第6話 約1年ぶりの再会、そして家族への説明③
――約1年前の入学式の日。俺は憂鬱な気持ちで学校に向かっていた。
「はぁ……」
体が、足が、すごく重い。
緊張か、それとも恐怖のせいか、動悸も激しい。
これは2年半もの間、家に引きこもっていた弊害だろうか。
顔をあげる余裕もなく、ただ足元だけを見て歩く。
学校までのルートは分かってるから、それでも余裕で辿り着ける。
ザッ、ザッとアスファルトの地面をすって、ゆっくりと進んでいく。
何も考えないよう、心を空っぽにして。
――ザッ、ザッ、ザッ、ザッ、ザッ……。
「…………ん?」
なんだこれ……霧……?
無心過ぎて、いつからそうなっていたかは分からない。
いつの間にか霧でアスファルトの地面が見えにくくなっていた。
なんか雲の上を歩いてるみたいだな……。
そう楽観的に考えながら、ふと顔をあげた。
「――っ」
すると、俺の視界に飛び込んできたのは、建物も何も見えない、1メートル先すらも見えない真っ白な深い霧だった。
「霧すごいな……」
少し遠くが見えにくいレベルならたまにあったが、ここまでのは初めて見る。
なんだか雲が地上に降りて来たみたいで、幻想的でちょっと面白い。
けど、このまま学校に向かうのは危なそう。
車とか自転車が急に突っ込んでくる可能性があるし、霧を抜けて別ルートでいった方が……。
いや、家に帰るのもありか……?
そう考えた俺は後ろを振り返り、来た道を引き返す。
しかし、なかなか霧を抜け出せない。
見渡す限り、真っ白な世界。
前も後ろも右も左も、霧。
ついさっきまで、アスファルトの地面が見えにくい程度だったのに、今は足すら見えない。
まるで雲の中に入ったかの様。
そんな状況に俺は、先ほどまでの楽観さはなく、少し焦りと不安を感じる。
……急ぐか。
俺は早足で歩く。
幸い、この道は数百メートルは真っ直ぐだ。
だからただ真っ直ぐ歩けばいい。
途中に交差点はあるが、信号機が光っているし流石に霧の中でも分かるだろう。
「大丈夫、大丈夫……」
そう自分に言い聞かせる。
よくよく考えたら、自分は真っ直ぐ歩けてるのか不安にもなってきたが、それは考えないようにした。
とりあえず今は、霧さえ抜け出さればいいから。
しばらくして、霧が薄くなってきた。
そしてちょっと奥の方に緑色の景色が広がっている。
「やっとか」
俺はそこに小走りで向かう。
緑色の景色に何の違和感も持たずに。
……だんだんと景色が鮮明に見えてくる。
と同時に、俺のスピードも落ちる。
緑色の景色が何だったのか、分かったからだ。
「……えっ?」
霧を、真っ白な世界を俺は完全に抜け出せた。
それなのに今度は、俺の頭が真っ白になっていた。
「……なんっ、だ……これ……」
道の端に植えられている木だと思っていたその緑色は。
……一面に広がる、草原だった。
「……意味が分からんって……」
俺の目の前には、広大な草原と青空。
奥に、城がそびえ立っていた。
……そうして俺はなぜか、異世界に転移した。
*
――時は戻って現在。
「ってな事があったんだけど……どう? 意味分からないでしょ? まぁこれを体験した俺が一番よく分かってないんだけど、とりあえず入学式の日に起きた事はそんな感じ」
「……お兄ちゃん、何なのその主人公になりきった様な語り口調。気持ち悪いんだけど……」
唐突にシンプルな悪口。
お兄ちゃん、Mじゃないから傷つくぞ~。
「……とりあえず、みのるの意思じゃないって事は確かね」
そう言ってくる母さん。
「そりゃまぁ」
「それなら尚更、さっきは怒鳴ってごめんね。……ほんと、ごめんなさい」
母さんは頭を下げる。
「いやもう全然いいって。ほら、頭上げて」
「でも……」
「もうそれは気にしてないから。てかそれより、俺の話は全部信じてくれたの?」
「そうね。正直、よく分かってない事の方が多いけど、みのるが言ってる事なんだし本当なんでしょう。でも……警察にはなんて説明するの?」
「ん、警察……?」
俺がそう訊くと、母さんは説明し始めた。
内容はこうだった。
俺は今現在、行方不明者届(捜索願)が出されている状態で、行方不明者ということになっている。
だから俺は、帰ってきた事を警察に報告して手続きをしないといけないと。
ただ問題はその手続きの時に、警察に今までどこにいたのかとか、誰といたのかみたいな事を詳しく説明しないといけないらしく。
さっき俺がした説明じゃ信じて貰えないどころか、何かしらの事件性を疑われるんじゃないかと母さんは思っているらしい。
だから「警察にはなんて説明するの」と俺に聞いたと。
「なるほどねぇ……」
「特にみのるは未成年だし、しつこく質問されると思う」
「んー」
さてどうしようか。
警察に説明するなんて事、全く思ってもみなかったからな。
まぁ、信じて貰えない云々を抜きで考えても、「今まで異世界にいました。ついでに魔法も使えます」みたいに真実を話すつもりは全くない。警察だけじゃなく、家族以外の誰にもな。
話したらマズい事になりそうだし。
で、なんて説明なら信憑性があるだろうか。
「てか気になってたんだけど、俺って行方不明になってどれくらい経つの?」
一応、異世界ではだいたい1年くらいが経っていたが、もしかしたらこっちとの時間の進み具合が違うかもしれない。
「4月8日だったから……10ヶ月くらいね。ほんと長かったわ……」
10ヶ月か。
それだとあまり異世界との差はない。
あー、これが1週間とかだったら嘘の説明を色々思いつくんだけど。
10ヶ月ってなるとな……結構限られてくる。
「ちなみにだけど、みのる。その、異世界からはどうやって帰ってきたの?」
「あーそれね。それもよく分かってない」
「ただのバカじゃん」
横槍を入れてくる結衣。
息をするように毒を吐くな、我が愚かな妹よ。
「一応帰って来る前の状況を説明すると。ダンジョンって言われる、洞窟みたいなところを探索してる時に、罠にかかっちゃって……それでその部屋の装置みたいなのが作動して、気付いたら近所の神社に帰ってきてたって感じ」
「そ、そうなの……ね。どう、しようか」
母さんは困った様にそう言う。
と、妹が。
「お母さん、手続きってのは、明日でも良いんでしょ?」
そんな事を言い出す。
「ええ多分」
「じゃあさ、家族会議はここら辺にして、夜ご飯にしない? 私お腹減った」
「それもそうね。一旦夜ご飯にしましょうか!」
「わーい」
そういえば俺も腹が減ってたし丁度よかった。
手続きが明日でも良いなら、警察への説明はまた後で考えればいいし、お風呂に入ってる時にでも何かしら思いつくだろう。
「みのる、とりあえずその土まみれの服は脱いで、別の服に着替えて?」
「了解ー」
「あっ、絶対に洗濯機に入れないでね。脱いだら玄関に置いといて」
「ういー」
「それとみのるっ――」
「何?」
「……おかえりっ」
にこやかに母さんは言った。
それに返す言葉は一つだけ。
「ただいま」
俺は使い古した異世界の服を脱ぎ、玄関に置く。
するとその様子を見ていた結衣が言う。
「うわっ、なんか体格よくなってるしキモッ」
「いやんエッチ見ないで」
言いながら決めポーズをとる。
「そう言って見せつけてくんな。ほんとっキモい!」
「とか言っていつまでも見てんの結衣だろ。キモいなら見るな」
「うざっ! しねっ!」
ほんと口悪くなったな結衣。
いや昔からか。
「さっきから思ってたけど、みのる体格大きくなったわね。筋肉とかも凄いし。前はもっと華奢だったのにねー」
「でしょ? まぁそれだけ異世界が大変だったんですわ……」
母さんにそう言いながら、俺は違う服に着替える。
が、サイズが合わなくなったみたいで、かなりキツい。
「そこら辺の話も、ご飯を食べながらゆっくり聞かせてもらおうかな」
「超大作でビックリするよ」
俺はリビングの席に着き「ふぅー」っとため息をついてゆっくりする。
マジで帰ってきたんだな家に。
リビングの風景。
テレビ、机、ソファ、時計、カレンダー、ご飯の準備をする母さん、散らかった小物たち。
全部、なんかエモい。バカっぽい言葉だけど、それしか思いつかない。
あ、てか魔法で吹き飛んだ小物類を片付けないと。
そんな事を考えていると、そこに父さんがやってきて言う。
「みのる、ひと段落ついた感じ出してるけど、俺の質問忘れてないか?」
「あ、そうだった忘れてた。異世界ってなにって話だよね」
「ああそれだ」
「それはもうネットで調べて。多分そっちの方が分かりやすいと思うし」
「――お、おう。分かった」
父さんはスマホをすぐに開いて調べる。
数分後、異世界が何かを理解したみたいだった。
それから俺達家族は、久しぶりに家族全員で食卓を囲める喜びを分かち合いながらご飯を食べた。いや、妹が喜んでいたかは微妙だな。
食べてる最中は、俺がいた異世界の話をして。母さんも粗方理解できたっぽい。
「あー美味かった。ごちそうさまー」
やっぱり、こっちのご飯は、母さんが作るご飯は、異世界で食べた物なんかより何倍も美味しかった。
満足、満足。
腹も膨れたし、さっさと風呂に入るか。
そして俺はシャワーを浴び、風呂に入る。
温かくて気持ちがいい。
「はぁー」
説明どうしようかー。
もうなんか、適当に旅してたとか、日本一周してたみたいなのでいいかなー。
「あー、あったけぇ………………」
…………てかちょっと待って。
俺は何か重要な事を忘れている気がする……。
なんだっけ……。
一方その頃、外では。
「へっくし。――まだなの……?」
銀髪女は律義にずっと隠れていた。
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