第5話

 出た場所は風が吹いていた。当然だった。そこは空中だったからだ。緑色のじゅうたんが遠くに見える。このまま行けば、森の中に落ちて、地面とぶつかるしかないようだ。

 凛音は神足通を使った。空中でも歩くことができる六神通の能力だ。足で宙を踏んで耐える。やがて、勢いはなくなって宙に立っていた。

 六神通とは神足通じんそくつう天眼通てんがんつう天耳通てんにつう他心通たしんつう宿命通しゅくめいつう漏尽通ろじんつうの六つだ。

 神足通は思い通りにあらゆる場所に行くことができる。天眼通はあらゆるものを見通せる。天耳通ははあらゆる声を聞ける。他心通は他人の心を知れる。宿命通は宿命を見れる。漏尽通は輪廻転生がなくなるのを知れる力だ。

 この六つを凛音は修行により身に着けていた。

 仙人ともいえる能力だが、仙術の流れを持つ流派なので当然だった。前世の市郎は心帝神仙道と名付けていた。

 凛音は仙人ともいえるが、悟ってはいない。だから、半人前だろうと考えていた。

 空から地上を見る。道があり遠くに続いていた。

 人の往来があるようだ。道の先には町があるのだろう。

 凛音は地面に降り立った。そして、木の生える方向と空を眺める。太陽の位置から方向を定めた。西と推測した方向へ歩いた。


 凛音は団体さまと出会った。あちらは、荷馬車を守るように、鎧を付けた武士らしき屈強な猛者を何人も連れていた。

 凛音は荷馬車を見送る。

「おい。お前、一人か?」

 護衛らしき男はいった。

 かっこうは皆と同じで和服だ。そして、年齢は見た感じ三十後半ぐらいのおじさんだった。

「ええ。そうですよ」

 凛音はいった。

「自殺志願者か? ここいらは魔物が出る。金を出すのなら守ってやる」

「方向が逆なので、ダメですね」

 凛音は荷馬車が来たということに町があると確信した。

「本当に死ぬ気か?」

「その時は逃げるから問題ないですよ」

 そのための剣術であり合気道だ。実戦に近い稽古をしてきたのだ。道に出るような程度の低い怪物には負けない。

「家出なら、親に謝るんだな。死ぬには若すぎる」

「死ぬ気はないので問題ないです。ところで、この先に町はありますか?」

 凛音は男の勘違いを否定せずにきいた。

「ああ。ある。だが、いいのか? 最近は物騒な話が多すぎる。黄泉から登って来た化け物がいるらしい。そのせいで魔物が興奮している。だから、今は一人で行動するのはやめとけ。死に行くようなもんだ」

「大丈夫です。これでも、自分を守る方法はありますから」

 黄泉の国からの化け物。それは神話からきているものか、この世界の異変なのか迷った。だが、目で見なければ納得できない。うわさで方針を変える気はなかった。

 護衛らしき男は考えていた。

 面倒見のいい男らしい。しかし、甘えていられない。

「オレらの団に入らないか? お前は若いが不思議なところがある」

「ごめんなさい。自分は行かなければならないところがありますから」

 凛音は断わることを決めていた。

「それはどこだ?」

「桃の実が取れる場所」

「それなら、この先の町でも買えるぞ」

「特別な桃の方です」

「本気か? 死に行くようなものだ」

 男は察したのか驚いた顔をした。

「でも、必要なんですよ。では、ご忠告、ありがとうございました」

 凛音は足を西に向けた。

「オレの名は松代賢二まつしろ けんじだ。用があれば酒場に来い。オレの名は酒場では有名だ。黄木団おうきだんといえばわかる」

 男の大声に凛音は手を振って、その場から離れた。

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