第19話


私は大鎌を、風間瞬一郎は日本刀を創り出す。


武器創造の魔法は練度が高い方がかかる時間が短い。見たところ、私と彼の練度はそう変わらないようだ。ただ、鎌が日本刀より遥かに大きいことで、私が若干出遅れてしまった。


一足先に得物を手にした風間は一直線にこちらに駆けてくる。流石の速さだ。一呼吸の間で、私を日本刀のリーチ内に入れるとは。恐るべき『加速』の魔力特性。とはいえ、そんなありきたりな私対策が通用すると本気で思ってるなら、評価を改めるべきだろう。弱虫どころか塵芥だ。


はーっ、ふぅー。


私は大きく息を吸い込み、風間めがけて思い切り息を吹いた。私の息吹は突風へと育ち、風間に襲い掛かる。彼は腕を顔の前に持っていて、その場でなんとか私の風を耐える。転ぶことは回避されたようだが、時間稼ぎにはなった。既に大鎌は完成している。


私は大鎌を振るう。この大きさの鎌を振るためには腕力に加えて、体全体の回転が必要になる。本来は致命的な隙になるだろう体全体を使ったスイングだ。彼は咄嗟に後ろに跳んだので、私の大鎌は虚空を刈る。空振りだ。しかし、私にとってはこれが正解である。


「クソッ…!」


私の魔力特性『成風』は私が生み出す風を強力にする。大鎌でこの『成風』を使うことで私は自在に鎌鼬を発生させることができるのだ。


烈風が風間を斬り刻む。…と思ったが、風に押されて、後ずさりしただけだった。どうやら咄嗟に私の烈風を日本刀で受け止めようとしたらしい。バカな真似を。無論、風は斬れない。代わりに彼の両腕にはいくつもの裂傷が出来ていた。


◇◇◇


「無茶苦茶だ。鎌倉ちゃんの鎌鼬を刀で受け止めようとするなんて」

「しょうがないじゃないですか、菅原さん。こんなの、あたしでも分かりますよ。これは確かに相性最悪。拓翔君の正気を疑うレベルです」


風間君の『加速』は強力だが精密なコントロールを必要とする魔力特性だ。ああも強風の中じゃ、まともに動くことすらできないはず。加えて風間君のスタイルはゴリゴリの近接で、近づかなきゃ始まらない。


対して鎌倉ちゃんの『成風』はオールレンジな魔力特性。たとえ相手がどこにいたって関係ない。しかも近距離の腕も確かで、あの息がある。


強風をなんとか搔い潜っても、大鎌と例の息によって敢え無く刈り取られるのがオチ、よくても遠距離からのやり直しだ。


「隙はある。鎌鼬の有効な距離はそう長くない。あれは近距離だから深く斬れるんだ。少し離れれば、威力が減衰して擦りむく程度の傷で済む」

「とはいえ、擦りむく程度でも一方的なら厄介ですよ。風は視認できません。範囲も速さもわからないから、全部勘で避けるしかない」

「腕に傷を負ったのもまずかったな。回復魔法を使わなきゃまともに刀を振るえないだろうが、身体能力強化と回復魔法の併用には集中力がいる。風間君がよくミスるパターンだ」


引っかかることがあるとすれば拓翔君の表情だ。動揺は見られない。いや、監督として当然ではあるのかもしれないけど、自信があるように見える。そして、あたしはどうにも彼がこのまま負けさせるような試合を選手にさせるとは思えない。


「さて、どうするつもりなんですかね…」


◇◇◇


風間が日本刀を後ろに投げ捨てた。重りを捨てて、回避に徹するつもりなのだろうけど、折角武器創造魔法で創った刀をそう簡単に手放すとは。愚か、というほかない。武器想像には多くの魔力が必要となる上に、隙ができる。あそこまでの業物であれば、もう一本は創れないだろう。


つまり、彼が日本刀を使うためには後で拾うしかない。しかしそんな間抜けな真似をさせるとでも?


「舐められたものですね」


私は左から右下に大鎌を振り下ろす。烈風が風間めがけて飛ぶ。私の鎌鼬は魔弾よりはるかに広範囲。完全に避けることなどできはしない


…はず、だった。


「!?」


彼は強風が襲い掛かるギリギリまでその場で、ただ直立していた。なのに、なぜか突如消えた。



「速っ!」

「バカな…。なんでそんなことが…!?」

「どういうことですか、菅原さん?」

「…風間君が刀を使う理由はいろいろあるが、その中の一つはスピードの調整だ。刀は重い。身体能力強化があるとはいえ、抱えて走るような武器じゃないだろ。だからこそ、風間君の『加速』を抑え込むにはよかった」

「なるほど。……あれ? 重りを捨てて、回復魔法も併用してる状態なのに、なんで風間君はまともに動けているんです?」



「『加速』は本人の動きだけを速くする魔力特性だから、だな」

「拓翔さーん。勿体ぶらんと教えてくださいよ」

「ふふ、長津には見えなかったんだ?」

「明日佳さんはわかるんですか?」

「もちろん。私は見えたからね」

「雪寝は?」

「……沈黙。黙秘権を行使する」

「それはもう言ってるようなもんやろ。桐島ちゃんは?」

「多分ですが、ステップ…ですかね」



私はどこから攻撃が来てもいいように、姿勢を低くする。一度見失った風間瞬一郎を探して辺りを見渡せば更に隙を創る。今は音を頼りに敵の位置を把握するのが最善。


幸い、地面を強く擦るブレーキのおかげですぐに位置は分かった。…私から距離を取り、不適に微笑んでいる。…いったい、何をした?



「ステップ?」

「流石だな、玲奈。風間の『加速』は自分の動きだけを速くする。ゆえに落下速度は変わらない」

「だからスキップみたいに一歩ごとに跳ねる独特なステップによって、風間には時間的猶予が生まれる。結果、コントロールしやすいってわけだ」

「それだけじゃないぞ。上下の激しい揺れ、変調を繰り返す速度、刀を捨てたことで得たさらなる速さ、これらが合わさることで風間の移動を目で追うのは至難となる」

「…不思議。ブレて見える」

「それにしてもこんなネタよく仕込みましたね。でも、あの速度で攻撃は危なすぎてできんのでしょ? いずれ体力が切れて負けますやん?」

「長津、随分と心配そうだな?」

「そりゃあ負けたら俺の出番ですからね」

「安心しろ。アレはただの時間稼ぎに過ぎない。本命はまた別だ」



◇二日前◇



「風間、お前の一番の問題は性格だ」

「いきなり人格否定かよ」

「お前は相手を真正面から叩き潰すことに執着しすぎている」

「後ろから斬りかかることもあるけど」


風間は相手を騙す戦術を使わない。そういうことをする余裕がないのと、カッコ悪いと思っているからだ。一度掲げた理想を決して諦めない風間らしさではあるのだが、今回はそれを少しばかり矯正させてもらう。


「ブラフやフェイントも立派な戦術なんだぞ」

「…どうにも性に合わないんだよね」

「カッコ悪いか?」

「端的に言うとそう。痛がるフリしてファールを勝ち取るサッカー選手を格好いいとは思わないでしょ」

「そうか? アレはアレで良いと思うがな。チームの勝利のために誇りを捨てる自己犠牲だぞ」

「共感できね~」


雑談だが、こういうのが相手を指導するヒントになるのだ。今回も大いに役立った。


「まぁ、仮に痛がるフリがカッコ悪いとして、だ。この世すべてのブラフ、演技はカッコ悪いのか?」

「そういうわけじゃ…」

「過剰な一般化というやつだな。強烈な一例をあらゆる似た事象に当てはめてしまう」

「ぐっ…」


こういうのは名前をつけると相手を屈服させやすい。特に風間のようにロジックで反論してくる奴にはとてもよく効く。あと堂々と言うのが大切だ。俺こそ一例だけで風間を決めつけていることに気づかれてはいけない。


「実際、相手を騙すマジシャンや大げさなミュージカルのパフォーマンスはカッコいいだろう」

「そういうショーならいいけど、試合で相手を騙すならサッカーのファールの方が例として適切じゃない?」

「いいや。なにせお前に習得してもらうのは、そのショーの技術なんだからな」


◇◇◇


動揺すべきではない。こんなのは大した問題ではないのだから。いくら速く動けたとしても、それは日本刀をもっていない時だけの話。武器をもたずに私に攻撃をしかけてくることはまずない。なぜなら、そもそも加速状態の時に素手で私に攻撃をクリーンヒットさせられるなら日本刀を創る必要はなかった。その上、さっきだって攻撃をしかけてきたはずだ。


そして、素手において、クリーンヒットさせられないということは攻撃者自身にも大きなリスクがあることを意味する。特に加速なんてしていたらリスクは殊更だ。下手な型で下手な所を殴り、彼の方が大ダメージを負うパターンも存分にあり得る。


以上に鑑みると、風間瞬一郎はまだあの速さを完璧にはコントロールできず、攻撃面に関しては日本刀を頼る必要がある、ということになる。


…となると、私がすべきことは。


私は大鎌を構えたまま静止した。彼はすぐに私の意図を理解してきた。実にゆっくりと投げ捨てた日本刀の傍に歩いていく。完全ではないが、腕の裂傷も小さくなっている。日本刀を振れる程度には回復してくれたようだ。


いま、私がとるべき最善手は日本刀を握らせることだ。


これにより、私が二つほど有利になる。まず一つは遅くなること。原理は分からないが、あの消える移動は刀を捨ててからだ。刀を持ったままできないことは分かる。目で追えるなら私が先手を取れる。


そして、もう一つは加速を解除させたこと。『加速』は身体能力強化魔法を発動している間、加速し続ける。刀を拾うために速度をリセットした今は、比較的遅いはず。


彼はこちらへの警戒を緩めず、実に慎重に日本刀を拾い、そして中段に構えた。


目が合ったのは一瞬。そしてそれが引き金となった。私は踏み出した左足を軸に大鎌を振り…?


突如発生した違和感が、私の体を急停止させた。特に止まるほどの理由は思いつかない。ただ、本能的に何かがおかしい気がした。


「ほらね、有利なのは俺の方だった」


なぜか声が背後から聞こえた。そして、鋭い痛みが私の脇腹に走る。な、なんで…? 速さはリセットさせたはずなのに…。


消えていく意識の中、私は何を間違ったのか必死に考える。いったい、私は何を間違った…?


「なにせ俺は風より速いからね」



◇◇◇


「スローモーション」

「スローモーション? ってあの映像をゆっくり再生するアレですか?」

「まぁ、ほとんど同じだが、厳密に言うならパントマイムの一種の方だな」


風間は加速を維持したまま刀を拾った。解除したと思い込んだ鎌倉瑠南の反応はどうしても僅かに遅れる。神速の風間を相手するには致命的な遅れだ。


相手が風間の速度を予測できない状態の時、さんざん練習した後の先を取るカウンター型のスタイルは120パーセントの威力を発揮する。


「まるで時間が遅くなったようにゆっくりと動く曲芸。最近、風間に教えていたのはアレだったんですね」

「その通りだ、玲奈。加速中のスローモーションによってあたかも普通の速さに見える、というわけだな。おかげで相手に速度を誤認させることはもちろん、簡単な動作なら速度をリセットしなくて良くなった」

「疑問。なんであの速さでミスしない?」

「決められた型だからだ。あの速さで自在に動くことはできない。だからせめて、決められた型で刀を振れるよう特訓した」

「ステップ、スローモーション、型、全部この短期間で? あいつ、そんな要領いいやつでしたっけ?」

「ふっ…。俺と風間はよく似ている。モチベーションの上げ方は簡単だったよ」

「え~、全然似てないけどなぁ」

「いや、そっくりさ。期待されるとそれに応えたくて堪らなくなるところなんか、特にな」



◇◇◇


…傷が治り、意識が戻った。つまり試合に決着がつき、結界が解かれたということ。私は地面に手をついて立ち上がり、風間瞬一郎と向かい合う。


「私は…負けたんですね」


負けた、ということは私より彼の方が正しかったということだ。酷く受け入れがたい。しかし、敗北は敗北だ。他者からの応援がないと本気にもなれない奴が私より正しい…。


「これで一勝一敗。決着はまたいつかね。どうせ同じ県内だし」


言い捨てて、彼は笑顔のままベンチへと戻っていく。かつての孤独に耐える弱虫の影は見えない。…あぁ、仲間を創るって正しいのか。

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