第30話

 カグヤに自分やりたい事を話した次の日、俺はまだ薄暗い中町を立とうとしていた。


「準備は出来た。後はさっさと出るだけだな……」


 昨日カグヤと喋っていた瓦礫の山の上で大きく深呼吸する。


 やっぱり此処は落ち着くな。生まれ故郷って訳じゃないけど育った場所ではあるからかな……。


 名残惜しさが後ろ髪を引く。


 しかし今此処で足踏みをしていれば自分はもう前へ進む機会を永遠に失う様な気がしてならなず払うように自身の頬を軽く叩く。


「ダメだダメだ!今進まないでどうするんだ!」

 

 これ以上気持ちが揺れないうちに瓦礫の山を後にし町の中心へと向かう。


 町の中心地にはこれからの足である人攫いから奪って改造したトラックを昨日のうちから停めているのでテレサさんなり子供達が起きる前にとっとと乗って出て行こうとする。


 だがそこには何故かカグヤがいた。


「おはようございます」

「なんでいるんだ?」


 俺、誰にも今日の事は伝えてなかった筈だよな?


「貴方が人攫いを退治したその日から分かりやすく町を出る準備をしていたからですね」

「え、そんなに分かりやすかった?」

「はい……と言いますかわざとではなかったんですね」

「……お恥ずかしながら」


 カグヤは呆れているのか苦笑いを浮かべている。


 自分の迂闊さが本気で恥ずかしい……まさか見て分かるくらいだったなんて。


「でもどうして俺がこんな日も登ってない時間に出るなんて分かったんだ?準備してるのを知ってるからって時間や日にちまでは……」


 まさか見送りのために野宿でもしていたのだろうか?


「昨日の夜から貴方のトラックの運転席で寝て待っていたんです。あと此処で立っていたのは偶々起きて外の空気を吸っていたからですね」

「想像以上に快適そうに待ってるな。てか、無断で人のトラックに乗るなよ」


 やれやれとため息を吐くとカグヤは悪戯が成功した子供の様に楽しそうに笑う。

 

「見送りなんていらなかったのに……」

「見送り?なんの事ですか?」

「いや、わざわざ見送りのために来てくれたんだろう?」

「いえ、私も一緒に行くからですよ?」

「はい?」


 なんか意味の分からない事を言い出したぞ。この月のお姫様は。


「なんでそうなるんだよ?」

「私にも私の事情があります。だからある意味、貴方と同じでこれは良い機会なんです」

「それってあれか?身の上話で聞かされた……やらないといけない事があるっていうやつ?」

「そうです。そして言いましたよね……ミーティアのパイロットである貴方にも協力してもらわないとダメだと」

「いや、まあ協力する事はやぶさかじゃないけど……」

「では決まりですね」


 そう言うと俺の静止など聞かずカグヤはとっととトラックの助手席に乗り込んだ。


「はあ……まあ、1人くらい同乗者が居てもいいか。旅は道連れ世は情けという言葉もある事だし」

 

 トラックに乗るとエンジンを始動させる。


「行き先は?」

「そうさな……とりあえずはエリア5の首都、京都かな。商売を始めるには許可証がないと色々面倒だし」


 確か昔は京都って名前の場所だったかな?傭兵業をやっている時も何度か行った事はあるけれど仕事だと滞在なんて出来なかったし今回は色々見たいものだ。


「楽しそうですね」

「ん?」

「顔が笑っているのでそうなのかなって。違いましたか?」

「え、あ、本当だ」


 口元に触れてみると確かに口角が上がっている。


 顔に出るくらい楽しみって子供かよ。


 しかし不気味さはない。

 だってこれは不自由だった過去と違い今は自由だという一種の証拠なのだから。


 ハンドルを強く握りしめる。


「それじゃあ行ってみようか!」


 気持ちを新たにアクセルを踏み込みトラックは薄暗い町を出発した。


・〜〜〜○


 町を出て行くトラックのテールランプを見送りながら唯一の見送り人はタバコを吸う。


 その人物の名はテレサ。

 カグヤとは違い昨晩の夜から野宿でアカリが来るのを待ち見送ろうとしていた人物だ。


「名残惜しくて足踏みするんじゃないかと思ってたけど、杞憂だったみたいね」


 笑いながらそうこぼすテレサ。


 問題の解決を頼みアカリならやってくれるであろう事は分かっている。

 しかしなんやかんやで居心地の良い町を出る事は躊躇しやりたい事を遅らせるのではないかと心配していた。


「人は前へ進む事をやめた瞬間、緩やかに死んでいく……それはやるべき事を終えた者の特権。やっとスタートラインに立ったアーちゃんにはまだ早い」


 可愛い弟分であるアカリに望む。

 自由になったその身で人生という道を進みなんのために生きるのかを知る事を。

 

 赤いテールランプが遠ざかって消えていく。


 寂しい気持ちはある。けれど決してそれを見せる事はしない。


「頼れる姉をやるのも中々しんどいものね……っとと、鼻水が」


 鼻を啜ると吸っていたタバコを捨て踏んで火を消す。


「さてと、戻って朝ごはんの準備しないと」


 孤児院に帰ろうと歩き出す。

 

 だが数秒後には立ち止まった後ろを振り返ると笑みを浮かべる。


「2人ともいってらっしゃい……良い旅を」


 そう言って今度こそテレサは振り返る事なく孤児院へと帰るのだった。

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