリに。
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