第18話


「監督、話があるんだけど」

「なんだ、風間。対戦相手の件なら受け付けないぞ」


思いつめた様子の風間を見て、すぐに次の賀森高校との対戦のことだとわかった。


「でも…どうして俺を選んだんですか?」

「小田との模擬戦で勘違いしてるかもしれんが、俺はお前を高く評価している。お前は特性の強さに恵まれただけの単調な戦い方を繰り返し、得意技といえば吠えることくらいだった」

「ソレ、褒めてんの?」

「最後まで聞け。逆に言うとそれだけでお前は全国四位にまで登りつめた。さっきの言葉を撤回することはないが、お前には吠えるだけの才能がある。期待しない方がおかしい」


風間は平静を装っているつもりだろうが、口角が上がっている。思えば面と向かって褒めたことは少なかったな。


ファンタジアのプレイヤーについて誰かを褒めると、明日佳が不機嫌になるのであまりやらないのだ。チラリと明日佳に目を向けると、長津との模擬戦中にも関わらずこちらを真顔で見ていた。まさかとは思うが聞こえているのか…。


「出場するにしたって何で鎌倉瑠南にぶつけるんだ。俺が中学の全国大会であの女に負けてることをアンタが知らないはずがない」

「勝算もなく闘わせるとでも思うか? お前は成長した。今なら勝てるさ。   …それともまさか、怖気ついたのか?」

「誰が! ただ…」

「吠えない負け犬は負け犬のままだぞ、風間」

「ぐっ……!」


風間は食いしばるように口を噤んだ。

鹿王の実力主義と、俺のプライド重視の育成論に最も適しているのが風間だ。かつて煮え湯を飲まされた相手に勝利することは風間を大きく成長させるだろう。ビッグマウスの風間に相応の実力が有れば、チームにとっても良い起爆材になる。


そして風間が強くなれば切磋琢磨し合っている桐島…いや、玲奈の覚醒につながるかもしれない。もちろん風間の成長にも期待しているが、風間が強くなっても六条先生の予想を裏切ることはできないだろう。確実に翠晴に勝つためには、やはり玲奈に覚醒してもらうほかないのだ。


「風間。お前はもっと強くなれる。長津にだって……。いや、明日佳にもお前は引けを取らない!」


…横目に明日佳の方を見る。どうやら今度は長津を虐めるのに夢中で聞こえなかったようだ。俺も風間も…、あと長津も命拾いしたな。



◇◇◇


「あ~、えらい目にあったわ」

「疑問。ボコられすぎ。弱くなった?」

「アホ。明日佳さんが急にギア上げただけや。絶対拓翔さん絡みでの八つ当たりやろ」


模擬戦中、いきなり真顔になったと思ったら全力で叩き潰された。十中八九拓翔さんが何か余計なことをしたせいだろう。…それにしても、片手間にああもボコボコにされると差を実感してしまう。

ひっくり返って腹を見せるまで可愛がられてから約一年。自身の成長は感じるが、未だあの人に勝つビジョンは浮かばない。というか距離が縮まった気がしない。…果たして俺はいつかあの人に勝てるんだろうか…?


「提案。フィールドの四隅に塩盛ってから闘う。擬態が解けて弱体化する」

「そらこの前のエイリアンに有効なやつやん。てか俺が見たのは擬態解けたら強くなってたで」


折角最近の明日佳さんは上機嫌だったのに拓翔さんが県大会で明日佳さんを温存するなんてアホなこと言うから今は大荒れ。なるべく近づきたくない。 君子危うきに近寄らず、だ。尤も、本当に君子なら近寄らないで済む方法も教えとして残してほしかった。


「はぁ〜…。そもそも何で俺が明日佳さんと模擬戦やらなあかんの。風間でええやん。そしたら拓翔さんも付いてきて明日佳さんもご機嫌やろ」

「予想。ペアの選出」

「だったらなおさら不思議やん。次の大会では明日佳さんの出場はないみたいだし、俺のペアならお前で十分」


俺と雪寝のペア起用が多いのは、相性が良いからだ。

総合的なステータスはバリ高い…けど、バットのリーチ内に入らないと始まらないカウンター気質の俺と、中遠距離の制圧は圧倒的だが懐にもぐられると手数が限られる雪寝の組み合わせは互いの弱点を補完し合っている。


「疑問。じゃあなんで?」

「知らんがな」


疲労で倒れこみ、頭頂部を床につけると桐島ちゃんが一心不乱に蹴り技を練習しているのが逆さまに見えた。その少し離れた所では風間が拓翔さんに指導されながら何かを試行錯誤している。


「はー…。だから後輩って嫌いなんよな」


自分がいかに擦れてしまったか見せつけられているようで気分が悪い。

俺にもかつてはああいう我武者羅さがあった。最後に勝つのは自分だと信じて疑わないほどアホだった。

それが今は鈍化してる。下手に賢くなってしまった。獣のような飢えが俺からはなくなってしまった。


「…初心を取り戻せってことなんかなぁ」

「不明。急に何の話?」

「いや、なんでもないわ。…そういえばお前、なんでこんなとこおるん? お前の練習メニューは?」

「試合」

「試合? 誰と?」


雪寝はまっすぐ俺を指さす。ああ、なるほど…。一つだけ分かったわ。どうやら拓翔さんは徹底的に俺をシバキ抜くつもりらしい…。


「…お手柔らかに頼むわ」

「冗談」


◇◇◇


「もしかして私を妬かせようとしてる?」

「いや…、覚えはないな」

「その割に私のことはほったらかしじゃない?」


いつもの帰り道、明日佳はとうとう不満をぶつけてきた。練習の様子からそろそろだとは覚悟してた。むしろよく我慢したほうだろう。


「前にも言ったが俺の主目的は鹿王の三連覇だ。そこまですればプレイヤーじゃなくとも箔がつく。そのために、今はお前に割ける時間がない。お前が負けるとは思えないしな」

「そんなに箔って必要? 私の専属になればいいじゃん」

「前も言っただろ。俺がお前に釣り合っているとは思えない。長津や雪寝レベルの才能を預かって、お前の練習相手にもできていないんだからな」

「私が強すぎてごめんって話?」

「そうだよ。おかげで俺は苦労してる」

「はは。大丈夫。拓翔は拓翔なことに価値があるんだよ。釣り合うとかそういうことじゃないんだって」

「明日佳。俺がプレイヤーだったころの評価を今の俺の評価に上乗せしてるだろ。流石に幼馴染贔屓が過ぎるぞ」

「当然。なんたって…」


明日佳は俺の正面に回り込んだ。わざわざ足を止めて、恍惚とした笑みを俺に見せつける。


「本気の私が負けたのは拓翔だけだもん」

「…ただの偶然だ」


だからこそ相応しくないんだろ、とは言えなかった。俺はお前に夢を見せたのに、むざむざ足を失ったんだぞ。


「覚悟しとけよ。そんなこと忘れるくらいあいつらを強くしてやるからな。そしてボロボロに負けたお前は強くしてくれって泣きながら俺に縋ってくるんだ」

「ふふ、なにそれ」

「冗談だけどな、でもそれくらいできなきゃお前には相応しくないさ」

「…もしかして、それで凡人を天才にしたいとか言ってたの? 私と闘える奴を創るため?」


……喋り過ぎた。プレイヤーの人心を掌握してこそトレーナーだという六条先生の教えを忘れてしまっていたようだ。自分で自分の隙をさらけだすような真似をしてしまうなんて…


「…さあな」


我ながらひどい強がりだ。羞恥のあまりに走って逃げ出したいくらいだが、この足で明日佳を振りきれる訳はない。


「ねえねえ、そういうことなんでしょ~? それで今の自分だと相応しくないとか思ってビジネスパートナーとか強調してたんだ?」


明日佳はしつこく、かつウロチョロと俺の周りを歩き回る。…どうやら不満は解消されたみたいだが、いっそむくれてくれていた方が楽だったな。


◇◇◇


「瑠南ちゃーん。鹿王戦でさ、風間君に勝つ自信ある?」

「風間? ああ、あの」


弱虫という言葉を飲み込んだ。別によく知ってるわけじゃない。ただの第一印象だ。他に何も思い入れがないから第一印象しか蘇ってこなかった。


「無論です」

「さすが全中No.2。いや、助かったよ。それくらいしかウチの勝ち筋なくてさ〜」

「指揮官の弱音は士気に関わります。私は気にしませんが他の選手の前では控えるべきでしょう」

「瑠南ちゃんは厳しいなあ」


厳しいという言葉で私の正しさを誤魔化すべきではないだろう。優しいか厳しいかなんてことより正否の方がよほど大切だと、いい加減に理解してほしい。


優しく言われようが筋違いなことなら拒絶してしまうし、厳しく言われようが的を射たことなら受け入れられる。人間はそういうものだし、そういうものであるべきだ。


「風間君とは中学で闘ったんでしょ。どんな感じだった?」


そう言われても大した覚えはない。印象的だったのはガラガラな応援席とそれに平気なフリをする哀れな姿だ。


「精神的に未熟です」

「あはは、まるで瑠南ちゃんは完熟してるみたいな言い草だ。止してよ、まだ高一でしょ〜」

「無論です」

「え…」


不快にも冗談だと思った部長は揶揄ってきた。


「若さと愚かさは違うものですから」

「そ、そうだね…」


気まずそうに部長はそさくさと立ち去った。


…そういえば私の応援席もかなり空白が多かった。しかし私と彼では大きな違いがある。私は気にしない。正しくない奴らはいない方が気安い。

下らない人間にまで応援されたところで私の正しさが穢れるだけだ。


正義は勝つ。この世の勝負事は常に正しい方が勝つべきだ。



◇◇◇



鎌倉瑠南。去年の中学生全国大会準優勝者。亜麻色の髪をサイドでポニーにした髪型。背丈は150センチ程度だが、扱うのは2メートル近い大鎌。その独特のスタイルから『死神』とも呼ばれる。魔力特性は『成風』。自身が巻き起こす風をより強大にする魔力特性。


「なー…んか色物っぽくないですか?」

「はぁー…。だからお前はまだ未熟だというんだ、野口。鎌倉ちゃんは強えぞ」

「うわ、菅原さん。その嫌味な感じパワハラですよ」

「うるせえー、未熟者」


私は今、菅原さんと鹿王の試合を見に来ている。もちろん記事を書くためだ。菅原さんいわく今日の試合は超熱いカードらしい。学生ファンタジアに詳しくない私にはさっぱりだけど…。


「あ、菅原さん。オーダー発表されましたよ」

「本当か! 見せてみろ!」


横で選手たちの観察に勤しんでいる菅原さんの代わりに発表されたオーダーをスマホに映して見せてあげる。


「な!? おいおい。拓翔君、正気か?」

「どうかしました?」

「…明日佳ちゃんは温存だ。今日は出ねえ」

「ありゃ。目玉記事なくなっちゃいましたね。…え、でもじゃあ誰がその鎌倉って娘と闘うんです?」

「風間君さ」

「風間? 確か…鹿王レギュラーで一番弱い子ですよね?」

「そうだ。しかも去年の中学大会で鎌倉ちゃんに負けてる。風を反射できるであろう長津君なら完封できただろうに」

「あちゃー、拓翔君。オーダー読み負けたか」

「いや、風間君はホスト枠。拓翔君はわざと鎌倉ちゃんに風間君をぶつけたんだ…!」


ぶっちゃけ菅原さんの興奮にはついていけない。でも、記者の嗅覚で熱い試合になるのは分かった。


「野口、気合入れろ。試合が始まるぞ」

「はい!」


◇◇◇


「どうせ次は俺が勝つ。せやから安心して無様に負けてこいや」

「寝てなよ。俺が勝って、この試合は終わりなんだからさ」


長津先輩は嫌味っぽく笑って揶揄ってくる。ペア戦に勝った桐島と雪寝先輩はいがみ合うことに夢中で俺の方すら見ていない。…と思ったら桐島が首だけ回して、こっちを向いた。


「拓翔さんの顔に泥塗らないでよ」

「うざ。激励の言葉がそれかよ」


雪寝先輩もこっちを見て無言でサムズアップしてくる。応援してくれているんだろうけど、無表情なせいで圧を感じる。


四季明日佳は不気味なくらいのニコニコ顔で俺に手を振っている。不機嫌になったり、上機嫌になったり、忙しい人だな。


「最後にアドバイスは?」


監督が何も言ってこないので、俺から声をかける。


「要らないだろ」

「あっそ」


別に温かな出送りを期待してたわけじゃないけど、それにしたってドライな人だ。


「風間」

「何」

「俺が監督で良かっただろ?」

「はー…。自分で言うかね、そういうこと」


試合場に入ると、鎌倉瑠南がこっちに近づいてきた。試合開始前の挨拶だ。そしておよそ緊張など見えない鉄仮面のおかげで言葉を交わす前から分かる。こいつは俺を見下しているな。


「久しぶり。悪いね、勝ち逃げは許さない性分なんだ」

「気に病むべきではないです。お互いオーダーに意見する立場ではないでしょうから。あなたが私ともう一度闘うのは、お互いの作戦の都合に過ぎません」

「ふーん、哀れだね。おびき出されたことにも気づいてないんだ」

「もし本当にそうなら言うべきではないでしょう」


挨拶の時間が終わり、お互いに背を向けて立ち位置に戻っていく。正直、弱った。こういうオカシイ奴は話が通じないから調子が狂う。……いや、やっぱりその澄ました態度が気に食わない。


「勝つのは俺だよ」


俺は足を止めて、まだそう遠くない背中に声をかけた。


「本当にそうだとしても言う必要はないです。それに、相性を考えるなら有利なのは私ですよ」

「相性? たった一回の勝負でそんなの分かったつもりな訳?」

「あなたが何を言おうと事実は変わらない。私の正しさは試合で証明されます」


振り帰りもせずに鎌倉は吐き捨てて、立ち位置に戻っていく。


さて、俺よ。啖呵は切った。監督に場を整えてもらった。皆が俺の勝利を応援してくれている。こんだけお膳立てしてもらって負けるような男でいいのか? 全力を尽くしたから許してくれって情けない言い訳をして、みっともなく生きる人生でいいのか?


「絶対に御免だね」


挨拶に時間をかけすぎて審判が焦れていたみたいだ。俺が立ち位置に戻るとすぐに試合開始の合図が鳴り響いた。

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