第2話
「失礼します」
俺は今、途轍もなく緊張している。というのもこの数分で俺の人生が決まるといっても過言じゃないからだ。
「やぁ、よく来たね。日暮拓翔君」
俺の面接官は優しそうな先輩だった。資料で見たことある。確か去年の鹿王高校ファンタジアの監督だった人だ。今3年生だから俺とは入れ違いになるはずだが、この人が俺の面接官でいいんだろうか?
「よろしくお願いいたします」
「まず、これは面接じゃない。君の入学と入部は既に決まってる。おめでとう」
「え」
いきなり肩透かしを食らった。嬉しいけど、じゃあこれは何なのかという疑問が残って素直に喜べない。
「テストはほぼ満点。あの四季明日佳さんを鍛えたという実績もある。しかも選手だったころの実力も文句なし。これで落ちる方が無理ってものさ」
「あ、ありがとうございます」
「この場はね。君のポストを決めるための場なんだ」
「ポスト、ですか」
鹿王高校は群馬県のファンタジアの超強豪。ファンタジア部はプレーヤー80名、トレーナー40名とかいう化物みたいなデカさだ。
そんなデカい組織だからトレーナーは4つのグループに分かれて仕事する。部の方針に関わる決定をする首脳陣、偵察や戦力の分析を仕事とするスコアラー、選手の練習メニューを調整するコーディネーター、あらゆる雑用を行うオッドジョブメンバーだ。
事故で右足を失っても、俺はまだファンタジアと関わっていたかった。そこで選手を支えるトレーナーを目指すと決めた。その第一歩として『ファイト・ファンタジア』のラスボス校 鹿王高校トレーナ―陣の面接を受けているのだ。
俺の目標はこの学校でトレーナーとして実績を残すこと。そしてファンタジアの本場イギリスへの推薦を勝ちとる。だから志望はもちろん首脳陣、だめならせめてコーディネーターだ。
「うん。でもその前に一つだけ聞かせてくれるかな。ここ三年、鹿王高校はなんで負けたのだと思う?」
ここ三年間、鹿王高校は全国大会には行ってる。でも優勝はしていない。実績としては充分に思えるが、ここまでの強豪校だとそれは負けに過ぎないのだ。改めてこの学校の厳しさを感じる。
「それは…」
「是非、君の意見を聞かせてほしい。まぁ、僕の前だと言いづらいかな、はは…」
先輩は自虐的に笑った。雰囲気は柔らかいし、物腰は穏やか。でも目は真剣だった。本気で答えが知りたいように見える。…ここは失礼を百も承知で、俺の素直な見解を述べよう。
「コンセプトに問題があったのだと思います」
「コンセプト? つまり、ウチ伝統の実力主義が問題だと?」
「はい。実力主義だけで選手のモチベーションを管理することはできません」
「ウチはレギュラーに様々な特権が与えられ、他の部員より優遇される。そうすることで部内の競争を活発にし、切磋琢磨し合う環境を整えている。それだけでは不十分?」
「実力主義が原因で部内の競争に終始して、部外との対戦に意欲が湧かなかったのではないでしょうか」
「うーん、なるほど。じゃあ日暮君ならどう改善する?」
「プライドです」
「プライド?」
「はい、選手一人一人に選ばれた特別な人間だと自覚させ、敗北はそのプライドを傷つける行為だと刷り込みます」
「なんだか過激な思想だね。確かにレギュラー陣のモチベーションは高まるかもしれないが、それ以外の多くの部員は心が折れてしまうんじゃないかな」
「凡人は…。振り下ろされたくない凡人には相応の努力と精神が必要です。それを強要することを悪いとは自分は思いません」
「はは、凡人かつチームを負けさせた僕じゃあ反論できないなあ」
「そ、そんなつもりでは…」
「いや、いいんだ。君の言葉を聞いて分かったよ。僕に足りなかったのは努力と覚悟だ。伝統に甘え、何も変えずにただ流されるだけの監督だった」
先輩は遠い目をする。
「日暮君があと1年早く入部してたらなぁ…」
そしてため息と一緒に愚痴をこぼした。
「恐縮です」
「日暮君には首脳陣の中でも2番目のポスト、副監督に就いてもらいたい。スコアラー、コーディネーター、オッドジョブメンバーを統括して、監督に意見具申する大変な仕事だ。もし何か不満があれば…」
「とんでもないです! よろしくお願いします! 精一杯取り組みます!」
やった! やったぞ! 首脳陣に入れたら御の字だと思っていたが、まさか副監督とは!
「本来一年生が就く役職じゃない。色々大変だろうけど頑張ってね」
「はい!」
先輩は手を差し出してきた。俺は両手で握手を返す。
「君の理想は素晴らしいと思う。どうか情に流されず強さだけを求めてくれ」
試合開始の合図と同時に明日佳と相手の大男は急速に間合いを詰める。お互い徒手のインファイター。無粋な駆け引きは無しのようだ。
相手は身長180センチを超えてる。本当に中学生か? 身長165センチの明日佳との体格差は歴然だ。体格の大きなアドバンテージは2つ。体の重さと上から打撃ができること。至極当然だが人間は上から下に殴る方が強い。
大男は大振りに右拳を引いて殴り掛かった。そのままなら余裕で避けられる一撃だったが、相手の足運びが上手い。届かない距離から構えて最後の踏み込みだけ歩幅を大きくしたことで明日佳の後ろへのステップを潰した。
しかし拳が当たるまえに明日佳の蹴りが大男の顎を砕いた。あの体制からの尋常じゃない瞬発力、流石だ。
明日佳は伊逹に『ファイト・ファンタジア』でラスボスな訳じゃない。明日佳には俺たち凡人と明確に違う特異な体質があるのだ。
それは『真の自由自在』。原作の明日佳いわく、俺たち凡人は自分の体を自由自在に動かせるつもりになっているだけらしい。事実、俺たちの動きは常にイメージとズレている。訓練すればそのズレを小さくすることはできるが完璧に一致することはない。
しかし『真の自由自在』たる明日佳は一ミリのズレもなく自分のイメージ通りに体を動かせる。つまり、あらゆる瞬間で最高のパフォーマンスを再現できる。
例えばあのカウンターの蹴りは咄嗟に出た反撃にもかかわらず、明日佳の全身全霊の蹴りに等しい威力が出ている。あれこそ正にチートというべき才能だ。明日佳の体を称して原作のデータキャラはこう評した、『神の最高傑作』と。
「がっ…!」
大男は後ろにゆっくり倒れていくが、まだ試合は終わってない。地面に倒れる前に明日佳は人差し指に魔力を固めて球状にしたもの、『魔弾』を溜めて、腕ごと振るって放つ。放たれたサッカーボール大の魔弾は大男の胸の真ん中を捉え、結界の端まで大男を吹き飛ばした。
明日佳の魔弾を無防備かつ無意識で受けた大男はもうピクリとも動かなかった。
明日佳は審判の方を見てコールを促す。あまりに一瞬の結果にたじろいでいた審判は遅れて明日佳の勝利を宣言した。無理もない。事情を知らない審判からすれば軽く放っただけの魔弾にあそこまでの威力があるなんて想像できないだろう。
結界が解かれ、大男は回復して、フィールドから出て行く。もう痛みはないはずなのに彼の顔が酷く歪んでいたのは自分を不甲斐なく思っているからに違いない。
明日佳はさして嬉しくもなさそうにこちらに戻ってくる。俺がタオルとドリンクを渡すとすぐに不満を述べ出した。
「お疲れ」
「信じられないよ。魔力特性『硬化』なのに拳だけ硬くして体を柔らかくしたままなんてさ」
ファンタジアは魔弾、身体能力強化、回復魔法、武器創造魔法の4つにそれぞれ生まれ持った魔力特性を組み合わせて戦う。魔力特性とは魔法を使うときに付与できる性質のことだ。
同じ魔力特性でも組み合わせられる魔法が違ったり、効果が強制だったり任意だったり、さまざまな差異がある。
今戦った彼なら魔力特性は任意発動の『硬化』で身体能力強化と武器創造魔法を使う時に硬化を付与できたようだ。スマホで調べてパッと情報が出てくるあたり、そこそこ有名な選手ではあったのだろう。
「仕方ないんじゃないか。全身に硬化を付与すると動けなくなるだろ」
「そうかな? 私だったら動く間、その箇所だけ硬化を解除する」
「言うは易し、行うは難し……ってお前だとそうでもないか」
卒業式前の最後の休日、明日佳はわざわざ東京にいってただのジュニア大会に出ていた。明日佳のトレーナーである俺も無理やり連れてこられている。正直、俺は家で監督業について勉強していたかった。この規模の大会で明日佳が負けることはありえない。
「そろそろ俺を連れてきた理由を訊いていいか?」
「今一度、思い知らせようと思ってさ」
「何を?」
「拓翔と私が最強のコンビだって」
「あ」
俺は次の明日佳の対戦相手を見て、思わず声を漏らした。明日佳が何やら言った気がするが、そんなことより目の前の中学1年生の少女から目が離せない。セミロングの黒髪で年の割に長身な少女、美人だが可愛いというよりは格好いい顔つき。
見間違うはずがない。あれは『ファイト・ファンタジア』の主人公。
「桐島玲奈」
気づけば俺は彼女の名を口に出していた。
「……知り合い?」
明日佳が眉をひそめて訊いてくる。話しを聞き逃したのが癇に障ったのか?
「い、いや。一方的に知ってるだけだ。あれは桐島玲奈。才能の塊みたいな奴。有望だから調査しといた」
「あの子1年なのに?」
「あ、あぁ。3年後には戦うことになる」
俺のバカ。今の今まで忘れていた。明日佳と主人公 桐島玲奈の因縁は明日佳が高校に入る前。つまり今日だ。明日佳は桐島を完膚なきまでにボコボコにし、桐島はその屈辱を晴らすために修行を始める。そして全国大会でついにその復讐を果たす。
…あれ、じゃあ今日、明日佳が桐島をボコボコにしなければ、原作とは違って俺たち全国三連覇できるんじゃないか?全国三連覇に導いたトレーナーなんて箔がつきまくりだ。俺の将来も安泰になるに違いない。
俺は隣の明日佳を恐る恐る見る。まだ不機嫌そうだ。どうにか宥めてこの対決を回避することはできないか…?
「なぁ、こんな大会どうでもよくないか? この辺で棄権して東京観光しようぜ」
俺は体を明日佳の方に向けて話すことで明日佳の足を止める。明日佳もまた体を俺の方に向けて互いの腹の探り合いが始まった。
「あの子を見た途端にそんなこと言うんだ。もしかして私が負けると思ってる?」
逆だ、圧勝するからダメなんだよ。
「いや、間違いなくお前の相手じゃない。練習にもならないから意義がないと思っただけだ」
「あの…、それ、もしかしてアタシのこと言ってます?」
いつの間にか桐島が俺たちの前に立っていた。……こんなの前世でも経験したことない気まずさだ。悪口を本人に聞かれてしまった。冷たい汗が背中から噴き出す。
「ち、違 ぐっ…!」
俺はまず言い訳しようとした。でも明日佳が片手で俺の両頬を挟んで遮った。俺は間抜けな顔のまま目だけ動かして明日佳の方を見遣る。いったい何をするつもりだ?
「そうだと言ったら?」
「…別に。ただ試合で間違いだと示すだけです」
「君がどんなに頑張っても拓翔の予想は外れない」
「……」
桐島は無言のまま俺たちのもとから離れた。俺もやっと解放される。
「相手は1年だぞ? 優しくしてやれよ」
俺はせめてできる限りのフォローをすることにした。しかし逆効果だったらしい。明日佳は俺を突き放すように反論してきた。
「勝負に年齢は関係ない。ただ、強いか弱いかだよ」
ああ。こりゃあもう何いっても無駄だな…。
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