第5話
やられた…。皆の前じゃなければ、受け流す冷静な対応ができた。でも、皆が見てる前で風間の挑戦を蔑ろにすれば俺は威厳を失う。そしてこのまま明日佳に反論を任せていても結末は一緒だ。
「バカじゃないの。拓翔さんは義足。試合はできないよ」
「え」
俺が対応に悩んでいると桐島が事情を風間に伝えてくれた。
「だったら尚更監督には相応しくないじゃん」
普通、バツが悪いと思うんだが…。風間は悪びれもせずに更に俺を追いつめる。俺が言えたことじゃないが、いい性格してるな。
風間の最高成績は中三のときの個人で全国ベスト4。才能も実力もあるが、その不遜な性格が原因でチームとは軋轢があり、団体での目ぼしい成績はない。
「拓翔は全国2連覇させてるんだけど監督として相応しくないって、それ正気?」
「プレーヤーさえ強ければ誰が監督でも関係ない」
風間はそう言って、一瞬明日佳の方に視線を送る。こいつ、俺が気にしてることを易々と言いやがったな。原作では鹿王高校は俺がいなくても全国2連覇していた。
果たして俺がやっていることに意味があるのだろうか、未だ自信はない。
しかし疑問があるからといって俺がやることは変わらないし、手も抜かない。そういう考えても仕方のない事を言い訳にするのは前世で終わりにすると決めたのだ。
逆に考えよう。そう、今こそ俺の実力を証明するときだ。この調子に乗った風間を倒すのは原作に存在しない流れ。つまり風間を倒せたならそれは100%俺の実力だ。
「風間、『侮辱』には相応のリスクがあるんだぞ」
「リスク? どんな?」
「恥をかくリスクだ。晒し者になっても文句言うなよ」
「脅しのつもり? 闘えないくせに」
「…1年トレーナー、手を挙げてくれ」
委縮した1年トレーナーたちが小さく手を挙げる。俺はその中から偶然を装って一人を選び、手招きした。
「来てくれ。小田」
「ぼ、僕の名前まで…!」
「どうした?」
「は、はいぃ! すみません! 今行きます!」
小柄で童顔、無造作な黒髪の男子が駆け足でこちらに来る。小田はスコアラー所属の1年だ。中学2年まではプレイヤーだったが自分に才能がないと自覚し、トレーナーを目指すようになった、と面接で語っていた。
「俺の代わりにこの小田が闘う」
「へ?」
「なにそれ、負けた時の言い訳?」
「お前こそ冗談か? 負けを想定する監督がいるわけねえだろ」
「え? あ、あの、あの…」
「ふーん。面白いじゃん」
風間はニヤケ面で勝負を受けた。こうして変則マッチが決まった。明日佳は喜色満面にあふれた様子で俺にサムズアップしてくる。どうやらお気に召す対応だったらしい。
「他の奴らはオリエンテーションに移れ」
俺たちだけが試合して周りの1年に暇させるのは合理的じゃない。俺がそう指示すると明日佳の表情があからさまに曇った。
「ブー」
「抗議、ブー」
明日佳を説得しようとしたところ、突然来た2年の凸凹コンビに後ろからブーイングされた。と思ったら、あれ? 声で2人いると思ったのに、長津しか見当たらない。雪寝の声が聞こえたのは気のせいか?
「不満か? 長津」
「いや~、こんなん絶対残って試合見たい奴もいますって。オリエンテーションなんかで潰すの可哀想ですよ」
オリエンテーションなんかとはいうが、色々考えた上で設計したんだぞ。
「そうだよ、希望者だけでも残そうよ。拓翔」
明日佳まで長津に賛同して、俺の顔色を窺ってくる。…仕方ない、今回くらいいいか。風間以外は友人をつくるきっかけにもなるだろう。
「…わかった。希望者は残っても良い」
ほとんどの1年が周りの1年と色々語らいながらその場に留まる。しかし桐島は真っ先にオリエンテーションの方に向かいだした。あまりに迷い無い行動だったから周りの1年が桐島を呼び止める。
「桐島さんは見ないの?」
「あたし、結果分かってる勝負に興味ないから」
ただそれだけ言って迷いなく消えた。あいかわらず友人をつくるのが下手。万事順調に思っていたが、どうやらまだ色々心配すべきことが残ってるようだ。
「…お前ホンマ、コスいわ」
「不明、なんのことか分からない」
長津が動くと、その影から雪寝がでてきた。さっきは後ろにいたから隠れて見えなかったのか。長津は雪寝を呆れたように見下ろすが、雪寝は何も気にしていなさそう。
「無理無理無理、無理ですって!」
「大丈夫だ、小田。作戦会議用に20分貰った」
「20分で何ができるんですか!?」
「風間に勝てるようになる」
「だからそれが無理なんですって! 風間君はスカウト組なんですよ! 1年生の中じゃトップクラスに強いってことです! そんな人にプレイヤーでもない僕がどうやって勝つんですかぁ!?」
「落ち着け、俺を信じろ」
小田の細い両肩をもって落ち着かせる。俺が小田を選んだのは素直で、プレイヤーのことをよく調べており、俺の話を真摯に聞いてくれると思ったからだ。
「恐怖を誤魔化す必要はない。むしろ人間、ちょっと恐怖してるくらいがベストなパフォーマンスをだせるものだぞ」
「ちょ、ちょっとなんてもんじゃないんですけど…」
「小田。俺を信じろ、今のビビってる状態こそ最適。闘うのに相応しい精神状態だ」
「は、はいぃ…」
もちろん真実は違う。リラックスしている方が運動能力は向上する。しかしそんなこと言っても逆効果だ。抗うことで恐怖や緊張を克服することはできない。
克服するコツは緊張も恐怖も疲労もなにもかもをひっくるめた上でこの瞬間の自分がベストな状態だと思い込むことだ。思い込めば自分の緊張や恐怖を許せる。受け入れられる。
「いいか、風間には弱点がある」
「弱点…」
「もうウチのプレイヤーのデータは覚えたか?」
「当然です! 風間君の魔力特性は『加速』。言わずとしれた強特性ですよ!」
「その強特性を逆手に取るぞ」
小田と風間の試合が始まった。風間は武器創造魔法で日本刀をつくりだす。身長に合わせて少し短いが、脇差というほどでもない。短めの打刀って感じだ。
風間は身体能力を強化し、駆ける。思った通りだ。接近戦ならまず負けることはない、とそう考えているんだろ。
「速いね、『加速』?」
「あぁ、風間の魔力の特性は強制発動型の『加速』。組み合わせは身体能力強化と再生魔法」
「回復も早いんだ、ちょっと面倒かも」
「そうでもねえよ」
隣の明日佳がワクワクした様子で試合を眺めている。差し詰め自分が風間と闘う時のことをイメージしているのだろう。
小田は最初の位置から動かずに両手を顔面の前で揃えて防御姿勢をとっている。ボクシングでいうところのピーカブースタイルだ。
風間はシンプルに正面から小田に斬りかかった。頭に向かって上から打刀を振り下ろす。刀はそのまま小田の頭に直撃したが、皮膚を裂くことはなかった。むしろ小田の頭によって打刀が受け止められたという方が正しい。
「なっ…!」
「ふっ!」
小田のパンチが炸裂する。腕だけで放たれた力任せの拳が風間の鳩尾に直撃した。
「がふっ…」
小田はもう一発殴ろうとする。しかしあまりに大振りすぎた。次の拳が届く前に風間は余裕をもって下がり、体勢を整える。
「はぁ、はぁ、はぁ…」
ニヤケ面は消え失せ、苦悶の顔に変わる。バッチリだったな。やるじゃないか、小田。
「な、なぁ。なんで頭は無事だったんだ?」
「俺にも分かんねえよ」
「いや、たぶんアレは魔力を集中させたんだろ」
「でもそんなことしたら他のとこ斬られた瞬間に終わりじゃん」
1年たちがあーでもない、こーでもないと議論を交わしている。ふふ、なんだか気分がいい。皆、俺の策の仕組みが分からないらしい。尤もトレーナー陣には気づいてほしいものだが…。
小田は右手から魔弾を放つ。小田の魔力特性は『拡散』。本来球状で飛ぶ魔弾が細長い光線に分裂し、広角的に発射される。
風間はさらに顔を歪めて、身体強化で走ってそれを避けた。しかし小田は俺の指示通り、体を回しながら、魔弾を撃ち続け、風間を狙い続ける。すると、やがて風間は派手に転び、地面に激突した。
風間はなんとか立ち上がるがダメージが隠しきれていない。立ち姿がすでにフラフラだ。離れたところに落ちていた打刀を拾いにいく動きも鈍重である。
「クソ!」
試合中にも関わらず野蛮な声を上げ、風間は再び向かってくる。そう、イライラするよな。格下相手にいいようにやられて、皆の前で派手に転んで…。とにかく小田が憎くてたまらないはずだ。
人間ってのは不思議なもので、怒り方に人それぞれのパターンがある。怒鳴る奴はいつも同じ言葉を使って怒鳴るし、殴る奴はいつも同じ手で同じものを殴る。
風間の怒り方は高速で相手の周りを走り回り、自分を見失わせてからの死角からの突き。ただ怒りに任せただけの動きじゃない。自分の強みを活かした攻撃である。
俺と小田は5分で作戦会議を済ませ、残りの15分を練習時間に充てた。その練習とは辺りを見回わすフリをして自分の死角を自然につくる演技の練習。
まだちょっと演技は硬いが、怒り心頭の風間には関係なかった。まんまと小田が待ち構えている方から突きを放ってくる。
打刀は小田の脇腹に刺さった。大ダメージだ。ここから逆転もまぁ、有り得たかもしれない。俺が小田のトレーナーじゃなければの話だが。
ファンタジアでは血が出ないし、痛みも制限されている。だから血飛沫や刃傷独特の痛みによる怯みも期待できない。要は攻撃するその瞬間こそ隙になるってことだ。
「つ”…!」
「が。ど、どうし……て」
小田は刺されると同時に自分から後ろに踏み込んで肘打ちを繰り出していた。現実なら痛みで到底できない動きだろうが、ファンタジアでは可能。
風間が小田の肘打ちであおむけに倒れる。肘打ちは誰がやっても相応の威力が出る素晴らしい技だ。プレイを離れて久しい小田でも充分な威力を出せた。
「勝負あり、だね」
起きてこない風間を見て、明日佳が勝敗を宣言した。1年生を中心に小田への歓声と拍手が巻き起こる。
「流石やなあ」
「同意。実力的には大分差があった」
…もはやプレイヤーにはなんの未練もない。だがこういう俺の策が嵌まった試合後はいつも少しだけ考えてしまう。俺があの場に立てたなら勝利はもっと楽で確実だっただろう、と。
「拓翔? どうかした?」
「いや…、変な初日になったなあと思ってな」
そしていつも俺は思い上がりを反省する。きっと明日佳は誰の試合を見ても同じことを思っているのだ。
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