第29話
「困った事になったわ」
朝一番、まだ子供達が寝ている時間のリビングに俺とカグヤを集めたテレサさんは神妙な顔でそう口にした。
「困った事とは何がですか?」
カグヤはそう言って小首を傾げるとテレサさんは深いため息を吐いた。
「実は昨日襲ってきた子供狙いの人攫いから話を聞いたんだけど……どうやらこの町には人が、しかも子供だけが身を寄せて暮らしてるって噂を流してる輩がいるようなのよ」
「それは困った事なのですか?」
「大いに問題だ」
やはり分からないといった様子でカグヤは首を傾げたまま腕を組む。
「あー、カグヤは月の人でタイムスリップしてきた訳だから知らないんだったわね」
カグヤは世間知らずで申し訳ないと言わんばかりに苦笑いを浮かべる。
まあ、これからこの時代で生きていく訳だし知っておかないとダメだよな。この町の事を知っていて住んでるのだから余計に。
「簡単に言うとだ。昨日みたいな子供狙いの碌でなしばっかりがやって来るってこと」
「は、はぁ?」
「アーちゃん、それじゃあ説明不足よ」
「え、そうですか?」
「もう……嫌な話なのだけどねカグヤ」
「?」
「子供は善悪問わず色々な連中がこぞって欲しがるの。売買や兵隊にするってなんかの悪い意味でね」
「っ、なんて卑劣な!」
カグヤは拳を震わせて立ち上がる。
するとテレサさんは肩を叩き落ち着けと促す。
「だからね。こういった理由からこの町が認知されるのは非常にまずいのよ」
「下手をしたらまた今日にもまた人攫いが来るかもしれませんけど……どうします?」
「対策はあるにはあるんだけども……」
「あるならやりましょう!」
「でもね……」
カグヤに詰め寄られるテレサさんが俺の方を見る。しかも困った様子だったから、何を思っていたのかなんとなく察せられた。
「いいよ、テレサさん。俺に気をつかわなくて」
「アーちゃん……でもそれだと、アーちゃんの自由が……」
「これは自分の意思です。選ばされた訳じゃないから、俺は自由ですよ」
そう、俺は自由だ。
もし誰かの意思を尊重した選択だとしても選んだのは俺。これまでとは違う。
テレサさんは目尻を摘んでため息を吐く。
そして数秒後には顔を上げ真剣な顔で案を口にした。
「……私かアーちゃんのどちらかが直接問題を潰しに行く」
・〜〜〜○
テレサさんからの話が終わり賑やかな朝食も済むと私はアカリさんと昨日の騒動で出来た瓦礫の山の上にいた。
「わざわざ2人で話ってなんだよ?」
「……本当によかったんですか?」
「なにが?」
「貴方が問題の解決を担う必要はなかったのではないんですか?」
「あー、その話か」
「っ……」
アカリさんは見上げていた空から視線を私に移すと鋭い視線に気押される。
怒っている様子は全然ない。けれど緊張のあまり次の言葉を言い淀んでいるとアカリさんが先に口を開いた。
「俺かテレサさんしかどうにか出来ないなら俺が行くのが最善だ」
「……最善、ですか?」
「テレサさん以上に此処に詳しくて子供達に頼られて強い人はいないだろう?」
「それは……たしかに」
アカリさんの言う通りテレサさん以上の適任はいない。いや、強さだけでいいならアカリさんもいいのかもしれない。でもテレサさん以上に子供達に頼られるかというダメだと思う。これはアカリさんに限った話ではないけれど……。
しかし私が言いたいのはそういった理由じゃない。
「でも私が言いたいのは、このままだと貴方は人の命を奪わないといけなくなる可能性があるんじゃないかという事です……誰かに強制されたわけじゃなく自分自身の意思で誰かを言い訳にして」
アカリさんの手がピクリと動いた。
テレサさんや子供達の事を考えればアカリさんの選択は人として素晴らしいと言える。
でもだからと言って人の命を奪う事が正当化されるわけじゃない。
「もしそうなら私は貴方を許しません」
睨みつけてそう言い放つと数秒の沈黙後、アカリさんはため息を吐いた。
「言われるまでもなくそんなつもりは微塵もない」
「なら、どうするつもりですか?」
「殺す以外の手はいくらでもあるさ。多少非道なのを含めてさ」
アカリさんはその場にしゃがみ込むと落ちている紙飛行機を拾う。
「それにこの策に乗ったのはいい機会だったからなんだ」
「いい機会?」
アカリさんは頷くと持っていた紙飛行機は突風に攫われて青空に飛んでいく。
その様子を見上げてアカリさんは穏やかに笑う。
「この町を離れる機会さ」
・〜〜〜○
ずっと考えていた。
自由になってこの町に来た時から俺は何をしたいのかを。
その答えが昨日ようやく出たのだ。
だがそうなるとタイミングを考えていた。急に出ていけばお世話になったテレサさんに不義理だしカグヤには自身がしたお願いで急かしたと思わせてしまうかもしれない。
だがそんな時に飛び込んで来たのが今回のテレサさんの話。これならごく普通に町から離れる言い訳がたつし一石二鳥というわけだ。
「……なるほど。理由は分かりました」
「納得してもらえたか?」
カグヤにはお願いも理由にあるというのは伏せて説明した。
「はい。ですが一体なんなんですか?やりたい事というのは?」
「それは……あれ」
何処へともなく飛んでいく紙飛行機を指さす。
「紙飛行機ですか?」
「そ、正確に言うと元になってる手紙の方だけど」
不思議そうに首を傾げるカグヤ。
「あの時に良いなと思ったんだ……俺がSDに追い詰められた時に2人が石と一緒にメッセージを書いた手紙を投げてくれた時」
書かれた内容は短く必要最低限。
でも確かに思いが感じられた……どうにかして助かってほしいという思いが。
思い出すと胸の辺りがじんわりと暖かくなっていく。
「俺も、誰かに手紙を……想いのこもった何かを届けてみたいんだ」
それを聞くと険しい顔をしていたカグヤが優しく笑う。
「とてもいいと思います」
「そうかな?」
「ええ、とても優しい夢ですね」
「むっ、幻想や空想の類ではないのだが……」
「あー、いえそうではなくてですね。やりたい事、なりたい事を総じて夢というのです。だから決して馬鹿にしている訳ではありませんよ」
「そうなの?」
「ええ」
「そうか……なら、いいや」
夢か……なら俺の夢は俺と同じように何か大事なモノを受け取って暖かい気持ちになってほしいなのかな。
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