第26話

 SDの前を飛んでいく無数の紙飛行機。


 中々に見応えのある不思議な光景……けれど今、この時に限っては見惚れている状況じゃない。

 

「なんで紙飛行機なんかが……」


 子供達の仕業……いや、子供達がこんな明らかにヤバい場所に向かって紙飛行機なんて飛ばすか?


 SDは鬱陶しいそうに飛んでくる紙飛行機を腕ではたき落とす。しかし紙飛行機は後から後から続いて途切れない。


「……明らかにわざとだよな」


 SDを狙ったあまりにも危険な行動。

 今この町でそんな事をする人間といえば思い当たる人間は1人しかない。


「……テレサさんの仕業か?」


 しかしどうして紙飛行機なのだろう?

 でもテレサさんがそうするなら間違いなく意味がある筈に違いない。


「紙飛行機の先端に何か爆発物を塗ってるとかじゃないようだし、かといって誰かにメッセージを送るためでもないとなると後は……目眩しか?」


 攻撃力のない紙飛行機の使い道といえばこれが1番高い。


「でもそうなると目眩しをする意味ってなんだ?」


 今ならSDの視界が遮られ意識もそれている。なので顔を少しだし紙飛行機が飛んでくる方を確認する。すると上手いことSDから姿が見えない様に紙飛行機を飛ばす人影が2つ。


「1人はテレサさん、後1人は……ダメだ。紙飛行機を飛ばす手だけで誰かは見えない」


 しかし本人達を見た事で何がやりたいかの当たりはついた。身を守りつつ敵への目眩しつつで誰かを手助けしようとしてるのだ。


「でもその誰かって誰なんだ……——っ!」


 慌てて物陰から飛び出す。


「どう考えても俺じゃないか!」


 テレサさんが逃げずわざわざあんな、手がないからその場で思いついた危険を承知の方法をとってまで手助けする者なんて守るべき子供達か親しい自分以外いる筈ないのだ。


 瓦礫の合間を縫う様に走りSDを抜き去る。


 トラックの横を通り過ぎると銃を持った敵が慌てて俺の背中に向けて発砲する。

 しかし弾は的外れなとこへ飛び1発も当たらない。


 これなら目的地まで余裕……とは、いかないか、やっぱり。


「撃つじゃなくて追ってくるか」


 背後からSDが追って来ていた。


 何を必死になっているのか武器を使うのも忘れて建物を蹴散らし俺だけを目指して。


「っ、せっかく手助けしてもらったんだ。捕まってやるか!」


 目的地に辿り着けば勝ち。そして少しでも疲れてスピードを落とせば負ける。


 集中しろ……ただゴール辿り着く事だけに。


 建物、当たる前に左右どちらかへ——壁や塀を飛び越えて屋根の上を通りショートカート。

 無数の大きな瓦礫や廃車——体や手で受け流しつつ加速に利用し前へ前へ。


 速度は意地でも衰えさせない。


 そう思った直後しつこく追ってくる背後のSDも同じかと考えた瞬間それを取り消す。


 向こうは完全有利な狩る側だ。意地でも衰えさせないなんて気持ちはなく軽い気持ちでコクピットでペダルを踏み込んで俺が弱ってスピードを落とせばそれ勝ちが決まる。なんたる不平等。


 と、走ってる最中に考えてしまった事に呆れる。


 っ……走る事だけに集中と思ってたくせに気が散りっぱなし……我が事ながらこんなのでよくもまぁ、今日まで生きてきたものだ。


 戦場では気を散らせば即命取り。


 素人でも分かる常識……しかし、俺は戦場でこのかた一度も1つ事に集中出来たことなんて無い。なのにどうして俺が今日までこうして生きている理由はただ1つ。


 意思。


 なんとしても生き抜き自由を手にするという何者にも、例え自分にも変えさせないたった1つの意思。


「意思の力、舐めんなっていうんだよ!」


 そう叫んだ数秒後の事だ。目の前の非常な現実を目の当たりにするのは。


・〜〜〜○


 SDが彼を追って背中を向ける。


 彼がSDを無事抜けた。

 彼が何を目指して走っているのかは知りませんけれどテレサさんの言う通りならこれで事態は解決する。


「まずいわね」


 私の横の双眼鏡を構えたテレサさんは呟いた。


「まずいって何がですか?」

「アーちゃん向かってる先、倒れた建物なんかが重なって道が塞がっているわ。さっきSDが暴れた衝撃で崩れたみたい」

「なら左右どちらかに避けたらいいだけでは?」

「それもダメね。左右も瓦礫で塞がってるから登りでもしないと通れない……でもそうすれば確実に捕まる」

「じゃ、じゃあどうするんですか?此処から叫んでも声は届かないだろうし——あ、文字を書いた紙飛行機を飛ばしてその事を伝えるのは?」

「紙飛行機が走っては人間に追いつける?」

「無理、ですね……」


 どうする?どうすれば彼を助ける事が出来る?いっそこのと敵の乗っていたトラックを使って……ダメ。1台目は位置的に2台目が邪魔だし2台目は敵がいるから使えない。


「どうすれば——ん?これは……」


 俯いて足元を見た瞬間不意に閃く。


 これを使えばもしかしたらと。


「テレサさん、質問なんですけど」

「なに?」

「1つ、私の案にのって頂けませんか?」


 足元に落ちている拳代くらいの石を拾いテレサさんに見せる。


 これは机上の空論の様なのも。

 でも、現状これ以外に彼を助ける事の出来る可能性のある案はない。


・〜〜〜○


「っ、まじかよ!?」


 目的地まで残り50メートル位まで来て道が瓦礫によって塞がれていた。


 まずい正面だけじゃなく左右まで!これじゃあ袋の鼠だ!


 目的地まで辿り着くため道を変えなくてはならない。しかしすぐ後ろには敵が張り付いていて戻って道を変える事が許されない。


 どうする!?どうする!?無理に進もうにもあんな大きい瓦礫を登ってたら間違いなくやられる!戻ったとしてももう一度追いつかれず逃げられるだけの体力なんて……!


 やられる覚悟で戻るか進むかの結末が同じ意味のない二択に悩むその時だった。


 ガンっと、後方で妙な音がした。

 まるで硬い何かにわざと石をぶつけたみたいな音が。


 後方を振り返ると唯の一度も足を止める事のなかったSDが足を止めていた。


「——」


 驚いた。SDが止まっている事じゃなく止まった理由を目にしたからだ。

 

 俺とSDの間を落下していく砕けた瓦礫片……そしてそのすぐ近くに漂うしわくちゃの紙、いや正確には手紙。


 それには殴り書きでこう書かれていた。


『敵を使え』


 宙を舞う手紙の内容を目に出来たのはほんの数秒。文章の意味を正しく理解出来る余裕なんてない。


 ——しかし俺の体は動いた。


 塞がれた行き止まり前まで走り、その道中拾い上げた瓦礫を止まったSDへ投げつけた。


 これで合っている確証なんてない……けれど俺の理性じゃなく本能が言ってる——

 

 止まっていたSDは瓦礫をぶつけられて怒ったのか俺に向けてその拳を放った。


「——これならいける!」


 横に飛び攻撃を躱すと後方の瓦礫に当たり吹き飛ぶ。そして目的地が目と鼻の先に現れ粉塵に紛れ一目散に向かった。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る