其の六


紫々丸一行はイノメ姫と山を後にすると、更に諸国を巡った。

イノメ姫の助言によるものである。

いつ大きな戦が起きるとも分からぬ時世、仲間は多ければ多いほど良い。

己の武芸を持て余す外れ者たちを仲間にし、お殿様に仕える忍びの衆を作るのである、とイノメは熱弁し、これに紫々丸はいたく感服して、ではそのようにしようと決めた。

数々の危険な旅を経て、紫々丸一行は仲間を増やしていった。


はじめに出会ったのは、落ちこぼれ扱いされていた、鞍馬山の飲んだくれ天狗。

由緒は父に武士、母に名家の姫を持つ侍であったという。

しかし幼くして父母を戦で亡くし、天狗に拾われ忍びとして育てられるも、「お前には才能がない」と師や仲間に蔑まれ、山を追われ放浪していた。

城仕えをしても満足に褒賞も貰えず、あちらこちらを転々としては、はした金で安い酒を飲み昼行灯。


「お殿様の元で働けだぁ?ばかばかしい!

こちとら誰にも頭を下げない人生を送るって決めたんだ。相撲で勝てば話くらいは聞いてやらあよ」


とのたまったがために、鼻を膨らませたイノメ姫によって、山二つ向こうまで投げ飛ばされる羽目になってしまった。

その膂力に呆れ驚きつつ、紫々丸一行はどうにか三日かけて探し出し、目を回し木に引っかかっていた鞍馬を助けてやった。

最初こそ投げ飛ばされた恥で口すら聞いてもらえなかったが、酒が飲めるならばという取引の下で仲間入り。

長い間放浪の旅をしていただけあり、妖術は勿論のこと、世俗や戦のことにも明るく、一行の御意見番となった。


次に出会ったのは、悪戯好きで村人たちに嫌われていた化け狐の高雄。

美女に化けて旅人を誑かしたり、村の井戸に糞を投げ込んだり、旅人の通り道に落とし穴を仕掛けたりと、度が過ぎた悪戯はもはや悪行の域。

しまいには、ある侍を謀って、金と偽り馬の糞を握らせたものだから、追いかけまわされ命を狙われていた。


「もう悪さをしないから助けてくれ、なんだったら下男にでもなんでもなる!

 どうかあのお侍様に頼んで、ここから出してくれよう!狐鍋だけは嫌だァ!」


檻の中できゃんきゃん喚き懇願され、紫々丸が情けをかけて仲間にした。

村人や武士からしても、鼻つまみ者だっただけに、引き取りたいと申し出た紫々丸はとても感謝された。

もっとも、仲間になったそばから、フジと喧嘩するなり、服にヤスデや毒虫をしこたま仕込む悪戯を仕掛けた。

それを知るや、紫々丸みずからこっぴどく躾けられ、すっかり大人しくなったのだが……。

ミタケもフジも、あそこまで怒る紫々丸は初めて見た、と後に語った。

しかし高雄狐の逃げ足や化け技は目を見張るものがあり、数々の窮地を救ってくれることになる。


次なる出会いは、虫や魚と心を通わせる巫女ミタマ。

商船に運よく乗せてもらった一行は、海路の途中で海賊たちに襲われ、これに応戦。

船ごと乗っ取り返した時、海賊たちの戦利品の中に、彼女はいた。

助けられたミタマは、実は人魚であることを明かし、「助けてくれた恩を返したい」と一行に加わることとなった。


「困ったものよ。人魚の肉を食えば不死になるという法螺を聞いて、儂の肉を求める者も多くてなあ。

ヒトなどあまり信用できんが、そなたらは別じゃ。九代に渡り奉公するぞよ」


ミタマは陸の上でこそ人の姿をとるが、ひとたび水に身を浸せば巨大な勇魚(くじら)に変じることが出来た。

法螺を鳴らせば魚や海の獣たちを呼び寄せて手懐けることも出来たし、刀の扱いにも長けていた。

紫々丸一行は旅のすがら、「男児たるもの強くあれかし」とミタマに厳しく鍛えられ、否応なしに強くなることを強いられた。

特にミタケは見込みがあると気に入られ、ミタマの持つ百八の剣技の大半を修めることとなった。


最後に一行が出会ったのは、賽子振らせれば未来をも見通す童萬蝶師どうまんちょうしなる女。

その占いは百発百中、相手の事は何でも見抜き、先のことを言い当てればどんなことも必ず起こると評判であった。

もうすぐ合戦を控えた兄のため、紫々丸は自分たちの行く末を占ってもらおうと、童萬蝶師の住む町へ向かったのである。

すると、まるで初めから知っていたように、童萬蝶師は自ら一行の前に現れた。

童萬蝶師は美しい童女の姿をしており、自らを「ある山神の眷属」と称した。


「この童萬蝶師、お望みとあらば、如何なる未来も見通してみせます。

けれど代わりに、お願いがあるのです。

この町を悪政で治める国人領主は、私の占いを買っておいでで、他の者を占ってはならないと強いているのです。どうか領主から私を引き離してくださいませ。

さすれば貴方様の軍門に下り、お援けいたしましょうぞ」


これが一番の難題であった。

なにせこの国人領主ときたら、戦には強いが、内政はお粗末といわざるをえなかった。

ひどい税収で民を苦しめ、自分は贅沢三昧という圧政を強いているために、民たちからの評判は最悪。

そのうえ童萬蝶師を囲うため、側室に貰おうと画策していた。

しかも厄介なことに、紫々丸にとっては兄の良き同盟相手でもあったため、下手に強く出ることも出来ない。

仮に交渉が失敗して、領主の反感を買って、兄と手を切られることだけは避けなくてはならなかった。

こればかりは皆三日ほど頭を悩ませたものの、そこは頭の回る鞍馬、悪戯の達人高雄、そしてミタケの三人で閃いた。

「押して駄目なら自ら引かせる」の手である。


まず、童萬蝶師にはありったけ、嘘の未来視を領主に告げさせた。

それも只の未来視ではなく、いかに領主が恐ろしい目に遭い、惨たらしい未来を迎えてしまうかというものであった。

鞍馬たちが「なるべく酷い目に遭わせてやってくれ」というので、童萬蝶師は考え得る限りの最悪な未来を次々に挙げた。

なまじっか占いがよく当たることを知っていた領主は、聞くだけでも震え上がっていた。だがこれだけでは終わらない。

童萬蝶師はさもすすり泣くように袖で顔を覆うと、領主にこう告げた。


「おそれながら、これらが災いが領主様に降りかかるのは、私のせいなのでございます。どうか悪いことはいいません。

身が裂けるほどの悲しいことですが、どうか私めを領主様の元よりお引き離しください」

「ならん、ならんぞ童萬蝶師!そなたの未来視には多大な信頼を置いておるのだ。

この乱世においては情報こそが力!そなたをそ易々と手離せん!」


最初こそ、領主は童萬蝶師を手離すことを頑なに渋っていた。

しかしこの決断のせいで、嘘の未来視は、本当に次々と悪徳領主に襲い掛かったのである。

やれ目が覚めると中庭には髑髏の山が陳列する、朝餉の魚が腐っている、外に出歩くと烏に追い回され糞を落とされるなどまだ序の口。

大人しいはずの馬に振り落とされる、廊下の隅から現れた霊に驚いて足を滑らせ腰を打つ、はては夜分に百鬼夜行を目にしてしまうなど、徐々に恐ろしいことが次々起こるようになったのだ。

無論、ただの偶然ではない。紫々丸一行が嘘の未来視通りの事を、妖術や悪戯で引き起こしていただけである。

しかしこうした積み重ねがあれば、やがて嘘は領主の中で真となる。

心身ともにすっかり参ってしまった領主のもとへ、紫々丸はすっとぼけ顔で見舞いに向かい、こう告げた。


「時に領主殿。そちらが手元に置いている便女の童萬蝶師のことなのだが、私はどうも彼女が気に入ってしまったらしい。

そちらのお許しさえあれば、我が国に連れて帰りたいのですが」

「頼む紫々丸殿、願ったりだ!どうかあの恐ろしい女を連れて行ってくれ、一刻も早く儂の元から引き離してくれぇ!」


領主が泣いて懇願するので、彼の気が変わらないうちにと、一行は童萬蝶師を連れ町を後にした。

童萬蝶師は呆れて大笑いし、「さしもの私もこんな未来は予想できませんでした。ごらんになりましたか、あの男の泣き顔といったら。胸がすきました!」と膝を打った。

そうして多くの仲間を集め、紫々丸は大手を振って兄の元へと戻っていった。


「兄上、こうして再び相見えたことを心より感激しております。

イノメ姫の他、こんなにも私たちを慕う、大勢の仲間が出来ました。どうか兄上の下でお仕えさせていただきたく」

「うむ、大儀であった!そなたを弟に持てたことを誇りに思う。

彼等は今後、そなたが直々に指揮し、上手く扱うがよい。厚い信頼も出来ておるようだしな」


我も個も強い者たちばかりであったが、一同は皆、紫々丸によく従った。

弟の帰参を喜んだお殿様は、数日後に元服を執り行い、紫々丸は「信月しんげつ」と名を賜った。

これは忍びの衆の頭であり、新月のように姿を見せることはないものの、確かにお殿様の傍でお役目を果たす者という意味があった。

紫々丸はこの名を喜び、普段は名前を一文字変えて「紫月」と名乗り、部下であるミタケ達にもそう呼ばせることとしたのであった。




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