デタラメであるほど楽しい
浅賀ソルト
デタラメであるほど楽しい
拡声器で嘘を話しかける。
「すでに交渉は済んでいていくら待っても助けはこない。いまなら安全に保護する。ここはすでにロシアの占領下だ」
大量に投降が出るわけでもないが、若者から先に、日が経過すると年寄りも徐々に建物から出てくる。
こういう仕事をしていると全体が把握しにくい。投降したウクライナ人がどこに行ってどのような目に遭うのかは噂でしか分からない。
どうせ殺されるんだからここで殺しても問題ないといって1日1人か2人は殺すことを日課にしている奴もいる。遠い親戚もいるからといって優しく接して、戦争が終わったら必ず戻してあげますと声をかける奴もいる。
さすがに戻してあげるは俺も嘘だと分かる。なんなら言われた方も嘘だと分かっているのに、よろしくお願いしますと言ってきたりもする。そういう偽物の希望にすがることで安心するならそれも善行だろう。抵抗が減るなら効率化でもある。
自分は良心が磨り減るのでそんなことはしない。だからこの仕事に向いているとは思わない。
「戦争が終わったら必ず戻れる。我々も民間の犠牲者を出したくない」
とはいえ拡声器で呼び掛けるのは結構平気だ。
拡声器の向こうはマンションの残骸だ。上まで残っている建物もそこそこあるが、煤で黒くなっていない建物はない。綺麗な建物を見ると砲弾をぶちこんでしまうので例外はない。その上、他より綺麗だとやっぱりぶちこむので占領が終わるまで全体が平均的に黒くなっていく。やがて弾の無駄だとなって部隊が別の場所に移動する。弾の無駄と判断するのは現場の人間ではない。現場の人間は止められなければどんどん色を濃くしていくだけだ。サボれば下手すると処罰されてしまう。もちろん撃ったことにして砲弾を横流ししている奴も多いが。
そしてそのあとが俺達の出番だ。俺はその中に敵が残っていることを確信している。川の底に魚がいるようなものだ。見えないが気配で分かる。
だから拡声器にも銃で撃ったり爆撃をしているような、攻撃の感覚がある。音は荒野に反響して敵の耳に届く。それは確実に相手の心を削り、ダメージとして徐々に蓄積していく。
両手を上げて出てくるウクライナ人を見るとテンションが上がる。若い女だとみんなで口笛を吹く。
そのときに俺が顔を曇らせていると同僚のヴォーヴァが「どうした」と声をかけてきた。
「女で喜ぶのが分からない。俺は年寄りの心を折ったときの方がテンションが上がる」
「……お前、この仕事向いてるよ」ヴォーヴァは言った。
「向いてねえよ。効率を上げたいだけだ」
やけに長い沈黙のあと、「やる気があるのはいいことだ」と言ってきた。
だからやる気もねえんだってと大声で説明しようかと思ったが、無駄だと思ったのでやめた。俺はマイクのスイッチを入れ、「歓迎する。その勇気を無駄にしない。無駄に死ぬことはない」と降伏した女——ほかに人がいて男女の複数だったが——に声をかけた。
同僚は女たちをレイプし、男たちは無意味に殴り、そのまま後方に送った。もちろん俺もレイプして殴った。俺だけ参加しないとなれば除け者にされるし、下手をすれば後ろから撃たれる。降伏した女をレイプするのも避けることのできない仕事の一部だ。
やる気という話から思い出したのでちょっと脱線するが、そこでチンコの立ちが悪いとやはり馬鹿にされてしまうので、興奮してないのに興奮させるという無理を自分の下半身に強いることになる。これが結構苦痛で、女が降伏すると俺が憂鬱になるのにはそれも理由にある。
別の同僚が萎えているときに、「同志、仲間なら立つのだ」とか煽るのは好きだ。こういうことならいくらでもできるし、自分の言ってることの馬鹿馬鹿しさに自分で笑ってしまう。心の底から楽しい。やれ、やるのだ。分からせてやれ。いくらでも言葉が口から出る。これは相手のためでもある。お互いのためだ。平和になるための唯一の道だ。デタラメで綺麗事であるほど面白い。どんな人間でもちょっとはこの面白さが分かるだろう?
こういう巡回が一ヶ月以上は続いた。前線の後ろから移動していた俺達だったが、戦線が硬直すると同じ都市を巡回することになり、降伏するウクライナ人も減ってきた。
もちろん俺はその残骸の中にまだ人が残っていることを知っている。
だがそんなことはおかまいなしに後方からロシアの入植者がやってきた。土地を持たねえ貧乏人だ。この残骸をロシア人の街にするのが目的だ。
俺達への命令は変わらなかった。都市に残っているウクライナ人に降伏を呼び掛けろというものだ。降伏する者がいたら人道的に保護して戦闘区域から離脱させろ。
「入植が始まったら降伏もなにもないだろう。その場の小競り合いでケリがつくよ」ヴァーヴォは言った。
「そうだな。その命令も受けてる。地元の警察の手伝いもしろとさ」
「喧嘩を売って、相手がモメたら逮捕しろってことだろ。めんどくせえな」
「その場で撃ってもいいんだぞ」
「いやだよ、その方がめんどくせえ。生きてるうちに自分で墓場まで歩かせた方が楽だ」
俺は笑った。「それはそうだ。いいこと言うな」
※参考資料 欧羅巴人名録
デタラメであるほど楽しい 浅賀ソルト @asaga-salt
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