第21話

 伸ばした手は逃げる様に走り去るまだ名前を聞いてない少年には届かなかった。


 なぜ私は手を伸ばしたのだろう?

 さっきまで同じ空間にいる事さえ不快に思っていたのに引き止める様な真似をして。


 いや、何故というのは嘘だ。

 本当は分かっている。


「泣いてた……」


 人殺しが嫌いだと叫んだ時の少年は確かに泣いていた。演技なんかじゃなく生の感情を剥き出しにして。


 なら、一体どうして彼は人殺しを生業なんかに……。


「——分からないって顔ね」


 そう言ったのは出入り口の前に立っていたテレサさんだった。一体いつの間に立っていたのだろう。


「分からないんでしょう?あの子ことが」

「……聞いていたんですね」

「まぁ、可愛い弟分が女の子に失礼を働かないか一応ね」


 テレサさんは苦笑いを浮かべながらそう言う。


「テレサさんは……」

「ん?」

「彼との付き合いが長いのですか?」

「……直接の付き合いはあの子がうちに居た5歳から10歳の5年ほど。後は今日まで月一の手紙のやりとり程度」

「彼は孤児だったのですか?」


 テレサさんは首を縦に振る。


「育ての親が病気で亡くなったらしくてね……身寄りのなくなったあの子が連れて来られた時の事を今でも覚えてるわ。犬のぬいぐるみを大事そうに抱いて今にも泣きそうな悲しい目をしたあの子の姿を」


 当時の事を思い出していたたまれなくなったのかテレサさんは表情を曇らせる。

 かく言う私も子供が親を亡くして悲しんでいる姿を想像すると当時を見ていなくても胸が締め付けられる様で悲しくなる。

 

 でもこれが本当なら少し解せない。


「しかし、親が悲しんでテレサさんが居る此処で当然真っ当に育ったであろう彼がどうして傭兵なんかに?」


 優しい心を持った者が同じく優しい心を持った者に育てられたのなら人を殺して金を稼ぐ事を生業にした傭兵になどなりたいと思うはずない。


 ……そう、思っていたのだが。


「……やっぱり、分からないのね」

「え」

「真っ当だからこそ、彼は傭兵になったのよ」


 そんなことある筈ない。


「真っ当だからこそ傭兵になった?そんな訳ありません。真っ当なら誰かを傷つけ命を奪う事をよしとする筈ない」

「とても綺麗な考え方ね……でもそれは少し古い」

「古い?それはどういう……」


 声を遮る様に廊下を走り回る孤児院の子供達。それを見てつい微笑ましくなって笑ってしまう。


「元気があって可愛らしいですね……あの子達を見ていると未来は明るいものなのだと思ってしまいます」

「……今走ってたあの子供達、将来何になりたいか分かる?」

「えーと……お花屋さんやスポーツ選手でしょうか?」


 テレサさんは目を伏せると重々しく口を開く。


「兵器製造会社の職員。または地球軍の兵士や傭兵」

「!?」

「あの子達だけじゃない。此処以外の他の子供達も同じよ」


 何故と、質問しようとするが動揺のあまり口が上手く動かない。


「カグヤ……あなたは多分だけど今より前の時代の人よね」

「っ!?」

「やっぱり……彼の話から推察してたけど、コールドスリープというやつかしら?いつからか知らないけれど地球がこんな事になる前の比較的平和な時代から眠っていた……違う?」

「……いつから気づいてらしたんですか?」


 誤魔化す事には意味がない。だから正直に認めた。


「貴女が目を覚ました次の日くらいには」

「そんな直ぐに……」

「世間知らずなのもそうだけど考え方が余りにも他と違いすぎたからね」


 考えが方が他と違いすぎる……なるほど。それは確かに知識と状況の整合性と裏付けに足りる。


「話を戻すわね。どうしてあの可愛らしい子供達が平和とかけ離れた……貴女が罵倒した彼の様な人の命を奪う様な事を良しとする道へ進むのか……」


 テレサさんの言葉から少し棘を感じた。

 それは精々悪さをしてしまった子供を叱る程度のものだろうなのけれど、察してしまった。


 これから耳にするのはきっと私が認められない話。


「それがこの星の当たり前だからよ。まわりは捕食者ばかりで石の雨が降り続ける中で生きていくには自分もまた捕食者になるしかなく捕食者のための牙を作り庇護に入るしかない」

「っ、そんな馬鹿げた話あっていい筈ありません!」


 テレサさんの両肩を掴む。


 感情がコントロール出来ずに気持ちのままの行動する私にテレサさんは困った様に笑う。


「そうね。きっと、そうなんだと思う……でもねカグヤ、これが私達の今で当たり前なの」

「だとしてもそんなの……」

「これだけしか私達は知らないの」


 そう言ってテレサさんは自身の眼帯に触れたあと何かがついてるか確認する様に手を見る。その動きだけでテレサさん自身もそうなのだと容易に察せられた。


 何も言えずテレサさんから手を離す。


 この人達は、悪くない……いや、多分悪い人も悪くない人もいない。


 優しい人もそうでない人も皆が皆、直接であれ間接であれ当たり前に人の命を奪わないと生きていけない歪んだ間違った世界。


 なら、誰が悪い?

 地球に隕石弾を落としている月?

 それとも治安を正さなかった地球の者達?

 誰が悪ければこの歪んだ今を変えられる?


「……」


 まるで時が止まった様に静まり返る空間で私は考えた。でも、答えは出る事なく悲しい世界の問題が脳内でループし続ける。


 悲しさのあまり目から涙が溢れそうになった頃、テレサさんは私の頭に手を置いて優しく撫でるのだった。


 悪くないのに『悲しい思いをさせてごめんなさい』と言って。

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