第2話 異世界転移

 ――1年前。


「みのる、本当に大丈夫? 無理して行かなくてもいいんだよ?」

「う、うん。多分……大丈夫」

「それなら良いんだけど……。母さんは準備が終わってから、お父さんと一緒に観に行くからね。二人で後ろから、みのるの晴れ姿バッチリ見とくから。頑張ってね」

「うんありがと。じゃ行ってきます……」

「行ってらっしゃい! 気を付けてね!」


 この日。高校の入学式へ向かう途中。

 俺、伊月みのるは異世界に転移した。

 剣と魔法の、ファンタジー世界に。



 ――それから10カ月後。異世界のとあるダンジョン内部。


「はぁっ、はぁっ、はぁっ……きっつすぎ……」


 大量の汗に、上がらない腕と足。喉からは血の味がする。

 ダンジョンに入ってかれこれ1時間以上、俺は何十キロもある荷物を背負いながら、パーティーメンバーと一緒に走っていた。


「はぁっ、はぁっ、はぁっ……」

「おい荷物持ち! お前遅すぎんだよ! もっと速く走れこのカス!!!」

「はぁっ、はぁっ、はいっ……! すみませんっ!」


 突然、怒号を浴びせてきたのはパーティーリーダーのドッゴウ。

 いつも俺に当たりが強く、同じパーティーの仲間であるにも関わらず、俺を雑用と荷物持ち程度の奴隷にしか思っていない。


「謝る元気があるならもっと手と足を動かせよ! のろまカス!」

「うるせっ……すみませんっ!」


 そんなドッゴウだが、今日はいつも以上に当たりが強い。

 その理由は恐らく、宝探しに躍起になっているからだ。


 実はこのダンジョン、十数年ぶりに見つかった未開拓のダンジョンらしく。探索が解禁された今日、一攫千金を狙った大勢の探索者達がここに来ている。

 ダンジョンにある宝は、物によっては一生遊んでも使い切れない程の値段になるのもあるらしいし、それをドッゴウは本気で他の探索者よりも先に見つけようとしているんだろう。


 俺も金は欲しいし早く宝を見つけたいが、荷物があまりにも重すぎる。これは流石に無理、もう走れない。

 むしろ1時間以上、これを背負って走ってる俺を褒めて欲しいくらいだ。

 

 なのに、こいつらときたら……。


「ったく、お前のせいでダンジョン探索がどれだけ遅れてると思ってんだよ! 今こうしてる間にも、他の奴らに宝を奪われてるんだぞっ! このカスがっ!!!」

「ほんとそれっ!! 宝が1個も手に入らなかったら、あんたのせいなんだからね!!!」

「もしそうなったら帰ったあと殺す、これ絶対」


 ドッゴウだけじゃなく、他二人のパーティーメンバーまでも俺に声援をくれるじゃないか。

 ああ嬉しいな、嬉しい。本当に嬉しすぎてこの荷物、すぐ横の底が見えない穴に放り投げたい気分だ!


 ……しかし、ここは我慢しろ俺。

 報酬が貰えるなら、それでいいんだ。

 貰える金は貰っておく。

 どれだけ酷い扱いを受けようとも、金が貰えるならやる。

 それが異世界で生きていくために得た俺の教訓だからな。


「それくらいの荷物も持って走れないとか男のくせに情けないわね!」


 おっと無自覚そうな男女差別発言。

 レイちゃん。そもそもお前のどうでもいい化粧品道具とか、運気があがる魔道具とやらでこんなに荷物が重くなってんだろうが。ダンジョン探索に関係ない物を持ってくんな、ぶっ飛ばすぞ。

 なんて言えない。


 全ては金のため。だから俺は「すみませんっ!」と謝る。


「普段から鍛えないからそうなる。帰ったあと俺の部屋を掃除しろ。それがお前の筋トレ、これ絶対」


 喋んな心配性脳内筋肉。こちとらお前の武器何十本も背負ってんだぞ。


 探索中に壊れるかもしれないから予備の武器。それがまた壊れるかもしれないから予備の予備の武器。

 さらにまたそれも壊れるかもしれないから予備の予備の予備の武器。

 そしてこれが違う種類の武器ごとにあるから、全部で12本か16本くらい。


 心配性にも程があんだろ。

 名前がパンプで、脳内筋肉みたいな考え方と生き方してるくせに、心配性ってなんだよ。

 武器が壊れたなら拳で戦えよ。せこせこ俺の背負ってる荷物から武器取り出して戦うなアホ。

 なんて言えない。


 だって全部、金のため。

 金がないと生きていけないから、俺は謝る。


「すみませ――」

「本当にいつもいつもお前は使えねーな! 報酬は少なくて良いって言うから雇ったのに、こんな使えない奴なら雇わない方がマシだったな。……そうだ、今日のお前の報酬はなしだからな! それで身の程を知れよカスが!」

「……ドッゴウ……今なんて?」


 俺は足を止めてドッゴウに確認をする。


 聞き間違いかそうでないか、どちらかで俺の行動は大きく変わるからな。

 確認は非常に大事だ。


「だから今日のお前の報酬はなしって言ってんだよ。宝を見つけてもお前には分配しない。んな事より、なに止まってんだよ! 口より足を動かせってっ――あぁあああお前っ!」

「えっえっちょっとなにやってんの!?」

「お、俺の武器っ!!!」


 今日の報酬はなしという確認が取れた俺は、日ごろの恨みを晴らす様に満面の笑みで「ソレィッ!」と荷物を底の見えない穴に放り投げた。

 そして「今までありがとうございましたっ! それじゃ!」とだけ伝え、背を向け全速力で逃げた。

 残り少ない体力を振り絞って全速力で。後ろから文句を言っているような声が聞こえてきたが全部無視。


「ああ、スッキリしたっっ!」


 金が貰えないなら、俺は我慢なんてしない。

 誰があんなクソ共の為にただ働きするかっての!


「今とっても俺、気分が良い!!」


 それから俺は前だけを見て走った。

 出口を目指して走って、走って、走って……。


 そして、迷った!!

 体力も尽きた!!!


「おいおい、出口……どこだよっ……!」


 そう言って壁に寄り掛かった途端。


 ――ガッコン。


 という音と共に寄り掛かっていた壁が一瞬で無くなり、俺はそのまま背中から落ちる。


「うわっ、ちょやばいやばいやばいっ!」


 暗闇の中を、滑り台で転がるように落ち続けた。

 一生このままかとも思ったが、気付いたら平地に着いていた。


 しかし辺り一面真っ暗で何も見えない。


 松明はさっき壁が消えた時に焦って落としちゃってないし、辺りを明るくする魔法とか知らないし……。


「これ……つんだ……?」


 そう思うと、暗闇が途端に怖くなってきた。

 なにか魔物が急に襲ってきそうで、一気に寒気がしてくる。


 あー考えるな考えるな。

 考える前に、とにかく今はできる事をするんだ。


 それから俺は手探りで出口を探した。

 すると分かった事があった。

 それは、今いる場所がかなり狭い四角形の部屋で、出口のようなものが一切ないという事だ。


 ……これはつんだかもしれない。うん、マジでつんだ。


 恐らくここは罠に引っかかった者が来る行き止まりの部屋。

 調べた感じまだ死体はなかったし。ということは俺がこの罠の初屍になるらしい。


「…………笑えねぇ!!! おいおい待ってくれ、本当に出口とかないのか!?」


 いくら壁を探ってみても出口らしきドアや穴は何もない。天井を触ってみても何もない。

 というかよくよく考えたら、この部屋にはあるはずの入口すらない。


 終わった。

 この四文字が頭に浮かぶ。


 ……俺の人生は、ここで終わり。


 女王様だとかに召喚されるわけでもなく、女神に魔王討伐を依頼されるわけでもなく。

 ただ唐突に異世界転移して約1年。

 必死に頑張って生きてきたってのに、俺はこんなしょうもない罠で死ぬみたいです。


 まじか……。

 ああ、彼女とか欲しかったな。

 せめて、童貞くらい卒業したかったな。


 …………家族に会いたいな。


「日本に……帰りたい……」

 

 息を吐くように、呟く。

 その瞬間、目の前に謎の光る球体が現れた。


「うわっ眩しっ!」


 暗闇から一転して明るくなった部屋が眩しくて、俺は顔を下に向ける。


「急になんっ――だ……」


 ……地面を見て、声を失う。

 ……そこには、魔方陣が展開していたからだ。


「ちょ魔方陣っ!?」


 部屋の地面全体に展開された青色の魔方陣。

 それは、今にも爆発しそうな光り方をしている。


 やっぱりここは罠だったらしい。

 しかも、引っかかった奴を魔法で消し飛ばすタイプの罠。


 死体が1つもなかったのは、つまりそういうタイプの罠だったからなのか!

 納得、全部納得した!

 ああ、餓死で死ぬより多少はマシかもな!!!


「ってそんな問題じゃねぇ!!! あぁぁぁあー死にたくないっっ死にたくないっっ!!! 誰か助けてえぇぇぇえ!!!」

「ギャアァァァア!!! なんなのここーー!!!」

「はっ!?」


 そこで、俺は眩い光に包まれた。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る