動画を撮影してみよう!

第3話 姫井ヶ森

 僕は虫取り網と虫カゴを持って姫井ヶ森の入口に立っていた。


 思えば、この森に一人で来たのは初めてかもしれない。

 いつもは学校の友達とか、母さんと一緒だったからな。

 

 聞こえてくるのはセミの声。


ジ〜〜ジィイイ、ジリジリジリジリ〜〜。


 ふふふ。

 このセミはねアブラゼミ。茶色い羽のセミなんだ。


 夕方近くになるとヒグラシが鳴くからね。

 それまでには帰ろうかな。


サワワーー。


 気持ちのいい風だな。


 木と苔と土の香りがする。

 僕はこの森が大好きなんだ。

 

 今日はタガメを撮影しに来たんだけどさ。

 この森にはクワガタがいるんだよね。

 タガメの次はクワガタでもいいかもな。

 ふふふ。虫がいっぱいいる所ってテンションが上がるよね。


 胸にはベルトで固定されたスマホがしっかりと固定されている。

 

 スマホの録画ボタンを押して、録画スタートだ。


ポチン……。


 えーーと。

 紙を見ながらぁ……。


「み、みなさん。こ、こ、こんには! ユートです!」


 やったーー!

 言えたぞぉ。


 挨拶はできた。

 とりあえず、動画を撮ってる理由を説明しよう。

 まずは場所の説明からぁ……。


「えーーと、ここは……姫井ヶ……」


 あ、待てよ。

 母さんに地名は言わないように注意を受けていたんだっけ。

 インターネットのトラブルは色々あるから、個人の名前とか地名はできるだけ言わない方がいいんだったな。


「こ、ここは近所の森です!」


 うん。

 これでいいだろう。


「今から、この森の中の沼に行こうと思います」


 おおおお!

 ペラペラと話せるぞ。

 だって、目的がハッキリしてるからな。

 虫捕りは自分に合っているのかもしれないぞ。


「今回。沼で探したいのはタガメです! 知らない人に教えてあげるんだけどさ。タガメってレア昆虫なんだよね。へへへ」


 ああ、次から次に言葉が出てくるなぁ。

 好きなことって、こんなにも話しやすいのかぁ。


 僕は沼に向かいながら話した。


「タガメは水生カメムシ類でね。日本では最大の水生昆虫なんだ! 今日、これから行く沼でさ。ゲットしようと思います!」


 ふふふ。

 昆虫の話だったらいくらでもできそうだぞ。


 道の脇には小川が流れる。


「上流は沼地です。その水が小川になって流れています。この小川にはサワガニがいます」


 森を進むと三つに道が分かれていた。


「あれ? 沼ってどの道だったかな?」


 この前は母さんと二人だったからな。

 

 小川は二つの道沿いから流れていた。


 ということは、二つのうちどっちかだな。


 んーー。


 ああ、じゃあ、右に行こうかな。

 なんとなく、こっちな感じがするんだよね。


 しばらく、進むと、道の脇に髪の長い女の人が立っていた。

 それはコート姿で、帽子を深々と被っている。


 こんな暑い日にコート??

 母さんは日焼け対策で長袖を着るけどさ。

 コートって、変じゃないかな?


 女の人が髪をかき上げようとした時。

 その白い腕から無数の目が見えた。


「え!? 目!?」


 その目は黄色くて、とても人の目とは思えない。

 そもそも、目は顔に付いているものであって、人の腕に付いているなんておかしい。

 よく見ると、首や脚にも、黄色い目が無数に付いている。

 それは生き物のように瞬いて、ギョロリと僕のことを見つめた。


「うわぁああああっ!!」


 女の人は「ししもうこん、か」と謎の言葉を呟いて足早にその場を去って行った。


「い、今のはなんだったんだ? 撮れてたかな? 体中に目が付いていたよね?」


 あ、いや。待てよ……。

 目の形って葉っぱに似てるんだよな。

 体中に葉っぱが付いていたとは考えられないだろうか?


 ……うん。

 きっと、そうだ。

 葉っぱだ。そうに違いない。

 黄色い感じだったから、枯れかけた葉っぱが体中に付いていたんだ。


「あれは多分、葉っぱです」


 動画用の解説は忘れない。

 配信者っぽくなってきたかも。


 女の人が、ししもうこん、って言ってたと思うけど、そこはよくわからないな。


 まぁいいや。

 僕はさっきの女の人のことは忘れて更に奥に進んだ。


「そろそろ沼があるんだけどなぁ?」


 道を間違えたかもしれない。

 引き返そうとしたその時。

 目の前に古い鳥居が見えた。


「へぇ……。こんな所に神社があるんだ」


 ずいぶんと古い鳥居だな。

 苔が付いて緑色になってるよ。


「ちょっと。中に入ってみようかな」


 少し怖かったけど……。

 撮影してるしね。

 こんな珍しい場所を知っているのはなんだか自慢できるかもしれない。


 牛田だってここは知らないだろう。

 人気がなさそうだし、もしかしたら秘密基地にできるかも。


 境内には雑草が生えていた。

 石畳はひびだらけだ。


 神社の横には竜の像があった。

 苔だらけで古いのがよくわかる。その口からチョロチョロと湧き水が出ていた。


「ああ、小川の水はここからだったのかぁ」


 ということは、道を間違えてしまったんだな。


 神社の天井には蜘蛛の巣が張っていた。


 うわぁ……。

 やっぱり、ちょっと怖いな。

 

「手入れをしてないんだろうな……」


 突然。

 クスクスと笑い声が聞こえた。


 え!?

 だ、誰だ!?


 それは甲高い、子供の声だった。


『クスクス。わらしゃの宮っこに、はいりゃんせ。クスクス』


 なんだ……子供か。

 みんなで遊んでいるのかな?


 社の階段。

 丁度、賽銭箱がある所。

 そこを、サササーー! となにかが走った。


 虫?

 に、しては大きいかな?

 僕の手の平サイズはあったと思う。

 色が、ピンクとか赤。すごく派手だったけど……。


『クスクス。宮っこに、はいりゃんせよ。クスクス』


 何を言ってるんだろう?

 宮っこって神社のことかな?

 はいりゃんせって。入れってこと??


 賽銭箱の奥には扉があった。

 どうやら少しだけ開いてるみたい。

 笑い声はその中から聞こえてきた。


『こっち。こっち。こっちだで』


 うーーんと。

 つまり、子供たちが神社の中に入って遊んでるってことかな?

 声からして低学年だよね?


「そんな所で遊んじゃダメだよ? 学校で習わなかった? 先生に怒られるよ?」


『クスクス。こっちさ。こいこい。クスクス』


 扉の隙間から小さな手が僕を手招きする。

 茶色くて、木の枝のようにも見えるけど……指が動いてる。


「手……だよね??」


 隙間から顔を出したのは、色鮮やかな花柄の着物を身にまとったネズミだった。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る