第2話

 俺の名前はアカリ。

 今年16歳で性別は男。傭兵をやっている。


 どうして傭兵などやっているかと言うと単純な話、今のご時世俺の様に身寄りのない子供でも働けるような場所は戦場が多かったそれだけの話だ。


 だがそれも今にして思えば安易な判断だったと後悔している。


 嫌悪感と罪悪感に苛まれ冷遇され自由を奪われる毎日になるなんて考えもしなかったのだから。




 仕事を終えた俺は勤め先である傭兵会社、ペットショップに戻ってきた。


「お疲れ様でした。では両腕を出していただけますか?」


 強張った表情をする受付嬢にそう言われて腕輪の付いた両腕を出す。すると左の腕輪から鎖が放出され右には差し込み口が開閉されると受付嬢は鎖を差し込み口に差し込む。


 その後受付嬢は息を吐いて満足気に笑みを浮かべる。


「再接続が完了しました。分かってると思いますが会社敷地内から仕事以外で出ようとしたり腕輪を無理やり外そうとした場合、腕輪から即死レベルの電流が流れますのでご注意ください」


 俺は黙って頷くとこの場を去ろうとするが受付嬢の放った余計な言葉で俺は足を止める事となる。


「分かってると思うけどSDにも近づかない様にしてくださいよ?でないと死にますから」

「……」

「あ、怒りました?でもこれは貴方が馬鹿をしたせいなんですから私に怒るのは筋違いですよ?」


 その言葉に間違いはない。だから俺は何も言わない。


「さ、わかったら問題児はとっとと戻って休んでくださいね〜明日からもじゃんじゃん人を殺して稼げる様に」


 何も言い返せず拳を握り締め俺はその場から逃げる様に早足で去った。


 こんなやりとりは日常茶飯事。もう慣れているといえば慣れているがそれでもストレスがない訳じゃないし溜まらない訳でもない。


 今日はもうあれでキャパオーバーだ。これ以上ストレスを与えてくる奴と会う前にとっとと部屋に——

 

「——よおアカリ!」


 はぁ……出会ってしまった。


「通れない。足をどけてくれないか。ニッコウ」


 目の前の道を塞ぐ両サイド赤に真ん中だけ金色という奇抜な頭をした男の名はニッコウ。ペットショップで1番嫌いな奴だ。


「おいおい釣れないこと言うなよ。おんなじ会社で働く同僚だろう?」

「同僚なら察してくれよ。さっき仕事から帰って来て疲れてるんだ」

「あぁ聞いたぜ。またご活躍だったそうだな?地球軍の兵器工場に立て篭もったテロリスト共を1人で皆殺し……まったく、凄くて憧れちまうぜ」


 ニッコウは拳を握りしめ子供の様に目を輝かせる。


 ニッコウのこれは冗談のように聞こえる。だが本気で俺を尊敬している……厄介な事に。


「はぁ……その賛辞は受け取る気はないよ。それとその背中に隠した|ナイフ(・・・)も」


 指摘するとニッコウは目を二、三回瞬いた後、嫌な笑みを浮かべて背中に隠していた右手を出す。するとその手にはやはりナイフが握られていた。


「よく分かったな。俺がナイフを握ってるって」

「一回痛い目にあった後にも同じ様な手で襲われ続けたんだ。嫌でも分かるようになる」


 俺は10歳の頃一度ニッコウに刺された。


 俺とニッコウは昔から仲が良くなかった。問題児と呼ばれる様になったのだってニッコウとのSDを使っての大喧嘩が原因だ。

 大喧嘩の結果、俺はニッコウをボコボコにした。すると後日今の様に本気で俺を尊敬する様になったニッコウに俺は脇腹をブスリと刺された。


 何事も思い込みは怖いという実体験か……尊敬が本物だからその時に口にした殺意を冗談と思い込んでしまった。


「はぁ、もう傷一つ与える余地すらないか。そろそろ手の替え時かな?」

「遠慮したいけどそれが無理なのはもう知ってる。お好きにどうぞ。それでも結果はこれまでと何も変わらないだろうけど」


 ……刺された時のを教訓に誰を相手にしても油断しない事を覚えたからな。


「ふーん、じゃあ——試してやるよ!」


 ニッコウはナイフを俺の心臓目掛けて突き出した。


 互いの距離は2メートルもなくほぼ必中距離。しかも不意を突いている事から必中中の必中だ。身動きひとつどころか反応も出来ず串刺しになる事だろう。


 ——俺以外の者なら。


「はは、漫画かよ」


 苦笑いを浮かべたニッコウはそう口に届かなかったナイフを見る。俺が自分の胸の手前で刃先を摘んで止めているナイフを。


 摘んだナイフをニッコウは一切動かせない。ただ一つ許している動作を除いて。


「後ろに引くなら許す。でもそれ以外の選択肢をとるなら俺は正当防衛をとる」


 ニッコウの目が俺の腕輪に向けられる。


 正当防衛……それはなにも特別な意味を持つ言葉ではなくそのままの意味だ。自分の身を武力を行使してでも守ること。

 だが俺が正当防衛を行うには本当に命が危険にさらされた時のみだ。破れば腕輪から電流を流されて死ぬ。


 因みに正当防衛が許されるか許されないかの判定は俺の『正当防衛』という音声から社内全体に設置された監視カメラが捉える俺のリアルタイムの状況をコンピュータが判断し決める。今の状況ならほぼ確実に正当防衛が許されるだろう。


「そんな脅しに俺が怖気付くと思ってんのか?」


 止めているナイフに力が込められる。


 前、或いは左右、それとも……。


「やめだ!やめ!」


 そう言ってニッコウはナイフを後ろに引き背中にしまうと背を向けて歩き出した。


「うーん、俺的には殺し合いはウェルカムなんだけどよ。今日はやめとくぜ。なにせもう直ぐ仕事なんでね。自由時間を満喫したいんだ」

「自由時間……ね。精々楽しむといいさ」

「はは、お前にはないものだもんな。自由ってさ」

「……嫌な奴だな」

「間違いは言ってねぇだろう?」


 ニッコウは腕輪のついていない両腕を見せびらかす様に大きく振って去って行った。


 残された俺は当然更に募ったストレスで頭を抱えながらその場を後にした。

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