第22話
「はあ、情けない……子供のあんな言葉くらいで取り乱して逃げ出すなんて……」
さびれて人気のまるでない公園のジャングルジムの天辺に腰掛けて項垂れていた。
「批判されるまでもなく自分がやってきた事なんだから1番理解してる……つもりだったんだけどな」
誰かに自身の罪を非難される日がくるなんて考えてもいなかった。
これまで仕事の結果として褒める者はいた。けれど責める人なんて自分自身以外誰1人いなかった……いや、やめよう。こんな見苦しい言い訳。
「でもきついな……自分で責めるより人に罪を責められるのは」
孤児院で俺を非難した少女を思い出す。するとまた心臓が不規則な鼓動を繰り返し苦しくなり涙が再び出そうになる。
苦しい……苦しい、苦しい、っ、苦しい。
鼻を啜り鳩尾付近を手で押さえこの苦しみから、罪から逃げたいと思いが膨らむ。
「——あ!アカリの兄ちゃんだ!」
「こんな所で何してるの?」
「お兄ちゃんも移動図書館見に行こうよ!」
「また高いとこ登ってる」
「テレサさんが危ないって言ってたのに!」
「私知ってるよ!バカと煙は高い所が好きってやつだ!」
偶然通りかかった孤児院の子供達が俺を指さして楽しそうに騒ぐ。
「ふぅ……こらガキンチョ共、人を指さして叫ぶんじゃありません。あとバカと煙とか言った奴、後で説教な」
「えー?兄ちゃんの話ねちっこいから嫌だ」
「「「ねー」」」
「なるほど……全員尻叩きしてほしいって事だな」
立ち上がって追いかけようとする素振りを見せると子供達は楽しそうに騒いで逃げて行った。
「無邪気なんもんだ……でも不思議と悪い気はしない」
完全に消えたわけじゃないけれど苦しみがほんの少し和らぐ。
「ふぅ……ん?」
目の前に子供達が飛ばしたと思わしき手紙で作られた紙飛行機が飛んでいたのでキャッチするとまた飛ばす。でも狙った方には飛ばず右に左に飛び風に流されていった。
「……移動図書館、ね」
・〜〜〜○
テレサさんに連れられて私は外に出ていた。行き先は聞かされていない。ただ一緒に歩いてほしいとだけ言われて。
「結構歩いたけど大丈夫?」
「はい、大丈夫てす。というか、気分が良いのでもっと歩いていたいくらいです」
リハビリで孤児院の周辺なら軽く歩き回った。今日はそこから離れた長距離散歩。多少のキツさはあれどそれが苦にならない位に初めて見て歩き回れる事が楽しい。
「そう、でももう目的地の1つに着くから少し休憩にしましょう」
テレサさん言う目的地、そこはフェンスで囲われた畑。そしてその周りには泥だらけになった子供達の姿があった。
「さ、お昼にしましょうか」
テレサさんが持って来ていたお弁当を私達は食べた。中身はおにぎりや卵焼きにきんぴらごぼう。とても美味しかった。
この時に知ったのだけど、お弁当の料理の具材は全てテレサさん達孤児院の皆んなで畑や田んぼで一から作っている。自給自足と自立を目的に子供達とやっているのらしい。
ゴールドスリープから目覚めて体が満足に動かないからリハビリばかりに集中していたけど、今日まで皆んなが汗水流して作った物を働かず食べていたとなると罪悪感が……戻ったら私にも何かお手伝い出来ることはないか聞いてみよう。
昼食を終えると私とテレサさんは次の目的へ向かった。
そこは壊れた建物を利用した貯水場。
川、雨、雪から得た水を濾過して貯めているのだそうだ。
「昔は水道が普通に通ってたんだけどね、今は全く使えないからこうやって地道に貯めてるのよ。普通に使える街はあるにはあるらしいけど」
私は正直に驚いていた。
私は眠る前、まだ生活に何不自由ない時代を知っているだけに現代がここまで大変な事になっているなんて思いもしなかったのだ。
あるのなら水や食べ物が何不自由ない場所へ引っ越そうとは思わないのですか?と私はテレサさんに聞く。
「まあ、出来るならその方がいいんでしょうね。でもそれが出来るのはこの世界で巨万の富を築いた者だけ。私達には縁がない話よ」
その巨万の富も人を殺して得た汚れた物。そう思うと急にその見た事もない街が血で汚れた悍ましいものに思えてきた。
「さて、ここまで結構歩いて見たけれどどう思った?」
「……苦しくも、お金をまったく使わず活き活きしていると思いました」
「そう、苦しいけれど私達は活き活きしている……けれどね、お金をまったく使っていないわけじゃないのよ?」
「え?でもそんな様子どこにも……」
テレサさんはポケットから紙幣と小銭、そして何かの種を取り出した。
「野菜の種もただじゃない。稲もそう。害獣や泥棒対策に生きた鶏や牛の調達に濾過装置。それらを使うための知識。決して安くないお金が掛かっていた」
「なら、そのお金は……」
貴女も誰かを殺してお金を得たのですか?
そう口に出そうとした瞬間、口をつぐむ。
しかしテレサさんは私の言わなかった言葉の続きを理解してか首を横に振る。
「仕送りよ」
「仕送り?一体誰からの?」
「貴方を助けた彼」
「……彼が」
仕送りをするなんて殊勝な事で素晴らしい。けれどそれも傭兵の仕事をしてでのお金である以上素直に褒める事は出来ない。寧ろ嫌悪感の方が強い。
「嫌いだって言いつつ結局は人を殺めてお金を得るだなんて……」
「そうね。そう思うわよね。ちゃんと話を最後まで聞いてないんじゃあ」
「?」
「彼はね——」
テレサさんは悲しそうに瞳を伏せて数秒ほど沈黙してから語った。
私が一時の感情に任せて打ち切り、アーちゃんこと彼が話せなかった重要な話を。
「自由のない身で命令に逆らうと死ぬ……」
「地獄だったと思うわよ。孤児院を出てからの6年は」
想像以上に過酷な話だった。
些細な小競り合いの末に心身の自由を奪われ、命令通り仕事をこなす殺人マシーンになりある時は上司からのサンドバッグ……言葉通り地獄。
とても子供が耐えらる事じゃない。私なら多分、毎日をいつ死ねるかと考えながら生きていただろう。
けれど彼は耐えた。耐え切ってしまった。
死にたくない。自由になりたい一心で。
「地獄を耐えて死を考えないまでに求める自由……それはなんなんでしょう?」
「さぁ、こればっかりは本人にしか分からない……けれど自由というのはアーちゃんの中で何より大事なことだったのは確かね」
地獄を耐えてまで求める自由は気になる。
しかしそれを聞く前に私は彼に会って直接言わないといけない事がある。全ての話はその後だ。
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