第32話

「目的地に到着だな」


 眼前の朽ちた廃ビル。壁のあちらこちら崩れ銃弾の跡なんかもありとても人が居るとは思えない場所……普通なら。


「なるほど」


 横でビルを見るカグヤは目を細め呟く。


「これだけ人が近づき難い雰囲気なら如何わしい事をしようとする者には最高の物件ですね」

「ああ、だからもし何も知らない普通の奴が近づこうものなら——ふっ!」


 足元に落ちている石を拾い振り向き様に投げる。すると「ぎゃっ!?」と声を上げナイフを持った男が倒れた。


「ビルの中や周囲に張ってるこういった奴等が襲ってくる」

「……此処に来る道でも結構居ましたけど、まだいるんですね」


 やれやれといった感じにため息を吐くカグヤ。


 カグヤの気持ちはよく分かる。ここまでの道のりで俺はさっきみたいに何人も撃退したが一向に襲撃が減る気配がない。


「普通ここまでやられるのを見たらちょっかいを出す事を諦める筈なんだけどな」

「私達が子供だからでしょうか?」

「それはあるかもしれない……でもそれだけじゃない気がする」


 ビルを睨み付ける。


「さしずめ蛇の巣穴かな……とりあえず手を突っ込んでみるしかないか」


 最大に警戒しビルの中へ足を踏み入れた。


 だが蓋を開けてみればあっさりと目的の人物が居る部屋に辿り着いてしまった。


「おやおや、男と女の子供が2人……こいつは珍客だ」


 見窄らしいボロを纏ったボサボサの髪に髭を生やした中年の男が酒瓶片手に座っていた。


「飲むか?」


 男は自分が飲んだ後の酒瓶を俺達に向ける。


 さてどう返答するか、言葉を誤って回避出来るかもしれない荒事を招くのも嫌だし……かと言ってこのまま何も答えないのはびびってると思われるし——


「——遠慮します。私達は此処に一杯やりに来たわけではありませんので」

「ちょっ、何勝手に話し始めてんの!?」

「いけませんでしたか?」

「いけませんですよ!」


 こんな油断ならない相手に世間知らずっぽいカグヤが話すなんてどんな事態になるか分かったもんじゃない!


 チラリと男を確認してから聞こえないくらいの大きさで話す。


「俺がやるから黙って見ててくれ」

「それは出来ない相談ですね」

「なんで?」

「これは明らかに私向きだからですよ」

「……どこが?」

「これでもお姫様をやっていたんですよ?相手の言葉や言動から考えを読むなんて慣れたものです。少なくともさっきまで何を言えばいいか考えてたあなたよりはね」


 ぐっ、中々に痛いところを……というか俺が何を考えてたのか分かったのか。感情は読まれない様にしてたつもりなのに、ちょっとショックだな。

 

「適材適所というやつですよ。この場は私に任せてください。ね?」

「……分かった」


 またも心を読まれたので折れるとカグヤは満足そうに笑う。


「内緒話はすんだかい?」


 男が問う。


「ええ、ですので話を続けましょうか」


 男の方を向き直るカグヤ。

 しかしその顔はさっきまでの無邪気な笑顔じゃなく頭の良い奴が人を騙す時によく見せる感情が読めない冷めた笑みに変わっていた。


「まずお尋ねしますが、あなたがここ最近子供が居る町の情報を流している方で間違いありませんか?」

「はて、なんの話かな?」

「では聞き方をかえましょう。あなたが此処を根城にしている情報屋のネズミですよね」

「……お嬢ちゃん、その名前を何処で聞いたのかな?」


 男の目が鋭くなる。


「この町に来る前に会った一団とだけ言っておきましょうか」

「……何処の誰かまでは教えくれないのかい?」

「こちらの質問に答えてくれるなら考えなくもありません」

「……」


 面白くなさそうに顎の髭をいじる男。


 この男は間違いなく俺達をただのではないにしろ手玉にとりやすい子供という認識だっただろう。でも実際はこの通り、秘密を混ぜた食いつくネタをちらつかされて会話の主導権を奪われた。


 お姫様も伊達じゃないってところか。


「いいぜ……あぁ、嬢ちゃんの言う通り俺はネズミだ」

「認めたという事はやはりあなたが町の事を?」

「そいつは——」


 会話を遮るように俺はカグヤの前に立つ。


「アカリさん?どうしたんですか?」


 後ろから出ようとするカグヤを静止する。


「情報屋が、随分とらしくないまねをするんですね」

「なんだいボウズ?藪から棒に」


 ネズミのボロで覆われて見えないが右腕付近を指さす。


「敵か客かも分からないのに銃を向けるなって言ってるんですよ」

「っ!?な、なにを言ってんだ!誰が銃なんか……!」


 いいや、ある……絶対に。


 銃は重く会話中ずっと相手に向けているのは中々に辛い。だから体は無意識に楽になろうと動かしていけない方とは逆によく動く。そして銃を持っている手は逆に狙いがぶれないようにと不自然に動かない。体を大きな服で覆い武器を隠す輩によくある特徴だ。


「だったらそのボロの下を見せてください。右腕をそのまま一切動かさず」

「……」

「撃ちますか?そうなると俺の方が絶対に早い。だから……慎重に選ぶことだ」


 顔から滝のような汗をかくネズミを見据えることを数秒後、ネズミは床に見えるように銃を置き両手を上げた。


「降参だ!降参!ったく、洒落にもならねぇ圧だしやがって……本当にガキかよ」


 その様子を見て圧を収めるとネズミはまるで緊張が解けたように両手を地面に着けながら荒い息継ぎする。


 そこまで圧を出したつまりはなかったんだけどな。


 一先ず攻撃の心配はなさそうなのでカグヤと再び交代する。


「暴力に訴えるのをやめてもらえたようで何よりです……ですが一応聞かせてもらえますか。何故私達に銃を向けてあまつさえ引き金を弾こうとしたのかを」


 カグヤの冷たい視線と言葉がネズミに注がれる。


「はっ、ボウズもそうだが嬢ちゃんも大概だな。最近のガキはどうなってんだか……」


 ネズミは体を起こすと汗を拭い一呼吸入れる。


「俺が嬢ちゃんを撃とうとしたのは金のためさ。あ、一応言っとくが殺すつもりはなかったぜ?捕まえるためだ。現に銃の弾は麻酔弾だから確認してもらえれば本当だと分かるはずだ」


 ネズミの銃を調べると確かに込められた弾の全ては麻酔弾だった。


「どうして私を狙ったのですか?」

「どうして?んなの嬢ちゃんが何処ぞの金持ちの娘だからに決まってんだろう?」


 そうネズミが口した途端横に立っている俺しか気づかない程、僅かにカグヤは体を強張らせた。


 月のお姫様である事がバレたと思った事だろう。俺もそう思った……だが直ぐにそういう事ではないと思い至るがそれをカグヤに伝えるのは間に合わなかった。


「……誰からそんな事を」

「あ?そんなの誰に聞かずとも一目瞭然だろう?そんな身なりの良い服?着物?なんかを着てたらよ」

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