第3話
女性はふすまを開ける。スリッパを脱いで中に入った。
凛音も同じようにスリッパを脱いで女性の後に続いた。
「凛音はどこにいる?」
市郎の声が聞こえた。
「ここよ」
畳敷きの上の介護ベットから声は聞こえた。
凛音は女性にうながされてベットの横に立った。
「こんにちは。凛音です。わかりますか?」
凛音はしわくちゃな前世の老人にいった。
「わかる。わかっておる。わしだからな。だが、
玄気とは体に流れるエネルギーだ。他にはオドや気という。
「おじいちゃん。初体面の人に何を言っているの? しっかりして」
女性はいった。
「しっかりしておるよ。今日という日を待ちわびていたからな。凛音が来るのはわかっていた。だが、もう少し早く来れば修行の手ほどきもできたのに」
凛音は苦笑した。前世の自分は教えたくてしょうがなかった。しかし、凛音の修行には悪い影響もあった。そのため、市郎に会う日も注意していた。
「おじいちゃん。彼はまだ若いんだから、変なこと教えちゃダメよ」
「何をいう。わしの知識をもらうために来たんだ。出し惜しみなんかしない。それより、例の書物を出してきてくれ。彼に渡さなければならない」
女性は市郎の耳元に口を近づけた。
「本当にいいの? おじいちゃんのお宝でしょう?」
「わかっておる。全ては次の者に託すために取って置いた。だが、今が、その時だ。凛音はわしの後継人だ。当然のことだ」
女性はあきれたように市郎を見ていた。
ボケているとは感じてないようだ。ただ、あきれていた。
「凛音君でいいのかな? しばらく、おじいちゃんと話していいけど、後で説明してくれないかな? 納得できないわ」
女性はいった。
「はい。ですが、オカルトですよ。論理的ではありません」
「それでも、いいわ。こんな元気なおじいちゃんは久しぶりだから」
「わかりました」
「何かあったら。呼んでちょうだい。私は居間にいるから」
女性は市郎の部屋から去っていった。
「おうおう」
市郎が手招きをする。
凛音は顔を近づけた。
「ほう。来世では、こういう顔になるのか」
凛音は顔を色々な向きに動かされた。
「ちょっと、いい加減にしてくれ。それより、受け継ぐものを渡してくれ」
凛音は顔を遠ざけていった。
「そうだったな。だが、簡単に渡してはつまらん。おぬしがどう生きたか話してくれ」
凛音はその言葉にげんなりした。どこにでもある普通の子供だったからだ。
「それでも、いい。おぬしの性格を知りたい。わしがどのように変わったのか知りたいからな」
凛音はつまらなそうに生い立ちを話した。だが、市郎には興味深いのだろう。詳しく話すように何度もせっつかれた。
凛音は市郎より短い一生を話すと市郎は満足した顔をした。
何が面白かったのかわからない。だが、市郎はうんうんとうなずいていた。
「それで、書は?」
凛音はきいた。
「それなら、ここにある」
市郎が手から玄気の球を出した。
手のひらの上で玄気の塊が浮いている。
「書物ではないのか?」
「あれはあくまで、補完だよ。忘れていることをつづっているのに過ぎん。本命はこちらだ」
凛音は考えた。過去の記憶の中になかったからだ。
これだけの出来事なら覚えていて当然だ。しかし、記憶にはない。それが不安にさせた。
「それを受け取ったら、自分はどうなるんだ?」
「変わらんよ。わしがわしであるように、おぬし自身に変化はない。ただ、受け入れられるか器が試されるけどな」
「来世では同じ器にはならないのか?」
「わからん。だが、元はわしだ。問題ないだろう」
凛音はその言葉に不安がよぎる。しかし、ためらう必要はなかった。それを、超えなければ、この先、生きていけないからだ。
凛音は市郎の手のひらの玄気に触れた。そして、体内に引き込んだ。
頭の中に色々な記憶と共に情報があふれてくる。そして、光の先に到達すると現実に帰って来た。
「何だ? これ?」
凛音はつぶやいた。
「ただの幻だよ。玄気に入っていた情報が見せる幻覚だ。だが、知識は手に入っただろう?」
凛音は頭を振る。確かに欠けていた情報は手に入った。だが、違和感があった。
「本当に情報だけか? それ以外のも感じたぞ」
「それはおぬしの行が進んでないためだ。だが、これからしなければならない修行はわかっただろう?」
「まあね。でも、前世より力が下がったのは不満だ」
「それは仕方あるまい。肉体の檻を破れていないのだから」
「なるほどね。理解できた」
「それより、今日は泊っていけ。死ぬ前に話し相手が欲しい」
凛音はふと笑った。
前世の自分がわがままを言っている。だが、悪くはない。知らない部分の前世の話を聞きたくなった。
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