第20話
「まずは、優勝おめでとうございます!」
記者がマイクをこちらに差し出してくる。記者たちの中には野口さんと菅原さんも見えた。
「ありがとうございます」
「いやー、快勝でしたね!」
「そうでもありません。プレイヤーたちは頑張ってくれましたが、気の抜けない試合も多くありました。たくさんの改善点が見つかったと思います」
批判を俺に集中させるために、正しいけど気に食わない回答を心がける。こういうのはただ嬉しそうにしていればそれでいいものだからこそ、落ちついた回答は癪に障りやすい。
「どの試合が印象的でしたか?」
「やはり賀森高校の鎌倉さんと風間のカードですね。用意した作戦がうまく嵌まった一方で、序盤の立ち上がりはミスも多く、ハラハラさせられました」
風間が不満顔になっているに違いないが、仕方ないだろう。風間がいきなり鎌倉に近づいたときは本当に肝が冷えた。最悪、あのまま負けていたぞ。
「風間選手は去年、鎌倉選手に負けていますが、あえてぶつけたのでしょうか?」
「過去の因縁は関係ありません。ただ風間が闘うのが最適だと判断したまでです」
「四季選手を温存したのには何かわけがあるんでしょうか?」
声に若干の棘を感じる。多分、明日佳の怪我とか不調を疑って、俺を問い詰めようとしているんだろうな。
「後輩たちに経験を積ませたい、という思惑からでした。皆、今回の大会で十分に成長してくれたので関東大会では明日佳も闘うことになると思います」
しっかりと明日佳は無事なことを釘刺しておく。誤解されるのは結構だが、変な噂がたつと明日佳の選手としての価値にも関わってくる。
そして、矢継ぎ早の質問が一息ついたところで、今大会のMVPに選ばれた風間がMVPトロフィーを持って登壇してくる。
当然、俺は優勝トロフィーを持っている。並ぶと画になるのだろう。風間が横に来るとシャッターチャンスとばかりにたくさんのカメラが光り輝いた。慣れていない風間はひどく眩しそうである。
まさか風間が取材を受けることになるとは…。完全に想定外だった。正直、今日一番不安だ。風間は余計なことを言う、ほぼ確実に言う。訊かれたことにだけ簡潔に答えろ、と指示は出してあるが…。
「風間選手にとって日暮君はどんな存在ですか?」
「そりゃ監督でしょ。あと…認めさせたい人かな」
おぉ…、まともだ。きちんとこういう場では空気も読めるのか。見直したぞ、風間。
「では、日暮君にとって風間選手は?」
「かけがえのない後輩です。実力はもちろん、前向きな性格がチーム全体に好影響を与えてくれています。本当に鹿王に入ってくれたことに感謝しかありません」
「かけがえのない…ねえ」
風間が何かを考え始めた。やめろ、記者たちに隙を見せるんじゃない…! 頼むから余計なことをするな!
「風間君、拓翔君になにか言いたいことはあるかい?」
そして菅原さんは風間の変化を見逃さなかった。流石、といいたいところだけど今は勘弁してほしい。
「はは、風間と私はいつでも話せますから他の質問を…」
「監督」
俺の妨害もむなしく、風間が俺の方を向いて、溜めをつくってしまった。もはやすべての記者が風間の次の言葉を待っている。
「俺がプロ入りしたらさ、俺のトレーナーになってよ」
……俺は痛む胃とともに、今度からインタビュー練習も実施することを固く心に決めた。
◇◇◇
「タマ、君は確か鹿王の桐島玲奈と仲が良いんだろ?」
「え、ええ…。ソラ部長。でも私、スパイとかそういうのは…」
「はは、安心したまえよ。これから起こることを彼女に話さないでほしい、ただそれだけのことさ。約束できるかい?」
「も、もちろんです。翠晴が不利になるようなことはしません!」
「素晴らしい! では、私と一緒にご客人を迎えてくれ」
「ご、ご客人ですか?」
ご客人、なんて言うから実際に人が来るのかと思ったがただのリモート会議だった。部長はいつも大げさだからこういう伝達ミスが割と頻繁に起こる。特に五十嵐先輩は部長を信じきってるし、及川先輩は人が良すぎて疑うことを知らないから話がこじれやすい。
『主催者のくせにドンケツかよ。このあたしを待たすとは、相変わらず舐めてんなぁ、中曽根』
リモート会議に入ったらいきなり、口元に大きな火傷痕のある人参色の髪をした女性がドスの効いた声で部長を叱咤してきた。話したことはないけれど、見覚えのある顔だ。
「そう怒るなよ、ココ。美人が台無しだぞ」
『気安く下の名前で呼ぶんじゃねえよ。あたしらは友達でも仲間でもねえだろうが』
雷陵高校 『女傑』 金剛寺呼虎(こんごうじここ)。女性の身でありながら、高校生の中で最もパワーがあるとされているプレイヤー。部長と同じく、四季明日佳さえいなければもっと輝かしい戦績を残せていたであろう『生まれる時代を間違えた天才』の一人。
『僕は皆さんとお友達になりたいですよ』
今度は灰色の髪を目の上まで伸ばした男がティーカップを片手に映った。もう片方の手ではソーサ―を胸の前で持ち上げている。こちらも『生まれる時代を間違えた天才』の一人だ。紫雲高校 『道化で紳士』 霞流蓮静(かすばたれんせい)。
「木闇は来ていないか、まぁ良しとしようじゃないか。三人中二人も来てくれたんだ」
部長が言った木闇とは雨篠学院 木闇理樹(こやみりき)のことだろうか。だとしたら悉く『生まれる時代を間違えた天才』たちに声をかけたことになる。
『あたしだって来たくはなかったぜ。だが、あんなもん見せられたんじゃな。来ねえ訳にもいかねえだろ』
「驚いてくれたようで何よりだよ」
『まさか風間君と鎌倉さんの試合も当てるとは。本当に驚きましたよ』
「ふふ、だから言っただろう? ウチは鹿王のオーダーを読める、と」
少しずつ話が見えてきた。部長は六条コーチが鹿王のオーダーを読めることをエサに協力関係をもちかけたのか。
『しかし分からねえ。鹿王と最初に当たるのは同じ関東にいるお前らだ。九州のあたしらと何が協力したいってんだよ』
彼女の言う通り、鹿王と一番最初に闘うのは関東大会でぶつかるウチだ。
「安心したまえよ。今年はウチも必ず全国に行く。もちろん鹿王もね」
先日、地方大会のトーナメント表が発表された。ウチと鹿王は反対側のブロックだ。対戦するとしたら決勝以外ない。そして地方大会はベスト4までが全国に行けるから、例え負けても全国には行ける。
『それで、オーダーを教えてもらう代わりに僕たちは何をすれば?』
「些細なことさ。夏休みを利用して、ウチのレギュラーを鍛えて欲しい。それだけだ」
春から始まるファンタジアの高校生大会は夏で一度オフシーズンとなる。これは名目上、プレイヤーたちの体調を考えてとなっているが、実際は興行的な問題らしい。夏は別の注目されるスポーツがあるため協賛がつきにくい、という噂だ。
『そんなのいくらでもズルできるぜ。手を抜いてもいいし、わざと甘やかして弱くもできる』
「冗談かい? そんなことさせるわけないだろう?」
「こちらは明確に君たちに教えてもらいたい技術があるんだ。ウチのレギュラーがそれを習得できなかった場合、約束は反故だ」
『不確かな情報にしては随分高いお値段ですね』
「悪い話じゃあないはずさ。君たちだって分かってるだろ。今のままじゃあ鹿王には勝てない。事前にオーダーが分かるくらいの奇跡が起こらない限りね」
『その情報が不確かだから乗れねえっつってんだろ』
「やれやれ。県大会のオーダーを全て当てて見せただろうに…。」
『まだ信用できねえ』
「でも、そういうと思ったよ。違う特典も差し上げようじゃないか
タマ、君の努力の結晶の一部を彼らに渡してもいいかい?」
「はい、分かりました」
ようやく私が呼ばれた訳が分かった。私は部長に代わって、パソコンにUSBを差し込む。そして私は対鹿王用に作成している資料の一枚を共有して、画面に表示させた。
『これは…!?』
『…!!』
「タマ、解説を頼むよ」
「はい。こちらは過去三年間のデータを基に鹿王レギュラーの傾向、弱点、癖、対策を纏めた資料です」
尤も長津薫さんが本格的にファンタジアを始めたのは高校からだから彼の資料は二年分しかない。とはいえ、私は確信している。この世にこれほど彼らの詳細を纏めた資料は存在しない。鹿王のトレーナーだってここまでのモノは持っていないだろう。
「ウチの選手を鍛えてくれるなら、この資料もつけようじゃあないか」
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