第7話

「誰か寝ているぞ」

 凛音はその声で目が覚めた。

 声の聞こえた距離からして、襲いかかられるとしても対処できる距離はあった。

 凛音はゆっくり寝袋から這い出して木刀を空間から抜き出した。木刀といっても過熱して圧縮した木刀だ。鉄のように固い。

 凛音は現世からキャンプ道具一式を持ち込んでいる。それに軍用のレーションを半年ほど持っていた。

 持ち物としては多すぎる。だが、空間呪術を使えばいくらでも持ち込めた。

 壺中天という仙境に移動する術を応用してしたものだ。

 便利であるが、使えるようになるまで時間がかかった。だが、それもいい思い出である。

 凛音は隊列から一人が離れて駆けて来た。

「こんなところで寝ていたら死ぬぞ。運よく魔獣に襲われなくて済んだが二度目はないぞ」

 男はあわただし気にいった。

「それなら、訓練しています。寝ていても何かが近づけば起きますから」

「相手は魔物だ。足音なんさ、簡単に消せる。あまり、高をくくらないで欲しい」

 男は走ったためか息切れしていた。

「ところで、何の用ですか? わざわざ、隊列を止めてまでいうことではないでしょう?」

 男の走って来た道には数台の荷車と豪華な牛車が止まっていた。荷車と牛車の車輪に違和感を感じた。術が施されている。この中に術者がいるようだ。

「姫様が気になさったんだ。ありがたく思え」

 姫様なんていわれるのなら偉い人だろう。それに、どうでもいい他人に気を止めるのはいい人かもしれない。悪人だとしても礼を言わなければならないようだ。

 凛音は荷物を異空間の倉庫に投げ入れた。

「おい、おまえ。何をした」

 男は驚いていた。

「荷物を片付けただけですが?」

「何で消えるんだ?」

「他の空間に入れたから」

「なんだそれ?」

「神通力が使えるようになるとできますよ」

 凛音はそういうと隊列に向かって歩きだした。

 男も凛音に並ぶかのように追いついて歩いた。


 牛車に近づくと護衛らしき男たちに阻まれた。護衛は甲冑を着ている。見た目は侍だった

「お礼を言いたのですが……」

 凛音は困った。ここでも怪しいやつと思われたようだ。

「礼ならよい。それよりも我に仕えんか?」

 かごのみすの向こうから、か細い女の声が聞こえた。

「姫様。おたわむれはやめてください」

 すぐに牛車に近寄った初老の男は言った。

「われは本気よ。まだ、少年でありながら神通力を持っておる。それに、こんな場所で寝るような豪胆さを持っておる。面白い少年だ」

 みすの向こうの影は動くが、どんな顔をしているのかわからなかった。

「姫様、ただの世間知らずにしか思えません。あんなところで寝ているのに魔獣除けをしてませんでした」

「そうなのか? なら、腕に自信がるのだろう」

「寝込みに襲われるのを想定していません。失格です」

「そうか。お前がそういうのなら、そうなんだろう。それより、不審人物がいると聞いている。あちらの世界からこちらの世界に来たと」

「はい。私も門番に聞きました。しかし、あちらの世界の住人ならこちらの常識は知りません。彼がその人物かもしれません。あの町からの移動距離からしたら、ここまでは範囲に入ります」

「そうだのう。彼にきいておくれ。面白い話が聞けるかもしれん」

「了承しました」

 初老の男はいった。

 初老の男は凛音に顔を向けた。

 その顔は推し量ろうと真っすぐ凛音を見ていた。

「初めまして。真継凛音と申します。ご配慮ありがとうございます」

 凛音は頭を下げた。

「それだけか?」

 初老の男はいった。

「はい。敬語は慣れていません。それにこのような時のあいさつの文句は知りません」

「そうか、庶民の出だな。それで、何しに来た」

 本音をいうか、いわないか迷った。しかし、ウソはつきたくなかった。

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