第29話 皆まで言わせるなよっ♡
「謝ろうが痛がろうが、もう許さねーからな?」
素振りをしながらじわじわと近づいてくるこうき。
俺は後退りする。
「おいおい、そんな距離とってどうしたよ!」
「……」
「えぇ、さっきまでの威勢はどこいったのかなぁ???」
「……」
「どの道この部屋鍵かかってっから、下手に逃げるより大人しく謝って警棒で叩かれた方が身のためだぞー? 変に避けられちゃ当たりどころ悪く死ぬかもしんねーからなぁアハハハハ!」
と、背中が何かに当たり、振り返る。
どうやら俺は窓側まで後退りしてたらしい。行き止まりだ。
「あらぁ、行き止まりだねぇ! 逃げ場ないねぇ! どうするどうする? 諦めて大人しく叩かれとく? あっ、それとも窓から飛び降りて逃げるぅ? アヒャッ、ここ3階だけど!」
……こっ、こいつ。俺が想像してた以上に発言がイジメっ子で……めちゃくちゃ助かるっ!
俺がとある準備――録音をしている事も知らずに、こうきの奴ってば本当に滑稽滑稽!
――十数分前。
「はぁはぁ、早く、こうきが来る前に早く起動しないとっ」
俺はこうきを振り切って個室のトイレに入った後、ポケットから素早く自分のスマホを取り出してロックを解除、標準アプリのボイスメモを起動する。
そして録音ボタンを押して録音を開始し、ポケットに入れ直した。
直後、こうきがトイレに入ってきて急かすように言ってくる。
「早く出てこい!」
「あー分かった分かった!」
――戻って現在。
「これで叩かれるのと、飛び降りるて逃げるの、どっちにするのみのるくぅ~ん! ねぇ、聞いてるのかな、カス雑魚みのるくん!」
本当に馬鹿だなぁコイツ!
喋れば喋るほど自分の首を絞めて、言い逃れできないレベルで虐めの証拠を作っている事にも気付かずに、ぷぷぷ。
録音作戦は咄嗟の思い付きで、とりあえず俺が不利にならないようにと準備した事だったが……。
これ、もしかしたら不利どころか有利、ワンチャンこうき達を退学させる事ができるのでは?
こうきの奴学校に警棒まで持ち出してる訳だし、うん、多分いける。
よし、退学させてやるか。
そうと決まれば、やる事は簡単。
全力でいじめられっ子を演技します!!!
「みのるくぅ~ん、喋ってくれなきゃつまんないぞー。まっ、これで叩かれたら嫌でも声が出るか、アハっ」
言ってこうきは手に握った警棒を振り上げる。
その瞬間に、俺は大きく息を吸って。
「あぁあぁああぁ! 痛い痛い痛い! 痛すぎる痛すぎる! 警棒で叩かないでくださいお願いしますこうき様!」
そう叫んだ。
「は……?」
振り上げていた腕を下ろし、明らかに引いた目で俺を見てくる。
「お前――」
こうきは何か言おうとしていたが、俺はそれを気にも留めず続けて大声をあげた。
「うわぁぁあああ痛い痛いやめてよこうき様! 警棒痛すぎるよ死んじゃう! 警棒持ったこうき様に歯向かうつもりなんて全くないですなんでも言う事聞きますからお願いしますやめてください警棒はー!」
そこまで言って、俺はポケットからスマホをサッと出し、こうきに見せつけるようにして録音停止ボタンを押す。
そして、ニヤリと笑って言う。
「はい、俺の勝ち」
「おっ、お前!!!」
焦ってスマホを奪おうと手を伸ばしてくるが、俺はそれを軽くいなし、こうきの背後へとまわる。
「なになに急に! そんな急に近づいてきて、びっくりするよぉ全くぅ! そんな俺に触れたいのぉ?」
煽られたこうきはゆっくりとこちらを振り向いて、凄い剣幕で睨みつけてくる。
「調子乗りやがって……。小賢しい真似して、どうなるか分かってんだろうな?」
「さぁ?」
「ふっ、最後まで隠してれば良かったものを。お前ごとスマホをぶっ壊してお終い。調子に乗って自分の立場をわきまえなかった事、後悔するんだな」
「はいはーい後悔後悔!」
「ちっ、クソがっ!」
こうきは勢いよく俺に近づいてきて。
殺すかのような勢いで警棒を何度も振り回し、殴る。
しかし、俺はそれを悠々と避ける。
魔法を使って身体能力が向上した俺には、とろい攻撃なんて当たらない当たらない!
むしろ挑発する余裕まである。
「ほらほら、もっと頑張って攻撃しなよ!」
「クソが黙れっ!!」
「そんな遅い動き、赤ちゃんでも避けれるって!」
「まじぶっ殺す!」
数分くらいこうきの攻撃は続いたが次第に、疲れたのか動きがどんどん遅くなっていき、やがて荒い息をしながら膝に手をつき止まった。
「はぁはぁはぁ」
「えー、それでお終い? 諦めちゃうの?」
「はぁはぁ、ゴミが、喋んなっ」
「あらぁ、そんな息切れしちゃって、スタミナ全然ないね。タバコのせい?」
「はぁはぁはぁ」
「喋る力もないの? マジ? ここで諦めちゃったら、こうき君退学だよ?」
「はっ、それくらいで、なるわけ――」
「多分なるよ! こうき君ペラペラと飛び降りだなんだって虐めっ子セリフ沢山してくれたし、俺が迫真の演技でいじめられっ子を演じたからね!」
「――っ!」
しかも、警棒を何度も強調して叫んだからな。
警棒を学校に持参してきてる時点で、最低でも停学は確定なはず。
「いやぁ、寂しいけど仕方ないよね! こうき君バイバイ、お元気で! って事で、この録音を先生に提出してきまーす!」
「まっ、待て!」
こうきに背を向けて、ドアへと向かう。
この部屋は鍵がかかってるから下手に逃げるより云々かんぬん言ってたけど、普通に内側からなら開ける事できるよな?
なんであんな発言したんだろ、馬鹿なのかな。
それとも鍵を解錠させる暇を与えないつもりだったのかな?
どっちにしろ馬鹿だね。
ガチャッと鍵を解錠し、ドアを開けようとすると、こうきが小さな声で一言呟いた。
「伊月結衣」
息切れしてか細い声であったが、はっきりと聞こえた。
俺の妹の名前。
「は……?」
振り向くと、目の奥が死んだ満面の笑みをしたこうきがそこにいた。
「あ~、その反応は、やっぱりそうかぁ? なぁ? ヒャハッ!」
「……」
なんでこうきが、妹の名前を知ってるんだ?
俺は小中と、結衣が妹であると誰にも話した事が無い。当然、この学校でも。
俺と兄妹って周囲に知られるのは、結衣が嫌がるって分かってるからな。
なのになぜこいつが知ってる?
特に中学は結衣と学校が別だったし、初めて中学で知り合ったコイツが知れるはずが。
というか、どうして今ここで結衣の名前を……?
「なぁ、無言になっちゃってどうしたよぉ、なぁみのるくん!!」
まずい、とりあえず知らないフリしないと、結衣に迷惑がかかるかもしれない。
「いや、突然知らない人の名前だけボソッと言われて、戸惑ってた」
「ふぅ~ん。なんだそっかぁ、知らない人かぁ」
「ああ。それで、その伊月……ユイ? って人がどうしたんだよ」
「んん? 知らない人ならお前には関係ないし、言う必要ないだろぉ? ほら、早く先生にチクってこいよ」
近くの机に座り、しっしっと手で払ってくるこうき。
その表情、態度は余裕といった様子。
さっきまでの焦りは全く感じられない。
コイツ、結衣が妹って確信してやがる。
なぜかは分からない。
が、この際そういった疑問はどうでもいいだろう。
重要なのは名前を出してきた理由、意味だ。
「結衣の名前を出した理由はなんだ」
「あれぇ? 知らない人なんじゃないのかぁ? もしかしてお前知ってるのかぁ?」
「白々しい、そういうのは時間の無駄だろ!」
「うぉう急に大声出さないでよ。みのるくん、こえー」
「いいから早く答えろよ!」
「――だから雑魚のくせにそういう舐めた態度をすんなって言ってんだろうが!!!」
机を瞬で降りてバンッと教卓を蹴るこうき。
蹴られた部分が綺麗に凹み、横に倒れた。
その態度に俺もかなりイライラが募る。
しかしここは落ち着かないと円滑に話が進まない、と思い冷静に改めて訊く。
「……結衣の名前を言った理由はなんですか?」
「はぁ? なに?」
口をポカンと開けながら耳に手を添えて訊いてくる。
あーイライライライラ。
「だから、結衣の名前を――」
「ええ? それが人にモノをきく態度ですかぁ? ましてやこの俺にぃ? えぇ?」
ふぅー、きくまで。名前を出した理由を聞くまでの我慢だ。
「結衣の名前を出した理由を教えてください。お願いします」
そう言って俺はこうきに対し丁寧なお辞儀をした。
「はぁー、角度が足りないが、まぁいい。教えてやるよ」
お辞儀を辞めて、顔を上げる。
そしてこうきを見ると、またもやニヤついてる。殴りたい。
「まぁそんな難しい話じゃない。すごーく簡単な話だ」
「……」
「本当に簡単な話、俺の、俺達の、言うことをお前が聞けないってんなら……これからはお前の妹が傷付く事になるぞって話だよぉ!」
「――傷付くってなんだよ」
「アヒャッ、みのるくん声震えてんなぁ!」
「いいから」
「そうだなぁ。まっ、簡単に説明すんなら――つまりはこういう事♡」
こうきは指で自分の股間を指差し、腰を振りだす。
「皆まで言わせるなよっ♡」
そう言った瞬間。
俺は、気付いた時にはすでにこうきの顔面を思い切り殴っていた。
――――――――――――――――――――――――
【あとがき】
本当にビックリしたんですが、前回の投稿から余裕で一週間以上経ってます。
ヤバいです。何者かの時飛ばしにあったかもしれません……。
と冗談は置いといて、ほんとごめんなさい。
これからはせめて、一週間に一回は投稿するようにします。
ほぼ毎日、執筆自体はしてるので気長にお待ちください。
あと恐らく来月辺りに、新作を投稿するかもしれないので、その時は読んでいただけると嬉しいです!
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