第4話





俺が鹿王に入ってから3年が経った。原作が始まる時期。つまり勝負の年だ。


新入生たちは緊張した面持ちでズラリと並んでいた。彼らは鹿王高校の新入生で、入部オリエンテーションが始まるのを待っているのだ。


「おい、あれ。2年の長津さんじゃないか」


一人が彼らから離れたところにいる長身の青年を指さす。青年は190センチを越えており、目立つくらい長い金のロングヘア―。金属バットで剣のような素振りをしている。一振りごとに鳴るスイング音がその威力の凄まじさを物語っていた。


「やっぱデケえな…」

「それにあの音、聞くだけで恐ろしいぜ」


「あ!、あれ。雪寝さんじゃない?」


また別の新入生が今度は薄桜色の髪をおかっぱにした小柄な少女を見つける。少女は無表情のまま指揮棒でも振るみたいに両腕を一定のリズムで動かして、魔弾を撃ち続けている。


「す、すごい。どんな連射なの…!」

「連射数よりも命中精度でしょ。あのペースで撃って動く的に全弾的中させてる。正に神業だよ」


最初は行儀よく直立で待っていた新入生たちも次第に憧れの先輩を見つけてお喋りを始める。高校生のファンタジアは興行になっている。テレビでもデカく取り上げられるから、活躍した選手をいざ身近に見ると落ち着かないのだろう。



俺と明日佳は2階からそんな新入生たちの様子を眺めていた。


「ねぇ、拓翔。なんで1年生たち待たせてるの?」

「あえて暇な時間つくって交友関係を見極めてんだよ」

「それって…誰と誰が仲が良いか、とかそういうこと?」

「あぁ、練習グループを決めるときの判断材料になる」

「入ったばっかの1年の交友関係なんてアテにならなくない?」

「アテにならないからこそ、この時期のグループを固定化させたくない」


そんなにウマが合わない奴でも偶然一緒になることがつづけば友達になる。それ自体は良いことだが、新入生ってのは少ない友達で満足して貪欲さを失う。そしてこの時期に友達づくりを妥協した奴は大抵取り返しがつかなくなってから後悔するのだ。それを避けるために、新入生にはとにかくいろんなヤツと絡んでもらう。


「なるほど。でも、こうやって2階から観てるだけで分かるの?」

「あの中に1年トレーナーを混ぜているのはスパイだからだ。オリエンテーションが終わった後、あいつらが1年プレイヤーの交友関係を報告してくれる」

「初仕事がスパイだなんて可哀想に」

「そうか? スパイってのは優越感があって気持ちいいもんなんだぜ」


もちろんスパイされていたと後から知ればプレイヤーはトレーナーに不信感を覚えるだろう。だが、それでいい。対立は仲間意識とプライドを育てるのに絶好の環境だ。先の友達を多くつくってほしいという願いはあくまでプレイヤー同士でのことで、トレーナーがプレイヤーと仲良くする必要はない。ただ有用だと理解されればそれでいい。


「もしかしてそれも狙い?」

「まあな。優越感はプライドを高める。高いプライドはイイ仕事に繋がる。プライドにそぐわない自分の能力を埋めるために努力が必要になるからな」

「そう? ただ自惚れるだけのつかえない奴も出てくるんじゃない?」

「そうさせない為にトレーナー陣にも厳密な点数制度を導入してんだ。具体的な数字として自分の能力が表れれば、誰だって現実を見ざる得ない」


プライドは育てる。しかし驕りは許さない。それが俺のコンセプトだ。


「流石、部を2連覇に導いた敏腕監督はいろいろ考えてるね」

「2年間負けなしのエースがいて優勝できない方がおかしいだろ」


俺は1年の後期から監督に昇進した。だから俺の監督としての実績は全国2連覇である。とても順調だ。その上、俺は最大の不安だった桐島玲奈をまさかのウルトラCで解決している。もはや3連覇はほぼ確実だろう。


…いや、慢心はダメだな。コンセプトに自ら反してどうする。


「あれって…!」


数人の1年生がこっちに気づいたようだ。潮時だな。そろそろオリエンテーションを始めるとしよう。


「あ、ああ。高校生最強どころか、プロでも通用すると言われている『最強コンビ』の二人だ!」

「生だとやっぱ貫禄あるね!」

「噂じゃ付き合ってるらしいけど、マジなんかな」


周りがうるさいと自分の声は相手に届いていないと思い込みやすいらしい。今の1年はまさにそんな状況だ。テンションがあがって、ボリュームもあがった1年生の声は2階にいてもクリアに聞き取れる。しかし、どいつもこいつも平気だと思い込んで好き勝手なことを言っているな。


「やっぱ『最強コンビ』はダサくないか?」


『最強コンビ』とは昨年2連覇を果たした際にインタビューを受けた明日佳が発言した俺たちを指す言葉だ。優勝インタビューだったせいで大きく報道され『最強コンビ』という言葉だけが広まってしまった。


「ああいうのは端的で分かりやすい方がウケがいいんだよ」


明日佳が手を振ると1年生は頭をさげたり、手を振り返したりしてくる。ホント、ピクニック気分って感じだな。フフ、せいぜい今のウチに楽しんでおけ。こっから先は地獄を見てもらうぞ。


オリエンテーションで楽しい行事なんか必要ない。楽しい思い出を共有するより、苦しい思い出を共有した方が連帯感が高まるからだ。


「拓翔、悪い顔になってる」

「それも監督の仕事なんだ」






俺たちが下に降りてもまだ1年生は、はしゃいでいた。大変元気があってよろしい。ただ、中には澄ました顔をして俺や明日佳を睨んでいる奴らもいる。周りのミーハー連中とは違う。野心家タイプだ。本気でプロやレギュラーを目指しているからこそ、俺たちをライバルと思っているのだろう。


そして明日佳を睨む1人に3年前と変わらない髪型のまま背だけが伸びて、美人に磨きがかかった主人公 桐島玲奈がいた。


これこそが俺のウルトラC。強敵になると分かっているなら味方に引き込めばいいじゃん、だ。


3年前の大会の後、俺と桐島は割と頻繁に連絡する仲になった。そしてファンタジアのことで相談に乗っているうちに志望校の話になり、ウチはどうかとさりげなく勧めたのだ。正直、自分でもここまで上手くいったことに驚いている。


「待たせて申し訳ない。俺が監督の日暮拓翔だ」

「私は正レギュラー1位(ファースト)四季明日佳」


実力主義が伝統のウチではレギュラーにも序列が与えられる。もちろん明日佳は最高位の1位(ファースト)。


「これから新入生オリエンテーションを始める。全員、結界内に入って…「ねえ」


1人の新入生が俺の声を遮った。さっきまでざわざわとしていた場が嘘みたいに静まりかえる。俺も動揺を態度に出してしまった。どうしていいか分からず、停止して件の新入生の次の言葉を待つ。


「ここって実力主義なんだからさ、弱いアンタが俺に指図するの変じゃない?」


資料…は必要ないな。とても見覚えのある顔だ。背丈は160センチよりわずかに高く、凛々しい顔立ち、ソフトな七三に分かれている緑色の髪。原作で鹿王レギュラーだった1人、風間瞬一郎だ。


「それ、拓翔に向かって言ってる?」


ヤバい、俺より先に明日佳が反応した。場の空気は更に重くなる。確かに苦しい思いをしてもらうつもりだったがこういうことじゃないんだよなあ…。




―――――――――――――――――――



「…おもろい奴おんなあ」


ストイックに練習する格好いいトコを見して尊敬を集める作戦を中止させる。どうやらそれどころじゃなさそうだ。


雪寝はまだストイックな練習を続けていた。多分あっちの状況に気づいてない。あいつ、視野狭いしなあ。近づいたら巻き込まれそうで怖いんよな。でも、教えなかったら間違いなく拗ねるやろしなぁ…。


「おい、雪寝」


俺はゆっくり雪寝に近づく。本当はもっと遠くから大声で呼びかけたい。でも今そんなんしたら注目の的になる。


そしたら案の定、雪寝は魔弾を撃ちながらこっちを見た。かぼちゃくらいの魔弾がそのまま俺に向けて発射される。練習場内で魔法を使えるエリアには全て結界が貼られとるから安全、…けど喰らったら痛いんやぞ。


俺はバットを構えて、腰と腕で振った。バットの芯から外し、フライ気味に上げる。魔弾はそのまま練習場の天井にぶつかる前に消えた。流石俺、完璧なコントロールだ。


「危ね。もうちょい気ぃつけや。俺以外だったら喰らっとるで」

「拒否。『作戦』実行中なのに邪魔する方が悪い」

「作戦中止や、見てみぃ」


雪寝は練習を中止して、1年たちの方を見る。拓翔さんと1年たちが固まっていた。僅かに動いているのはあのオモロイ1年と明日佳さんだけ。他の奴らは叱られた子供みたいに俯いて微動だにせん。何でか知らんけど拓翔さんも様子見しとるし、このままだと明日佳さんがあいつボコしかねんぞ。


「疑問。あれは?」

「アホな1年が拓翔さんに口ごたえしたんや。拓翔さんは弱いんだから指示すんなってな」

「立腹。加勢してくる」


雪寝はあの気まずい集団の中に進んで混ざろうとする。怖いモンなしかいな。


「アホ! やめとき。なんで煮えたぎる鍋に自ら入りたがんねん」

「明白。監督は恩人」

「そら、俺もそうやで。でも俺らからの援護なんかどう考えても余計やろ」

「不明。理由を求める」


雪寝は心底不思議そうに訊いてくる。コイツホンマ、ロボットみたいな喋り方の癖に感情だけで生きとるよな。拓翔さんがどうやって監督に選ばれたのか知らんのか。


「実力だけでウチの監督になった人やぞ。あんなん捌くくらい楽勝に決まっとる。あんま拓翔さんの見せ場奪ったんな」


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