第30話 あいつはバケモノ

「――かはっ」


 口元を片手で触りながら、床に四つん這いで倒れ込んでいるこうき。

 周囲には、俺に殴られ倒れる時に当たった机が横倒しになり、口元が切れたのか血が少し飛び散っている。


 つい、冷静さを失って殴ってしまった。


 魔法で身体強化した状態で殴るって、下手したら俺殺人で捕まる所だったな。

 でもどうやら、無意識のうちに力をセーブしてたみたいで。


「いってぇなぁ! クソがっ!」


 そんな事を言ってくる元気はあるようだった。


「痛いとかどーでもいいんだよ。それより、さっきの腰振りはどういうつもりなんだ?」


 なんとなくは察しているが、改めて確認。


「ハハッ! クソ雑魚童貞だからわかんねーか! オッケー、馬鹿な童貞でも分かるよう教えてやるよ! つまりな、お前の妹を、ぶち犯してやるって言ってんだよ!」


 粗方予想通り、ゲスな答えだった。


「そんな事したら、どうなるか分かって言ってんのか?」

「さぁ知らないねぇ! それよりさ! 逆に、これからお前の妹がどうなるか分かってるぅ? ねぇ分かってるぅ?」

「は?」

「分かってないみたいだねぇ! あのな、お前は俺に手を出した。その時点で、お前の妹が一発犯されるのは確定してるんだよーっ! アハハハハハッ! 可哀想な妹ちゃん。お兄ちゃんが俺に舐めた態度取るから、その罰を代わりに受けることになるなんてっ!」


 コイツは殺した方が良いのかもしれない。

 ただ流石にこんなしょうもない奴を殺って捕まるのはごめんだ。

 だからここは、俺の全身全霊を持ってコイツに考え直してもらうしかない。


 これは妹を守る為。


 クラスメイトには悪いが、球技大会はもう出られなさそうだ。

 どれだけ時間がかかっても、今から性根の腐ったコイツを変えなきゃならんからな。


 変わるまで、とことん追い込んでやる。

 ……こうき。くれぐれも、死なないでくれよ。


 俺は無言でこうきに詰め寄り、顔面を――。


 ――ドゴッ。


 蹴っ飛ばした。


「ぐぁっ、いってぇっ……」


 痛がるこうきに近づき、跨いで言う。


「いくら痛がっても俺は辞めないから、そこんとこヨロシク」

「――っ!」



 木野子れんの視点。


「……さっきからなんか、静かっスね」

「だね~」


 視聴覚室前で見張りを始めて大体1時間ちょい。

 十数分前までは、叫び声と泣き喚く声が室内からうるさいほど聞こえていた。

 なのに今は何も聞こえない。

 本当に教室に人いるのってくらい静か。


 んーこれは……中が気になりすぎるっ!


 こうきくんから予め「俺がいいって言うまで入ってくるな」って言われてるから、それを破るような事はするつもりないけどさ。

 流石にこうも静かな状態が続くと、室内を見たくなるよね。

 だってワンチャン、こうきくんみのるの事殺してそうなんだもん。

 あの日、みのるに殴られコケにされた日からずっとこうきくん「あいつ殺す」しか言ってなかったし。

 

 まぁでも。この日の為に、場所と武器を用意したり、みのるの妹を突き止めて僕にナンパさせたり。

 みのるを調教する為の色々な準備を慎重にしたこうきくんなら、そんなへまはしないと思うけどね。

 ……多分。うん、恐らく。いや、本当に大丈夫かな。なんかちょっと心配になってきた。


 れんがそんな事を考えていると。


 ――ガチャッ。


 ドアの鍵が教室内から解錠され、横に開く。

 そして中から――。


「くぁー疲れたっ!」


 至って無傷の、ニコニコと平気な顔をしたみのるが伸びをしながら出てきた。


「えっ?」


 え? どういうこと?

 みのるの奴、パっと見た感じ上から下どこも怪我してないけど?

 こうきくん、みのるをボコボコにするんじゃなかったの?


 あ、他人から分かりにくい服の下をボコボコにしたって事?

 そうかそうか、そうだよな。じゃないと誰の叫び声と泣き声だよって感じだしね。

 みのるの奴、強がってニコニコなんかしてダセェな。


「みのるぅ~、これからは素直に僕たちの言う事ちゃんと聞くんだぞー! 可愛い妹の為だろーアハハッ!」

「ぷぷぷ~っス!」


 体育館へと戻って行く背中に、煽りをかましてやった。

 気分が物凄く良い、楽しい中学時代に戻ったみたいだ。


 しかし、それに対するみのるの反応はれん達が思っていたものとは全く異なった。


 みのるは足を止め、声の方へ振り向きこたえる。


「俺の妹にナンパして拒否られた分際が何言っちゃってんの~?」

「……は?」


 おいおいコレどうなってんの?

 コイツ早速、僕に舐めた態度取ってんじゃん。

 こうきくん、一体どうなってんのコレ!


「おいお前! そ、そんな事言って、妹がどうなってもいいのかっ!?」

「はぁーうるせぇ、またそれかよ。あのさ、つべこべ言わずにさ、まず自分らの大将心配したらどう? 詳しい事もお前らの大将様が教えてくれるだろうよ。それじゃ」

「は、大将? ってちょ、待てよおい! おい!」


 みのるはれんの呼びかけを無視してそのまま行ってしまった。


「ったく、調子に乗りやがって。まじで妹ぶち犯してやんぞコラ」


 兄妹揃って僕をコケにして腹立つな。

 てかそれよりも、こうきくんいつまで室内にこもってるつもりなの。

 なんで僕がコケにされてんのに、みのるが調子に乗ってんのに出てこないわけ?

 何してんのかな???


「ねぇこうきくん、あのみのるの態度どういうこと? 調教したんじゃないの~?」


 廊下から話しかけてみるが反応はない。

 ふと、みのるが言っていたことを思いだす。


 ――自分らの大将を心配したらどう?


 え、まさかこうきくん――。


「ちょっと、もう入るよっ!?」


 嫌な予感がしたれんは約束を破り急いで教室の中へ。

 すると、室内の奥に放心状態で座ったこうきが目に入った。


「こうきくんっ!?」


 れんはこうきの傍に駆け寄る。

 それを見た金魚の糞こと太郎も走って付いて行く。


「おいっ! おいこうきくん! こうきくんどうしたの!」

「どうしたんスか!」


 体を揺らして問いかけてみるが、こうきは目を見開いて黙ったまま。


「おいって!」


 ……え、まさか死んでる?

 見た感じみのると一緒で怪我してないっぽいけど、心なしか瞳孔が開いてなんか死体のような……。

 え、これマジで死んでんのっ!?


 焦りながら、胴体をじっと見てみる。


「……なんだ、息してんじゃん。ねぇ、こうきくんなんで無視すんの?」


 こうきはただ一点、床を見続けているだけ。


「黙ってたら分かんないよ? 一体、みのると何があったの?」

「何があったんスか!」


 訊いた後、こうきの反応をうかがってみる。


「……」


 キーンと耳鳴りが聞こえるほどの静寂に包まれる。


 ……静かすぎて、太郎くんのピーっという鼻息が耳につく。

 太郎くん、鼻詰まってんのな。


 少しして。やっと、ゆっくりとこうきが口を開いた。


「間違い――だった……」


 消え入りそうな、か細い声。


「えっ? なになに?」


 こうきの口元に耳を近づけるれん。


「間違い……だったんだ……。あいつは……もう。俺達の知る……あいつじゃない……。あいつは……バケモノだ……」

「バケモノ……? こうきくん、どういう事よ。ちゃんと何があったのか分かりやすく教えて――」


 突然、こうきはれんの襟を弱々しく掴み、目に涙を浮かべながら言う。


「――逃げよう。今すぐに……っ!」


 こんなこうきくんは見た事がない。


 瞬間、理解した。

 ああ、本当にみのるはバケモノなんだと。


 これは幼馴染として、ずっとこうきくんの傍にいた僕だから分かる。


 こうきくんは本当に自信家。

 昔からなんでも出来て、それ故にガキ大将――からのイジメっ子と、周りを見下して生きていた。

 だから、泣く事なんて絶対になかったし、相手が誰だろうと拳と知恵でねじ伏せてきた。

 例えそれが複数人であっても、最後には必ずこうきくんが上に立っていた。


 そんな彼が――ここまで疲れきって、みのるに恐怖し、終いには泣いて逃げる選択をしている。


 何があったか詳しくは分からない。

 でも確かなのは、僕が聞いたあの叫び声と泣き喚く声はこうきくんのもので。


 今後一切、僕たちはみのるに関わらない方が良い、という事だろう。

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