第30話 一つの料理が完成する


 わたくしの前に運ばれて来た『すし』という料理を見て思った事は『本当に生の魚を食べても大丈夫なんですの?』という事であった。


 そもそも帝国内に流れる川で捕れる魚は少し臭く、香辛料などを使用して食べなければ美味しく食べられないのである。


 だからと言って海の魚や上流で捕れた魚を帝都で食べようとするならば塩漬けにしなければ帝都に着くころには腐っていてとてもではないけれど食べられないだろう。


 この店へ来るまでの道中を馬車(バス)の中から眺めていたのだけれども、山の中でもなければ海が近くにある訳もなかった。


 という事は、この魚はこの店の近所で捕れた魚であり、恐らく泥臭いだろう。


 そう思いマナーが悪いと分かっていつつも思わずお皿ごと持ち上げて匂いを嗅いでみるも、わたくしが想像するような匂いは無く、寧ろ少し甘酸っぱいような匂いが香ってくる。


 もしかすれば帝国ではまだ広まっていない、魚の匂いを取る方法があるのかもしれないのだけれどもまだ問題はある。


 そもそも生の魚を食べて大丈夫なのか? という事である。


 しかしながら生卵の件もある為、ここは『大丈夫なのだから皆さま食べられているのだろう』と腹をくくるしかない。


 そう思い前を見るとバクバクと美味しそうに食べているアンナに、マイペースで堪能しているミヤーコの姿が目に入って来る。


 両者食べ方は違えども、どちらもとても美味しそうな表情をして食べているのではないか。


「まぁ、初めは確かに抵抗があるかも知れないが、海で捕れた新鮮な魚だ。ここは俺を信じて一口食べてみないか?」


 食べるのを躊躇っている事がソウイチロウ様に伝わってしまい、ソウイチロウ様を信じて食べてみてと言われればもうわたくしには断るという選択肢はなく、腹をくくるしかない。


 それはそうと『海で捕れた魚をここまでに運ぶのに腐らないんですの?』とは思っのだけれども、ここに来るまでに見た馬無し馬車(バス)や見ただけで帝国よりも高度は発展を遂げていると分かる街並みからもできるのだけの技術はあるのだろうと納得する。


 そしてわたくしは、皿の上に置かれている『すし』の中からタイという魚すしを箸で取ると(この家に嫁いで来た次の日から猛練習した)、醤油を少しつけて口の中に入れる。


「……うむぅっ!?」


 その瞬間魚の甘さが口いっぱいに広がったかと思うと、鼻から魚の香りが抜けていく。


 身も弾力こそあれど牛や羊、豚や鳥など、どの肉よりも柔らかく、自然と口の中が酢で和えたご飯、シャリと混ざり合い一つの料理が完成する。

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