第3話 日本……?
静かに、ひんやりと冷たい風。
木々がそよぐ音。夜空に浮かぶ月。
「はっ? なんで……? おいおい、どういう事だよマジで」
目の前に広がる光景に俺は、動揺を隠せなかった。
鳥居、灯ろう、社殿。
それらは異世界に存在するはずのないもので。
この光景、この場所は見慣れたものだった。
「マジでどうなってんだよ。ここ、実家近くの神社じゃねーか……」
光る球体と魔方陣が最後、それまで以上に勢いよく輝きだして。
爆発すると思い、ビビった俺は目を閉じた。
だけど死にもしないし痛くもないしで、何も起こらない状況に違和感を抱いて目を開けると、俺は日本に帰ってきていた。
いや意味が分からん。
ここ、本当に日本なのか?
見れば見るほど、近所の神社そのまんまだけど……。
これも罠の一つだったりするのか?
幻影魔法みたいな。
俺が意味不明な状況に困惑していると。
「――ねぇちょっとあなた! ここがどこだか知ってるの!?」
後ろから声をかけられた。
俺はその声の方を振り向く。
するとそこにいたのは、銀色の髪に青色の目をした、焦っている美少女。
さっきの罠部屋にいつの間にかいて、俺と一緒に叫んでた奴だ。
こいつも一緒に転移したって事か?
マジどうなってんだこれ……。
「……私の声、聞こえてるっ!?」
「あ、はいはい聞こえてます」
「じゃ質問に答えてよっ! あなた、この場所知ってるの?」
「まぁ一応知ってます、けど……」
「あー良かった。それなら安心ね。――それじゃ、さっきのダンジョンまで案内してよっ」
食い気味に、銀髪女は勝手に安堵して俺に案内を頼んできた。
「いやでも、俺も状況がよく分かってなくて……」
「ん、どういう事よ」
「っと、それは……」
どうしよう。
俺すらもよく分かってないのに。
『ここが日本っていう元の世界とは全く別の世界の国で。しかも元の世界には帰る方法がなくて、だけどここは幻影魔法で作られた偽物の世界かもしれない。ちなみになんでこうなったかは分からない』
そんな説明が、はたして異世界人に伝わるだろうか。
てかそもそも、仮にここが本当に日本だった場合、かなりヤバいかもしれない。
魔法とかいうチート能力が普通に使えて、この世界の常識を知らない異世界人なんて、何しでかすか分からんからな。
大量殺人とか、世界征服とか、何かとんでもない事をするかも。
そう考えると、この世界の説明もかなり慎重にしないといけない。
どうする俺……。
「……えーっと、なんでずっと黙ってるの?」
俺の沈黙に耐えられなくなったのか、銀髪女はそう訊いてくる。
「ちょっと頭の中で整理してるから待ってくれ」
「ええ? ダンジョンまで案内してくれれば、それでいいんだけど。そんなに難しい事?」
「ああ、難しい。というか、もしかしたらダンジョンに帰れない……かも」
「はっ? どういう事!?」
「んっ……」
「ちゃんと教えなさいよっ!」
……もうこれしかない!
「落ち着いて聞いてくれよ。実は――」
俺は銀髪女に、ウソを交えながら説明をした。
まず、ここは俺の地元で、ダンジョンがあった場所からはかなり遠い国だという事。
次に、なぜそんな遠い国に転移したか理由は分からなくて、もしかしたらここは幻影魔法で作られた偽物の世界かもしれないという事。
そして最後に、仮にここが偽物じゃなく本物の世界だった場合、外で魔法は使っちゃいけないルールだから気を付けろと、説明をした。
即興にしては、よくできた説明だと我ながら思う。
銀髪女もそれで一応は納得したみたいだし。
「――って感じなんだけど。とりあえずは、この世界が本物かどうか確かめたい。何か方法知らないか?」
「そんなの簡単よ。ここにいる人に話かければ分かるわ。幻影魔法なら、人は動く人形。いくら喋りかけても反応がないわよ」
「なるほど……」
それなら行くべき場所は実家しかない。
そして確かめる相手は家族。夜道に知らない人に話しかけるのはなんか気が引けるし、それに。
地元の神社をこうして久しぶりに見て、家に帰りたいという気持ちが抑えられない。
つまるところ、ただ家に帰りたい。
「それじゃあ俺は、今から実家に行って確かめてくるから、君はここで待っててくれ」
そう言って実家に向かおうとすると、銀髪女が俺の腕を引っ張る。
「えっこんなよく知らない場所に1人、私を置いていくの!?」
銀髪女は目を大きく開き、焦った表情で言ってきた。
「え? いやそんな心配しなくても、すぐ戻って来るって」
「こんな森の中なのに、ほんとにすぐ戻って来れるの?」
「ああ、この参道っ――この道を真っ直ぐ行ったらすぐ街だし。ここから実家まで10分もかからない」
歩いて10分なだけで、走ればもっと早く着く。
それくらい近所にある神社だ。
「そっそれなら別に私も付いて行って良いでしょ? 私こういう暗い所、怖……くはないけど、なんか苦手なのよね……」
「そんなんでよく探索者してんな」
ダンジョンなんて暗いところばっかなのに。
「って言ってるあなたも、さっきの部屋で『死ぬぅうう助けてぇぇ』みたいな事言ってたじゃない」
「っ……あ、あれは……」
「分かるわよ、あなたも実はビビりなのよね。でも安心して、私も付いて行くから。あなたは1人じゃないわ。って事で早く、一緒に行きましょ!」
ビビりを強調して喋るな。
あんな状況になったら、誰だってああいう風になるぞ絶対。
ったく……誰に言い訳してんだよ俺!!!
「……もう勝手にしてくれ」
めんどくせーこいつ、と思いながら俺は実家に向かって歩き出す。
そのうしろを、恐る恐るといった感じで付いて来る銀髪女。
できれば、こいつを連れて行きたくなかったんだがなー。
だって中世ヨーロッパ風な建物、文明で生活していた異世界人だぞ。この世界の街を見たら絶対驚くだろ。
そして絶対、「あれは何!?」みたいな感じで質問してくる。
それに対して俺がいちいち答えないといけないのがダルい。
それに、だ。
俺の今の状況は、俺の家族からすれば約1年間行方不明の男なわけで。
そんな奴が、急に帰ってきたと思ったら隣に銀髪の女がいるって……。
今まで異世界にいましたって説明だけでも一苦労しそうなのに、それプラス女の説明ってなるとかなり面倒だ。
まぁこれに関しては、この世界が幻影魔法じゃなかった時の話だけど――。
「えっ、はぁっ!? なにあのデカい城っ!!」
あーダル。早速きた。
「お前ちょっと時間を考えろ。今、夜だぞ。静かな声で喋れ」
「あっごめんなさい。それであのデカい城は何? 誰が住んでるの? この街の王様?」
「はぁ。……あれは城じゃなくて、マンションっていう家だ。住んでるのは普通よりお金を稼いでる人達で、王様じゃない」
「へえーあんなデカい家に住むって相当稼いでるのね……。ってなにあの光ってる箱! 宝!?」
「しーっ!!! 静かにしろってば」
「うう、つい。それであれは……?」
「自動販売機、飲み物が買える……小さい店」
機械の説明になるとややこしいから、小さい店という事にしておいた。
「へぇー! 本当に小さいわね。ちょっと近くで見たい――」
自販機の方に行こうとしたから、俺は銀髪女の服を引っ張って止める。
「目的はそれじゃないだろ。すぐ着くんだから、寄り道はやめてくれ」
「はぁい……」
こういう寄り道を一個許すと、歯止めがかからなくなりそうだからな。
しかも自販機とか、質問攻めの嵐になりそうだし。「この黄色の飲み物なに!?」とか「緑色の飲み物ってどんな味!?」みたいな感じで……。
「まっ魔物っ!!! こっちに来る!!!」
突然、銀髪女が叫ぶ。
何事かと思い俺は、銀髪女が指を差してる方向を見る。
「はぁ……。ただの車じゃねぇか……」
「炎魔法――ファイアー」
「っておいおいお前何やってんだ!」
「ボッ!?」
銀髪女が魔法を車に向けて放とうとしていたので、俺は急いで銀髪女の腕を下にして口を塞いだ。
「ちょ、ちょっとなにすんのよっ! 魔物が来てるのに!!!」
「バカあれは魔物じゃねぇ! 車っていう人を乗せる、荷車みたいなやつだ!」
「えっそうなの!? なんだビックリした……」
「ビックリしたのは俺の方だよ……ったく……」
やっぱりこいつを連れてきたのは間違いだった。
全く前に進まない!!!
そして、俺はその後も銀髪女の質問に何回も答える羽目になり。
10分で着く距離なのに、少なくともその倍以上の時間をかけてやっと実家に到着した。
正確な時間は分からないが、体感3、40分。
これは決してオーバーな表現ではなく、それだけこいつが面倒くさかったという事だ。
「はぁ……やっと着いた……」
「はぇー凄い立派なお家ね。あと荷車も光沢が立派」
実家は30坪の一戸建て。
父親と母親、俺と妹の4人暮らし。
車が止まってて……電気も付いてると。
親は確実に家にいるっぽいな。
「……確認なんだが、幻影魔法は喋りかけても反応がないんだよな?」
「ええ、そうよ」
「つまり俺が今からドア越しに喋りかけて、中から誰かが出てきたら、この世界は幻影魔法じゃないって事だよな?」
「そうよ。なに当たり前の事確認してんの、バカ?」
約1年ぶりだぞ。
もし幻影魔法じゃなかったら、約1年ぶりの再会!
落ち着けないこの気持ちを落ち着かせる為に、空質問の1つや2つしてしまうだろ。
「ふぅ……。じゃあ行ってくるから、俺が呼ぶまでそこの陰に隠れといてくれ」
行方不明だった俺が帰ってきて、その隣に銀髪女もいてってなると情報量が多くて大変だからな。
まずは俺の説明をして、その後に銀髪女の説明だ。
うん、これが一番の最善策。
「分かったわ。けど、なるべく早くしてね」
「ああ」
そして俺は、震える手でインターホンを押した。
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