第12話 隠密魔法で体育館に潜入

「隠密魔法――ステルカヴァート」


 誰もいないトイレの中で1人、俺はそう唱える。

 すると全身が透明になる。


 この魔法は姿を隠す魔法だ。

 簡単に言えば、透明人間になれる。


 これを使って、今から俺は入学式に潜入し、恐らく同じ魔法を使って姿を隠してるアリシアを体育館から引っ張りだす。

 透明になれるとは言え足音とかは普通に鳴るし、かなり難易度は高いが、アリシアをこれ以上ほっといたらロクな事にならなさそうだから、頑張るしかない。


「青春を守るため……頑張れ俺!」


 気合をいれた俺は、体育館へと潜入する。


 まずは……。

 体育館の中央、保護者席と生徒席の間に立ち、魔力感知魔法を静かに呟く。


 この魔法の面倒な所は、一度使えば逐一魔力を感知してくれるという訳ではなく、一度につき一回の反応という、まるでソナーのような機能をしている事だ。

 しかも範囲は半径10mとやや狭い。

 まぁ狭いってのは、10mだと一瞬で魔物が飛びついて来るっていう異世界にいた時の感覚だから、この世界では関係ないけど。


 と、司会が立つ付近から大きな魔力の反応がある。


 よし、そこだな。


 俺は司会の方へと忍び足で向かう。

 生徒と先生達の後ろをバレないように歩いていき。


 ここら辺か。


 司会近くに来た段階でもう一度、俺は魔力感知魔法を呟く。


 魔力の反応は……なっ!

 壇上っ!?

 アイツなに考えてんだ!


 壇上に立っている校長の後ろから魔力の反応。


 くそっ!


 俺はすかさず早歩きで壇上へ。

 そして校長から2mほど後ろに離れた位置に立ち、魔力感知魔法を今まで以上に小さく、早口で呟いた。


「魔力感知魔法――マジッシングっ!」


 校長の少し左から反応する魔力に向かって、俺は何も考えずに右手を伸ばし、飛び出す――。


「あっ」


 焦りと、不安と、魔法で俺の姿が見えてないとは言え新入生や保護者が大勢いて、壇上に注目が集まっているというこの状況に緊張していた俺は――足を捻って、体勢を崩してしまった。


 まずっ。


 こけながら、俺の右手は何かを無意識に掴み引っ張り――。


「ひゃぁっ!!!」


 ドコォン!


 体育館にアリシアの驚く声と、俺が転んだ音が響き渡る。


「え……」

「なに今の……」

「こわ……」


 先生達が声を出した時以上にざわつく体育館。

 それもそうだろう。

 先ほどまでと違って、今回は校長と新入生代表以外誰もいないはずの壇上から、第三者の女の声と物音がしたのだから。


「誰の声だ……」


 校長さえもビックリして後ろを向いて、そう独り言を呟いてる。

 しかもコケてうつ伏せになっている俺とめちゃくちゃ目が合ってる。怖い。


 と、何かを掴んでいる俺の右手が上へと引っ張られる。

 そして途中で止まったと思ったら、今度は右手を透明な手(アリシア)に触られて。


「っ!!!」


 思い切りつねられた。

 反動で、俺は手を放す。


 くっ、いってぇ。

 アイツやりやがったな。思わず声を出すところだったじゃねーか!


 少しイラつきながら手探りでアリシアを探すが……。

 いない。

 試しに、校長から距離を取って魔力感知魔法を使ってみるが、反応もなし。

 どうやら逃げられたようだ。


「えー、皆さん静粛にお願いします。……では、誓いの言葉を引き続きお願いします」


 司会がそう言って体育館は静かになり、校長は新入生代表の方に向き直って、誓いの言葉が再開された。


 誓いの言葉も終わりそうだし、そろそろ席に戻った方が良いか。

 アリシアの居場所は気になるが、さっきの驚き方と俺から逃げた事を考えれば、まぁこれ以上変な事はしないだろう。

 

 そう思う事にして、俺はトイレに戻って隠密魔法を解除し、自分の席に着いた。

 その後、入学式自体はこれといってアリシアが何かした気配もなく無事に終え、俺達新入生は各教室に向かう。

 教室に着いたら、担任と副担任の自己紹介や激励の言葉を経て、いよいよ生徒側の自己紹介の時間となった。


「坂佐加中学校出身、有吉ゆうひです。えーっ、好きなスポーツはサッカーで、中学の時サッカー部でした。あと、好きな音楽はK-POPです。なんで、サッカーとK-POPが好きな人がいたら話したいですー。1年間よろしくお願いしまーす」


 出席番号1番から始まる自己紹介。

 そのトップバッターは、ザ・陽キャな見た目の一軍男子。


 今さっき考えましたと言わんばかりの、アドリブ感に溢れた自己紹介。

 しかし、中学はサッカーをやっていたという陽キャポイントに加えて、大抵の陽キャ女子が好きなK-POPを好きな音楽に選出してくる辺り、抜け目ないな。


「じゃ次、どうぞ」


 担任がそう言うと、出席番号2番目の人が立ち自己紹介をする。


「夜久中学校出身、井上こうだいです。中学の時、野球やってたんで野球が好きです。えー、1年間よろしくお願いします」


 こちらもまた、アドリブ感溢れる自己紹介。

 でも、していた部活は一軍。

 それだけで、スクールカースト上位の位置は担保されるからズルい。

 いや、むしろ自己紹介を事前に用意してきる俺の方がズルいか。


 それから、順番にみんな手短な自己紹介をしていき、ついに俺の番が来た。


 ……充実した青春を過ごす。そのために肝心なのは、二軍でいること。

 目立ち過ぎず、目立たなさ過ぎずの行動。

 一軍の素質がない俺が、充実した高校生活を過ごすための方法だ。


 だからここは、あくまでも『無難』を演出する。

 嘘をつかずに、見栄を張らずに、けれど話のとっかかりになりやすい。

 そんな、自己紹介。


 くらえ!

 これがじっくり考えた自己紹介だ!


「矢見咲中学校出身の伊月みのるです。趣味は映画鑑賞で、好きな音楽はJ-POPです。みんなと仲良くしたいので、気軽に話しかけて貰えたら嬉しいです。1年間よろしくお願いします」


 ……完璧だ。

 もじもじする事なく、ハキハキした喋り方で言い切った。


 映画鑑賞はアニメの映画で、J-POPはアニソンだし、嘘は何もついてなくて。

 それでいて、ザ・普通の自己紹介。


 そして……クラスメイトみんなの反応が、超普通。

 笑いが起こる事も、引かれる事もなく、俺が自己紹介を終えたらクラスメイト達は皆、淡々と前の方を向き直る。

 俺の想像していた通りになった。


 どうだ見たか!

 これが俺の底力だ!!!

 ふーはっはっはっ!!!


 ひと段落して、ほっとした俺はゆったりと椅子に座る。


「えー、自己紹介も終わったので、これからの日程について話します――」


 担任が今後の日程や、高校の説明をする。

 その間に保護者達も教室に入ってきて、説明を終えると、次は保護者に向けた挨拶をする。

 そうやって、ロングホームルームは何の変哲もなく進んでいき、12時を過ぎた頃、解散となった。


 ――帰り道。


「……はぁー」


 俺は、隣を歩く妹を横目で見ながらため息をつく。


「いいって、そんな嫌がってるフリしなくてもー」

「フリに見えるかこれが」

「本当は嬉しいくせにー。妹と同じ学校になれて」


 ニコニコしながら俺を見てくる結衣。


「はぁー」


 まさかの、結衣が俺と同じ学校に入学した。

 入学式の時、結衣が保護者席にいなかったのは新入生側に座っていたからだったのか、と今更納得。


 ……今更納得した所で意味が無い、マジで最悪だ。


 身内、しかも妹なのに同じ学年、さらにそんな妹は俺に悪態をつくアンチ。

 これは……かなりまずい。色々な最悪が想定できる。

 例えば、兄妹喧嘩したら悪口を吹聴されるとか。

 魔法が使える事をバラされるとか。

 俺が女子と話したら馬鹿にしてくるとか。


 あー、充実した青春が少し離れている気がする。

 これじゃ魔法を使っても、青春は一筋縄じゃいかなそうだ……。


 俺はこれからの高校生活を不安に思いながら、トボトボ歩き家に着いた。

 ドアを開けると、奥から何の悪気もなくアリシアが出てきて「みんなおかえりー」と言う。


 こいつ、知らんぷりする気だな。


 帰ってる途中、母さんに聞いたが、どうやらアリシアは父さんから家の鍵を借りて、先に帰っていたらしい。

 つまり、入学式に来ていたと。

 つまり、やっぱりあの入学式で人騒がせな事をした人物は、幽霊でもなんでもなく、アリシアと。

 つまり、俺の右手を思いっ切りつねって怪我をさせたのは、アリシアと!


 謝らずにそうやってとぼけるなら、こっちにも考えがあるぞ。


 そうして俺はコッソリ、アリシアの部屋に侵入。アリシアが使っているスマホ(SIMなし)を拝借し、ウーパールーパーを育てる育成ゲームアプリを開く。

 その画面を表示したままズボンのポケットにしまい、リビングにいるアリシアの所へと向かう。

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