潔癖症

@DanierTanaka

潔癖症

私には霊感がある。誰も持っていない、不思議な力。


「私の霊も見てよ!」同級生に話しかけられる。手に触れるとその足元にはぼんやりとした子犬が浮かび上がる。


「可愛い子犬だね」「えー、子犬かぁ……もっと強くて守ってくれそうなのが良かったな」


「中島、英語のノートの写真撮らせてくれよ」次は男子だ。ノートを受け取りながら、彼は続ける。


「ついでに俺も見てくれよ」今度は大きなゴリラのような動物が目の前に浮かび上がる。とても強そうだ。


私がそのことを伝える前に、同級生の声が割り込んできた。「おい、田中も見てもらえば?」呼ばれた田中は自分のことか確認した上で近づいてくる。


「おずおず」という言葉がぴったり、特別乗り気ではなさそうだ。ただでさえ決して明るい部類ではない、彼の手に触れる。


その瞬間、世界が、終わった。


背筋をゆっくりと伝う柔らかく粘着質な何か。ついで左の腕を何者かに引かれるような感触があったが、それもじきに消え失せ、後には私を呑み込む終わりかけの世界があった。


意識はしっかりとあるのに、どことなくふわふわとした感じ。


確かに学校にいるのに、目の前には同級生の姿はない。代わりに、色が薄れかけ、あるいは存在そのものが消え入りそうな子犬やゴリラの霊が、いた。


「ここはどこ?」虚空に向けた言葉には、しかし思いの外返す言葉があった。


「どこだと思う?」遥か頭上から聞こえる言葉の主を探せば、学校だと思っていた場所の屋根がすっかりなくなっていることに気付いた。


そして、悟る。ここは人間とは本質的に異なる、大きな大きな「何者か」の口内であるということ。


「使いすぎには注意してね」


「田中」の声で、慈愛からかはたまたただ矮小な存在を心底どうでも良いと思っているような声色で、それは語り聞かせる。


次の瞬間、私は自分が元の教室に戻っていることに気付く。


「中島、どうした。具合悪いか?」呆けている私を心配するように、男子が話しかけてくる。


「いや、大丈夫」「そうか、そういえばさっき借りたノート写真撮ったから返すよ」


男子の差し出すノートを掴もうとした瞬間、先ほども味わった「悪寒」が体を駆け巡る。


「これ、使う?」訝しげに私を見つめる男子の後ろから、田中の声がした。


いつもと変わらずおずおずとした表情で、ただビニール手袋の箱を差し出す。私は手袋を1枚受け取り、何も言わずにノートを受け取るしかなかった。


私はこの世界を拒絶しているのだろうか、それとも……

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