第21話 いじめ

「まじか……」


 新体力テストでかなり良い成績を残せて、さらにりゅうせいへのリベンジマッチも勝って、昼食を買って貰えて、今日はめちゃくちゃいい気分だったのに。


 俺の靴箱の前に3人、見知ったメンツが突っ立っていた。


「よう、久々じゃねーか、みのる」

「こうき……」

「あ? なに呼び捨てしてんだよ。行方不明なって自分の立場忘れたか?」

「いや」


 最悪だ。まさか、こいつ等もこの学校に来ていたなんて……。



 ――中学の頃、俺は虐められていた。


「……こ、うきさん……。もう無理……です……」

「ほらほら我慢しろ~。あと3発行くぞ~。まず1発目――オラッ!」

「ウっ!」

「声出すなって。はい次2発目――っしゃ!」

「ッ!」

「いいねぇ~。じゃ最後行くぞー。腰を入れて体重が乗るように……ウオラッ!」

「グァッ!」


 とても同い年とは思えない大きい体から繰り出される腹パン。

 お腹に力を入れても内臓にまで拳が届いているようで、息もできないほど苦しくなる。


「声出すなってつってんのに」

「こうきくん、もうそろそろ行こうよ。授業が始まる」

「そうだな。おいみのる、明日こそは写真撮って持ってこいよ」

「持ってこいっス!」

「……っ」


 俺を置いてトイレから出て行く3人を必死に睨む。


「くそっ……」


 学校に来ると毎日、こうきは俺に1つ、宿題を与えてくる。

 宿題というのは、問題を解く方ではなく、例えば――。


・授業中に奇声をあげろ。

・虫を食べろ。

・植物を食べろ。

・先生にイタズラしろ。

・お金を持って来い。


 などがあり、色々な無理難題を俺に命令してくる。

 仮にその日のうちに宿題が出来なかった場合は、腹パン肩パン腹蹴り……暴力の罰が待っている。

 これが俺の日常。


 そして今日は、出来なかった罰として暴力をされた。

 いつもなら、これで終わり。

 宿題を次の日に持ち越しなんてしてなかった。


 なのに今回の宿題は持ち越し……?

 明日こそは写真を撮って持って来いだって?

 無理に決まってるだろ! ふざけるなよ!


 こうきから出された宿題の内容は、女子更衣室に忍びこんで写真を撮って持って来いという、今までで1番の無理難題。

 しかも特定の人物の写真じゃないといけないらしく、名前は忘れたけど、顔は覚えさせられた。


「んなの……無理だって……」


 出来るわけがない。

 自分がやられるだけならまだしも、他人を巻き込むなんて俺にはできない……。


 でも……罰も……いやだ……。


「…………もう来るの……やめよ」


 次の日から俺は、不登校になった。


 家にあいつ等が来るんじゃないか、宿題――写真を撮らなかった事による罰を執行しに、俺の部屋まで押しかけて来るんじゃないか。


 そんな恐怖を抱きながら、暗い部屋の中、息を殺すようにジッと。


 ――結果2年半、俺は引き篭もった。



「こうきくん、ここ他にも生徒いるから、言動には気を付けて」

「あー分かってるよ」


 かー、マジで面倒だな。

 せっかく俺の青春サクセスストーリーが始まってるってのにさぁ。

 過去の人が今更、俺に何の用なんだよ……。


「とりあえず、ここで立ち話ってのもなんだし、移動しようかっ!」


 目の奥が一切笑ってない笑顔を見せてくるこうき。

 それがものすごく気味が悪い。


「移動って……どこに?」

「ん、お前が知る必要あるか? 拒否権ないんだから黙って付いてこいよ」


 そう言ってこうきは靴箱の前から昇降口に移動する。

 それに続いて他2人も行く。


 どうしよう、この状況。

 大人しくついて行って大丈夫だろうか。


 まさか高校生になってまで、中学の時みたいな事はしてこないと思うけど……どうかな。


 ただまぁ、ついて行かなかったら行かなかったで、面倒な事なりそうだしなー。

 言い方とか態度とか、めちゃくちゃ癪に障るが、こうきの言う通りに行ってあげるかぁ。


 俺は靴に履き替え、こうき達のうしろをついて行く。

 数分ほどして、こうき達は立ち止まる。目的地に着いたみたいだ。


「ここは……?」

「ここはテニス部が前に使ってた倉庫の裏、基本的に誰も寄り付かない俺達の楽園だよ」

「プッ」


 思わず吹いてしまった。


「おい、何笑ってんだ?」

「いやごめん。なんでもない」


 こんな草だらけで薄汚くて狭い空間を楽園とか言ってんの、ゴキブリかネズミくらいだろ。

 マジで笑っちゃうって。ギャグセンス高すぎ。


「まーいい。とりあえず、お前には自分の置かれた立場を思い出して貰わないとな」

「は、はぁ」

「そうだなぁー……。あっ、これ。みのる、これを今食え」


 こうきは地面にいたゴキブリを拾いあげ、俺に差し出してくる。


「まじかよ」


 やっぱこいつ、高校生になっても全く変わってねぇ……!


 いや、少しでも期待した俺が馬鹿だったのか?

 でもさ高校生だよ?

 ちょっと面倒起こしただけで、停学とか退学とかあり得る世界だよ? 

 そんなん分かりやすい虐め、普通しないだろ。


 違うか。こいつ等普通じゃないから、平気でこういう事が出来るのか。


「さっ、早く食え。これがお久しぶり記念、今日の宿題だ」

「くーえっくーえっ」

「食えっス!」

「……あー、人が待ってるんで、帰りまーす」


 こうきのゴキブリを持った手を払いのけ、俺は帰ろうとする。


 だるい面倒。

 もうこいつ等の事は相手にしない。1番の最善策だ。


 が。


「おいおいどこ行くんだよ」


 そう言ってこうきは俺の肩を力強く握り、止める。

 振り向くと、ニコニコしながら怒ってる顔が近くにあった。


「食べないなら、罰ゲーム、な?」

「……はー」


 ため息をつく。

 数秒ほど考えた後、俺は呆れるようにして答えた。


「いいよ。罰ゲームで」

「ほう? 潔いな」

「だからほら。早く殴ってこいよ」

「なめてんなぁ」


 こうきは肩を握っていた手を放し、俺を突き飛ばす。

 そしてレンと太郎に「逃げない様に抑えろ」と指示を出す。


 俺は両腕を2人に掴まれ、身動きできなくなってしまった。


「まじで久々だなぁー」


 シュッシュッと数回、こうきは軽くシャドーボクシングする。

 こちらをニヤニヤ見ながら、パンチを見せつけてくる。

 

 これは恐らく、俺をビビらせようとしているのだろうけど。


 ……うん、全く怖くない。


 こうきに対して、この状況に対して、1ミリの恐怖もない。

 中学時代の俺なら、おしっこチビってたかもしれない状況だけど、今はもう全くだ。

 強がりとかじゃなくて、マジで何も思わない。強いて言えば、早く帰りたいなーと思ってる。


 正直、こうきもそれなりに良い体格してるし、イカツイ顔してると思うよ。

 でもそれ以上の人を、異世界で見まくったからさ。

 むしろこいつ等が可愛く見えてくる。

 あとシンプルにパンチのスピード遅いし。そんなんじゃ異世界行っても、スライムすら倒せないぞ。


「さーてと。腕も温まってきたし、そろそろ行くぞ~。みのる、絶対に声出すんじゃあねーぞー」

「はいはい」

「ふぅー。じゃ、いっきまーす」


 こうきは俺の腹めがけて、思いっきり殴ろうと右腕を後ろにひいた。

 その時。


「あんたら、何やってんすか」


 聞き覚えのある声がうしろからした。


 ――りゅうせいだ。

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