スポーツ(バトル)漫画に転生し、ラスボスと幼馴染となった件

カロテノイド

第1話


魔法使いたちは平和な世の中では力を持て余し、己が内に秘める闘争本能をスポーツへと昇華させることで解消した。そのスポーツの名は『ファンタジア』。ルールはいたってシンプル。


ただ魔法を使って殺し合うだけのスポーツだ。ただし、結界の力でとり返しのつかない傷を負うことはない。唯一特筆すべきなのは男女の区別なく競技が行われることくらい。なんでも女性の方が魔力量は多いから、筋量が多い男性とほぼイーブンらしい。


まぁ、要は何も心配せず、何の区分もなく、思う存分暴れられるってこと。


そんな架空のスポーツ『ファンタジア』を題材にした『ファイト・ファンタジア』は世界中で大人気なアクション漫画だった。従来のアクション漫画にスポコン的熱さを融合させた傑作だ。


かくいう俺もそんな『ファイト・ファンタジア』の大ファンの一人だった。過去形なのは過労で死んであの世界とはおさらばしたからだ。


そしておそらく転生?とかなんとかしてこの世界に産まれた俺は平穏無事に過ごしていたわけだが…。齢10の俺が改めて幼馴染の少女の姿を見た瞬間、前世の知識と経験を一度に取り戻した。


「私の顔に何かついてる?」

「い、いや…」


ボーイッシュなショートヘアーの水色髪、心の中まで見透かしてくるような蒼い目、白磁のような肌、顔つきは中性的で、いつも余裕綽々みたいに微笑んでいる。

彼女、四季明日佳は将来、ファンタジア最強の鹿王高校で部長を務め、高校生最強の魔法使いになる。つまり彼女こそが『ファイト・ファンタジア』のラスボスなのだ。


「大丈夫? 無理しないでね? 拓翔」


俺のリアクションの薄さが明日佳の心配を助長させてしまった。頭を押さえて混乱を乗り越えようとしている俺を覗き込んで心配してくれる。何がなんだか分からなかった。この世界は漫画? 架空ってこと? 俺は…? 俺も本当はいないのか?


考えてもどうしようもない恐怖がどんどん俺を侵食していく。上手く呼吸ができない。やがて俺は立っていられなくなって地面に蹲った。深呼吸をしようとしているのに肺がそれを受け入れてくれない。ただ口に入った空気がそのまま出て行くだけだ。やばい、これってどうしたら…。


明日佳が俺を抱きしめてくれた。優しく俺の背中を擦ってくれる。


「大丈夫。大丈夫だよ、拓翔たくと


明日佳の体温がだんだん俺を平静にさせた。精神年齢で言ったら30歳くらいなのに10歳の少女に救われた。 情けない話だ…。


「は、はっ…」

「落ち着いた?」

「あ、あぁ、うん。もう大丈夫。ありがとう」

「一応先生呼んでくる。ここでじっとしてて」


明日佳は俺から離れて救護室の先生のところに行った。残された俺は周りを見渡し、ここがファンタジアの試合場であることを再認識する。そうか、俺は明日佳とファンタジアをして遊んでいたんだな。なんだか他人事に思える。


今朝まで当たり前に見てた自分の顔をイメージしてみるが、こんな顔のヤツは原作にはいなかった。となると俺はこの世界でイレギュラーな存在なのかもしれない。


俺はこの世界で何をすればいいんだろう…?




先生に診てもらったけど特に問題はなかった。当たり前だ。元の世界のことを思い出して混乱しただけなんだから。それでも念のため、俺はこのまま両親を待って家に帰ることになった。お隣兼親同士の付き合いもある明日佳も俺と一緒に帰るらしく、二人で並んで俺の両親を待っている。


「明日佳は…プロになるの?」


我ながらバカみたいな質問をした。でも興味があったのだ。原作だと高校3年の全国大会決勝で敗れた後の明日佳は描写されない。


「拓翔は?」


明日佳は当たり前みたいに質問を返してきた。…大人の理性を得てしまった俺には分かることだが、俺にそこまでの才能はない。肉体チートでもあれば良かったのだが、俺の転生にそんなものはなかった。今は周りの普通の子供より強いけど、明日佳に勝てるようになる日は永遠にこないだろう。


「俺は、まぁ、成れるなら成りたいよ」

「じゃあ私も成ろうかな」


『私も』。ただその一言で俺がプロになれると信じて疑っていないと心から理解できた。俺は泣きそうになるのを必死にこらえる。果たしてここまで人に期待されたことが元の世界であっただろうか。果たしてここまで人に信頼されたことがいままであっただろうか…。


「そしたらずっと二人で一緒にいれるしね」


明日佳の笑顔が俺に向けられて、俺はどうしようもない無力感と罪悪感に苛まれた。畜生、俺はこの少女の期待に応えられない。この子の願いをかなえることはできない…。才のない俺はいつかこの子を絶望させるのだ。


いや、本当にそうか? 元の世界で時々思っていた。子供の時から何かに一生懸命打ち込んだら何か違ったかもしれないって。今こそ、そのチャンスじゃないのか?ここから死ぬ気で努力すれば明日佳に並ぶ天才に、俺もなれるんじゃないか?




「あら? どうしたの? 突然筋トレなんかして」


母が若干嬉しそうに驚いてくれる。


「お、もう拓翔もそういう年か」


父は思春期の息子にありがちなことだと軽く受け流してくれた。元の世界とは違う温かな家庭だ。とことん俺は恵まれてるな。




「今日も走ってくるよ」

「え、今日は雨よ? 危ないから今日はやめといたら?」

「合羽あるから平気」

「拓翔。お前、最近ちょっと変じゃないか? 大丈夫か?」


最初は応援してくれていた両親は段々俺のハードワークを心配するようになった。心配ばかりかけて申し訳ない。でもどうか見逃して欲しい。俺はただ明日佳の期待に応えられる男になりたいんだ。…なんて実の親に言うことはできない。


俺はいつも適当にはぐらかしてハードワークを続けた。もちろん子供らしい一切の遊びはできなかった。激痛で動けなくなることも何度もあった。でも俺は諦めなかった。天才に並び立つためなら、明日佳の期待に応えられるためならそれくらいなんでもない。



努力の甲斐あって俺は中学1年で、ファンタジアのレギュラーになれた。地元の中学校は強豪で競争も熾烈だった。叫びたいほど嬉しかったけど喜んでばかりもいられない。明日佳は俺より先にレギュラーになっているのだ。


「レギュラー、おめでとう、拓翔。まぁ、私は絶対になるって分かってたけどね」

「ありがと、でもとっくにレギュラーのお前に言われても嬉しくねえよ」

「嫌味ぽかった?」


明日佳は昔と変わらない。今も尚、俺を少しからかうように微笑んでくる。でも、俺は知っている。俺と明日佳の差は日に日に開いている。


明日佳は中学になってから特に美人になったし、天才になった。小6のとき大会で結果を出したし、地元の新聞社から取材も来た。対して俺は容姿も並み、ファンタジアの実力だって伸び悩み中。それでも明日佳はまだ俺を自分に並ぶ天才だと思っている。


「正直、拓翔がレギュラーにならないなら今年は諦めるつもりだったんだ」

「何を?」

「全国大会」


明日佳は俺の方を見てまた挑戦的に笑う。明日香の笑顔を見る度に俺の弱気はどこかへ飛んでいく。そしてもっと明日佳に感心されたくて虚栄心がつい余計なことを俺に言わせる。


「俺とお前が揃ったんだ、全国優勝だってできるだろ」

「はは、レギュラー成りたての癖に生意気」


そして俺たちは本当に中学全国を制覇した。本当の意味で生まれ変われた気がした。今、思えばこの時が一番幸せだった。俺だってやればできるんだと自信が漲っていた。自分も天才の一人になれた気がしていた。


俺はすっかり忘れていたのだ。調子に乗ってると痛い目を見るという当然の常識を。


――――――――――――――――



私は両親を置き去りにして、病院を駆け抜ける。走っちゃいけないなんて知ってるけどそんなことを気にかけてる余裕はない。なんとか目的の病室を見つけ、ノックも何もせずに勢いよく扉を開ける。


「…よぉ、明日佳」


六四に分けられ後ろに流された黒髪、どこか達観している鋭い目、一切無駄のない肉体、いつもの、私がよく知る拓翔が病院着でベッドに寝ていた。その細く引き締まった腕には複数の点滴と機械がつながれていて、高く筋の通った鼻にはチューブが刺さっている。


「拓翔…」


彼は布団を胸までかけていた。私は彼の傍まで歩いて、ゆっくりとその布団を剥がす。拓翔は私を止めようとしたけど、どうしても私には現実を知る必要があった。


思わず目を背けたくなる。でも目を背けちゃいけない、自分の心音がバカみたいによく聞こえて鬱陶しい。全国でもこんなに緊張しなかったのに。


布団の下にはあるはずの右足がなかった。


「事故なの…。相手は酔っぱらってて…」


何も言えず固まっているといつの間にか後ろにおばさんがいた。目は赤く腫れていて、頬にはまだ涙の跡が残ってる。


「こ、こんなの再生魔法を使えば…」

「知ってるだろ。損傷が簡単に治るのはファンタジアの結界内だけだ」

「でも」

「もうどうしようもないんだ」


拓翔が私に気を遣って優しく言ったのが、逆に私を苦しめた。誰より辛いはずの拓翔にそんな気遣いをさせてしまう自分の未熟さが嫌になる。


「でもよ、凄い義足があるんだぜ。リハビリ頑張ればまた普通に歩けるように」

「プレーは?」


拓翔は俯いて、力なく自嘲的に笑った。その顔を見た時、拓翔を失うのがありありと分かった。

頬が冷たい。視界もぼやける。私は泣いているみたいだ。でもそんなことより胸が苦しすぎてまともに考えられない。


ああ、嫌だ。拓翔を失うのはいやだ、それだけは耐えられない。

気づいたら私は拓翔の手を強く握ってよく分からないことを口走っていた。


「私のトレーナーになって」


中学2年の春、こうして私は拓翔の人生を手に入れた。

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