第31話 ダンゴムシブラザーズさよならバイバイ計画――ひとときの幸せ

 伊月みのるの視点。


「お~いみのる! どこで何やってたんだよ!」

「まじで何やってんだよ!」

「うんこでも行ってたのか!?」

「俺達負けたぞっ!?」


 体育館に戻ると、クラスメイトの一部男子達が俺を囲み、半分冗談半分本気くらいの感じで文句を言ってきた。

 訊くとどうやら、二回戦目ですぐ負けたらしい。

 クラスのエース級、りゅうせいと俺がいない事で、惨敗だったと。


「まじか、ほんとすまん。お腹が痛くてトイレにこもってた」


 流石に苦しい言い訳か。

 と思いつつも、これしか嘘の言い訳が考え付かなかったので言った。


 するとクラスメイト達は俺を疑う事なく。


「あ~そうだったのか。それじゃあ仕方ねーな」

「な」

「やっぱうんこだったかぁ。なんかすげぇ張り詰めた顔してるもんな」

「りゅうせいはチンコで、みのるはケツか」


 笑って流してくれた。トイレだけに。

 優しい人たちで本当に助かる。俺の計画が進めやすい。


 ……これからの流れとしてはとりあえず、今日のところは誰にもこうき達の事を話さず、録音も聞かせない。

 理由は単純。今、先生や友達、クラスメイトに伝えたとて、視聴覚室には意気消沈したこうきがいるし、録音は俺にとっても不都合な部分が多くあり、一歩的に虐められているとは言い難い状況――証拠だからだ。


 なのでまずは、家に帰ったら録音を編集、トリミングする。

 次に、俺の体に自分で傷をつける。警棒で叩かれた跡のような、打撲だ。

 証拠はこれで充分。あとは先生への伝え方だ。


 ここからが正直一番重要。

 中学で経験したから分かるが、基本的に学校側は虐めに対してまともに取り合おうとはしない。色々と面倒だからな。

 だからそれを踏まえた上で俺は、的確な行動を取らなければならない。


 とは言ってもそんなに難しい話じゃない。

 簡単な話、1人で先生に相談するのではなく。複数人で先生に訴えればいい。ただそれだけだ。

 どうしても1人の声というのは小さく弱いが、2人、3人、4人と増えれば増えるほどそれが強大なモノへと変わるのを俺は知っている。

 学校側は、1人を抑えるのは楽だろうが、複数となると厄介になり対処するほかない。

 録音というデカい証拠もあるし、そもそもこうきは警棒を学校に持ち込んでるしな。

 俺はそこをつく。


 優しいクラスメイト達を利用するみたいで気が引けるが、仕方ない。

 まずは先生の前に、彼らに虐めの事を相談し同情を得る。ここは俺の演技にかかってる。

 次に担任の元へ彼らを引き連れて話しに行く。タイミングは、できるだけ職員室に教師が多く集まっている時に。ちなみに、イジメという単語を周りに聞こえるよう強調しながら喋るのが重要ポイント。


 もうこれだけで完璧というか、計画は終わったようなものだが。

 念の為に、俺の事を気に入ってくれている体育の先生にも同じ手順で相談しておく。

 仮に担任が取り合ってくれなかった場合の保険だ。


「ぷっ」


 時間は多少かかるだろうが、これであいつらの退学は決まったな。

 バイバイ、ダンゴムシブラザーズ。



 ――球技大会から約1週間後の休日、伊月宅――リビング。


「やっぱゆっくり出来る休日はいいなぁ……」


 ここ1週間俺は、ダンゴムシブラザーズさよならバイバイ計画の遂行――証拠の作成からクラスメイトと担任への相談、それから何度も担任と俺と親の話し合い、という怒涛の日々を過ごしていた。


 そんな俺に訪れた、ひとときの幸せ。

 窓際に置かれたヨ〇ボーにだらんと身を委ねながら、俺は目を瞑って日向ぼっこをしていた。


「あーもうこのまま何も考えずにずっとこうしてたい……」


 実は、学校の対応の遅さもあってか、ダンゴムシブラザーズはまだ退学に至ってない。加えて、そもそもアイツ等との話し合いの場すら設けられていない。

 正直、早くしろよと学校に対しイライラしていたのだが。


 なんか疲れてもうどうでもよくなった。俺は今、ただただゆっくりしてたい。

 ゆっくり、暖かな陽の光を浴びて頭を空っぽにして、ぼーっとしていたい。


 ……と、そこに。


「ねーお兄ちゃーん。もうそろそろ私にもヨ〇ボー座らせてよっ!」


 伊月家の我儘プリンセス、我が妹がやって来た。


「おーいお兄ちゃーん。起きてるでしょー、早く代わってー」

「…………」


 体をゆらゆらと揺らされるが、もちろん俺は妹に対し無視を決め込む。


 だってまだヨ〇ボーに横になって数分と経っていない。

 俺はこの幸せをまだまだ噛みしめてたいのだ。


「ねぇーちょっと聞いてるのっ?」 

「……」

「ちょっとお兄ちゃんっ? 無視しないでよっ!」

「……」

「ねぇっ! 起きてるんでしょ! お兄ちゃんってば!!!」

「…………っ」

「お兄ちゃんお兄ちゃんお兄ちゃんお兄ちゃんお兄ちゃんお兄ちゃんお兄ちゃん!」

「――ったく、うるさいなぁ! 俺は今、束の間の休息を楽しんでるんだよ! 邪魔するな!」


 耐えきれず、反応してしまった。

 全くもってゆっくりできない!

 結衣の奴、うるさすぎるぞ!


「はっなにそれ! 交代交代のはずでしょ? ずっと独り占めなんてズルいズルい!」

「ずっとは言い過ぎだろ! たかだか数分だぞ!」

「もう十分交代の時間! ねぇアリシアちゃん。お兄ちゃんを何とかして?」

「オッケー。風魔法――ウィンド!」

「うおっ、痛っ!」


 ソファでスマホをいじっていたアリシアが結衣の味方をし、俺は魔法によって吹っ飛ばされた。


「やったー! アリシアちゃんありがとー」


 空いたヨ〇ボーにすかさず座る結衣。


「くっ、なんで俺がこんな目に……っ! 魔法の使い過ぎでまだ体が疲れてると言うのに!」

「それ、球技大会で張り切りすぎたお兄ちゃんの自業自得でしょ~?」

「っ」


 結衣には、球技大会の日俺の身に何があったのか、こうき達が結衣に何をしようとしていたのか、その一切を話していない。

 余計な不安とか心配をかけさせたくなかったからだ。


 でもコイツうざいし言っちゃおうかなぁ???

 実はこわーい先輩がお前の事を狙ってたんだぞ、って伝えたらきっと不安で夜眠れなくなるだろうなぁ???

 まぁ、嘘嘘。流石に言わないけどね!

 ただ、いつかこの借りを返すからなっ!


 ――ピロロン!


 突然、ポケットに入れていたスマホの通知が鳴る。


 ん、こんな休日の真っ昼間になんだなんだ。


 スマホを取り出して画面を確認。

 すると、ロック画面に表示されていたのはイソスタからの通知だった。


『イソスタ:1件の通知』


 イソスタからか。


 ロックを解除しないと通知の内容までは見れない設定にしてあるので、俺は素早くロックを解除しイソスタを開く。


 あれ、フォローじゃないんだ。


 てっきり、誰かしらからフォローがきた通知かと思っていたが、DM欄の方に赤い通知マークが付いているではないか。つまりは、誰かからのメッセージがきた通知だってことだ。


「……ふ、ふふ」


 おいおいこれってまさか。まさかのまさかじゃないか?


 球技大会で目立ったおかげか、昨日、同学年の女子2人からイソスタのフォローがきたんだよな。

 その時はDMとか何もなかったのだが。一夜明けた今日、誰かからDMが来てると。


 もう、これその女子からのDMじゃん絶対。

 あーとうとう俺も、大人への階段を一歩、行ってしまうのか。


 コレ完全に俺の流れ来てるなぁ! 嬉しいなぁ!!!

 これも、ダンゴムシブラザーズと結衣姫からの理不尽に耐えたご褒美という事だろう。

 だよね、神様ぁ!


 ささ、メッセージ見ましょうねー。


 一体どっちの女子からのメッセージなのかなぁー?

 正直、投稿してる写真を見た感じ2人とも可愛かったし、どっちからでもいいなぁ!


 ドキドキワクワク!


 DM一覧を表示させ、誰からのメッセージなのかを確認する。


「……ん? 誰だこれ」


 見たことのない、IDとアイコンの人物。

 俺のフォロワーにこんな人はいない。つまり、昨日の2人でない事が確定した。


「ちっ」


 ったく、期待させやがってよ。

 誰だよ、何の用だよ。スパムとか副業誘いのDMだったらマジキレるぞ。


 イライラしながらメッセージをタップ。

 すると長文のメッセージが画面に映し出された。


「えぇ?」


 なんだこれ、読むのめんどくせぇ。

 短くまとめろよ。


「……えーっと、なになに。突然すみません、伊地芽こうきで……す?」


 こうきからのメッセージだった。

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