第25話 良い思い出でもある
泣きたいわけじゃない。
泣き顔を見せたいわけじゃない。
でも止めようとしても止まらず、それで余計に混乱してしまい涙があふれてくる。
まさに悪循環である。
そしてこの場の空気を壊してしまった申し訳なさなどが更にわたくしへのしかかって来て、どうすれば良いのか一向に分からない。
「も、申し訳ございませんわっ! な、泣きたいわけじゃないんですのに何故か涙があふれてくる──」
「大丈夫、大丈夫。俺含めてここにいるみんなは君の状況は理解しているし別に謝る必要は無いだろう。恐らくこの数日で色んな事が降りかかって来たから感情が追い付いていないのだろうし、身体がそのストレスやら何やらを吐き出すために一回泣いてスッキリしたいんじゃないの? 今日くらいは気が済むまで泣いてもいいだろう」
ソウイチロウ様がいつの間にかわたくしの近くまで来て、そんなわたくしを優しく抱きしめて優しい言葉を囁いてくださる。
その言葉で安心したわたくしは我慢するのも止めてソウイチロウ様の胸の中で力尽きるまで声を出して泣くのであった。
◆
さて、余の息子は自分の婚約者に対して行った行為を、どのような言い訳を並べて伝えてくるのか、大義名分があれば断罪は一旦保留にしておこうと思っていたのだが、結局息子であるシュバルツから出た言葉はシャーリーへ断罪する時に言った内容と殆ど同じであった。
その息子の言い訳を聞いた余は、我が息子ながら救いようがないと思ってしまう。
そしてシャーリーを陥れる要因を作った頭の悪い女であるアイリスも勿論同様に断罪する必要があるだろう。
自分の息子だろうとやった事に対してはしっかりとその責任を取ってもらわなければ。
でなければ皇族として示しがつかないし、貴族間の内部分裂の原因にもなりかねない上に『皇帝は論理的な思考ではなく感情的な思考で物事を考えている』と判断されるだろう。
そうなれば賄賂や女で我を操ろうとする不届き者も現れるだろうことは容易に想像がつく。
しかしながらただ断罪するというのも面白くない。
「ふむ、一旦総一郎に相談しようかの」
そして我はあの面白い友人を脳裏に浮かべながら手紙を書き始める。
きっと彼ならば面白い方法を考えてくれるだろう。
◆
わたくしがソウイチロウ様の胸の中で泣いた日から約一週間が経った。
未だにあの時の事を思い出すと恥ずかしいのだが、あれはあれでソウイチロウ様の、意外と大きく厚い胸板と香りを堪能でき良い思い出でもある。
正直な話、後半は泣き止んでいたのだけれどもソウイチロウ様を感じていたいので、本当はもう精神的にも安定していたのだけれども『まだ不安感がぬぐえないですわ……』と嘘を言って堪能していたのは内緒である。
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