其の十五


長きにわたる冬の戦は、お殿様の軍の勝利に終わった。

糧食を貯め込んでいた村を次々に占拠され、相手方はみるみる指揮が消沈し、自軍から寝返りも出たために、最早これまでと敵軍は白旗をあげたのである。

フジの生まれ故郷である村もまた、戦勝の結果、お殿様の領地となった。

乙名が死を遂げたために、新たな村長として鞍馬天狗が選ばれた。

最初こそ鞍馬天狗は「村ひとつを管理するなぞ、俺の性に合わん」とこれを嫌がった。

だが、酒業を興すには良い地であること、そのうち開墾していけば村が町となって発展し、大きな利益となると童萬が耳打ちするや、掌を返し「ここで一丁、一攫千金といこうじゃないか!旨い酒をただで飲み放題とあらば話が別だ!」と乗せられ、今では忍びと村長を両立させている。

大きな戦がひとつ終わったことで、他の紫月衆の面々も、相応の報酬を受け取り、しばし平和な日々を過ごしていた。


「さて、夏藤、御嶽。

これまではそなたらの素性には、深く入り込まぬと決めていた。

だが、童萬らから報告を受けた、村で起きた一部始終。これについてはどうしても追及せねばならんじゃろうて」


一方でフジとミタケは、全てを明かす次第となった。

当然といえば当然であった。豊前にいたはずのフジが、十波を伴い、僅か三日で海を越えて、何十里先もの戦場に駆けつけたことや、その理由について、弁明をせねばならない。

曲がりなりにも他国の姫君が、父母に一報もなく城を飛び出し、あまつさえ最前線で戦うという前代未聞の出来事である。


当の十波と火叢も呼び出され、フジとミタケは観念して、白状した。

本当は違う名前であること。村の生まれであること。

兄と妹などという仲でもないこと。生贄として親に切り捨てられ、命からがら逃げ出したこと。

父や弟妹達、村の者たちを想うあまり、十波を巻き込んで単身で飛び出し、どのように三日で駆けつけたかも、つぶさに語った。

しかし、父がミタケにとって仇であることと、己の性別だけは、どうしても口にすることを憚られた。

お殿様は静かに、黙ってフジたちの告白を全て聞いていた。

そして話が全て終わると、お殿様は采配を下した。


「夏藤、そして御嶽よ。結果的に、そなたらの働きで村をいくつも占拠し、我が軍勢は勝利することが出来た。その上でよく考慮せねばなるまいて。

まず、夏藤よ。そなたは豊前の老いた父母らに黙って、勝手に土地を去った。この償いはせねばならぬ。

よって、三年。再び豊前に戻り、夫婦らによく奉公せよ。如何様な文句も口にしてはならぬ。

またどのような理由であれ、この城に三年の間、戻ってくることは許さん。これを罰と心得よ」

「寛大な処置に感謝致します、殿下」

「そして御嶽よ。酌量の余地があるとはいえ、そなたは我らに重い嘘をついていた。

 真実を隠した罪は、相応の罰で贖って貰おう。そなたが奉公し続けた年数の数だけ、領地から追放する。

奴隷の身を隠し続けて尚、今の地位に座しているとあらば、他の部下達に示しがつかん。しっかり同じ年数だけ地を離れ、罪を贖ったその時こそ、部下としてそなたを正しく受け入れようぞ」

「……はっ。殿下のお心のままに」

「十波殿は豊前の武士だ。采配の次第は向こうで受けることとなろう。では、下がって良いぞ」


追放処分。重たい処罰に、紫月衆の面々は「まさか」と驚嘆した。

しかし当の御嶽はまるで堪えていないようだった。

さして悲嘆するでもなく、ましてや怒り狂うでもなく、静かにこの処分を受け入れたのである。

寧ろこの重い罰に抗議すべきだ、と憤るイノメたちをよそに、気の抜けた顔で出て行く支度を始める始末である。


「お前ッ、悔しくないのかよ!

確かにあんたが奴隷だったって話は驚いたけどさ、そんなこといったら、こちとら物の怪に育てられたし、かたや単なる狐だし、人魚だっているんだぞ!

今更立場がなんだってんだ、私らをよく想わない連中が、お殿様に何か吹き込んだに違いないよ!

それに此度の戦だって、ミタケの考えた策で勝てた作戦だってあったのにさ。断然抗議すべきだ!」

「別に」


イノメがいくら憤っても、この素っ気なさ。

高雄狐や鞍馬天狗が「元気出しなよ」と笑わせようとしたり、悪戯を仕掛けたが、まるで無反応。

ミタマや童萬が声をかけても、「ああ」だとか「ウン」だとか簡素な答えを返すばかり。どこかぼうっと呆けて、何もしていない時は、ひたすらに虚空を見つめていた。

冷静を通りこし、いっそ魂が抜けたかのような希薄な対応ぶりには、危うささえあった。

見かねた紫月衆から相談を受け、事の次第を全て知った火叢は、ううむと唸った。


「もしかすると、村長への復讐を果たしてしまったことで、「生き甲斐」を見失ってしまったのやもしれぬ」

「生き甲斐、ですか」

「生きる指標ともいうか。思いがけぬ形で仇討ちを終えたし、フジはもう世話せずともある意味安泰な人生だ。

殿の元で働くという名目も無くなって、行く当ても仕えるべき相手も居ないとなると、この先何のために生きるべきかという目標もないのではなかろうか……」

「それは……それはあまりにも哀れというものじゃ。なんとかしてやりたいがのう」

「でもさ、何年も追放だろう?当分、俺たちは町の外に出る用事だってないだろうし……」


ミタマは悲しそうに溜息をついた。

一同も何とかミタケの力になれはしないか、と熟考したが、良い考えは出なかった。

そんな彼らの会話を、影から聞いている者が一人。紫月である。

紫月もまた、兄の采配に疑問を抱く者の一人であった。

ミタケは兄の命令をよく聞く手駒だが、紫月にとっても大事な部下である。

なのに何の相談もなしに、あんなに気に入っていたミタケを追放するなどと、やはり納得がいかない。

思い至った紫月は、兄にミタケへの処罰を考え直すよう、直談判した。するとお殿様の口から、予想しなかった答えが返ってきたのである。


「信月、あんなものは方便に他ならぬ。ミタケも承知の上よ」

「はい?」

「奴には既に、豊前周辺に潜伏し、我らを敵とする一族や縁者らが、この城の連中と繋がっていないか、調べるよう命じてある。

追放はその建前じゃ。あれはよく頭が回るし、人に取り入る腕前を買ってのこと。近頃腑抜けた様子だったからの、仕事があれば、ミタケの背筋も伸びるじゃろうて。

それに、豊前には夏藤もおることだしな」

「まさかそのような深いお考えがあったとは、感服です。

 浅慮な申し出をお許しください、兄上」

「よい、そなたの怒りも尤もだ。だがこの事実は、そなたの部下らにのみ留めよ。

 今後も戦は激化するじゃろう。紫月衆を頼りにしておるよ、我が弟よ」

「ははッ!」


果たしてお殿様の考え通り、フジはミタケと十波を伴い、豊前に戻った。

老夫婦は二人の家出に激しく怒ったものの、無事の帰還を喜び出迎えてくれた。十波への処罰は、しばらくの減俸程度で済んだ。

フジは再び丹藤姫として一年、老夫婦の元で花嫁修業を再び積むこととなった。

ミタケはというと、修行する山伏や商人等になりすまし、豊前で諜報活動を行うようになった。


蓋を開けてみれば、全てが丸く収まったように見えた。

だが一人、ずっと心の晴れぬ者がいた。なにを隠そう、フジその人だ。

父の死の知らせを聞いて以降、ずっと塞ぎ込み、笑うことも無くなってしまった。

老夫婦の前でこそ、笑顔を取り繕うことはあっても、それ以外ではちら、とも感情すら見せなくなっていた。


「俺がお前の父親を縊り殺した。憎いか?ニトウ。俺を殺したいか?

 今や俺が、お前の父の仇。だのに、弁明の場で、殿に隠し事を貫き通したのは、何の意図があってのことだ?」


ミタケは一度だけ、フジの自室に忍び込み、尋ねた。

月明かりの美しい春の夜のことだった。

フジは忍び込んできたミタケを糾弾するでもなく、怒り叱り飛ばすでもなく、寂しげに目を伏せ、こう答えるのみであった。


「ただ憎ければ、あの場でお前の首を絞め殺して、終いとしただろうな。

 それだけでないから、私はお前を庇い、父の仇であることも、この身の性も伏せたのだ。私が男とばれたら、重ねた嘘の数だけ、殿の怒りを買っただろう」

「分からん。お前に利があるのか?」

「無い頭でせいぜい、考えることだな。やっぱり獣に、情は分からんらしい」


皮肉ったフジの笑みの真意を、ミタケは読み解けるでもなく、靄ついた心境のままフジの元を去った。

そうして半年が経った頃。

滅びをもたらす新たな厄災が、日の本を覆い始めていた。


寒波、飢饉。そして疫病である。



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