第2話 なにごとも、やってみないとわからない

 僕は母さんに全てを話した。


 学校で起こったこと。


 とても隠し通せる悩みじゃないよ。


 だから、


「──ごめん!」


 もう、はっきりと謝ってしまう。

 僕は配信者になるのを諦めたんだ。


 さぞや、母さんは怒っているだろうと思った。

 だから、ほんの少しだけ目を開けてチラリ。


 すると、母さんは呆れたように鼻息をついて笑っていた。


 あれ?

 怒ってないぞ?


「別にいいじゃない。笑われても」


「……だって。僕は牛田みたいに明るくないしさ。しゃべるのだって苦手だ。向いてないんだよ」


「あなたが得意なことはたくさんあるじゃない。本を読んで、色んなことを想像するのは得意でしょ?」


「そんなのは配信と関係ないよ」


「それはわからないわよ。牛田くんは大好きな昆虫を動画で紹介してたんでしょ? 好きなことを配信するのが配信者なのよね?」


「うう……そうだけど……」


 本を読んで想像するのはどうやって配信すればいいんだよぉ。


「他にもあなたの好きなことはたくさんあるじゃない。恐竜の名前とか電車の名前。全部言えるでしょ?」


「そんなの言えても動画にできないよ」


「ご当地の名物だってよく知ってるじゃない。東京日本橋の名物はなーーんだ?」


「人形焼でしょ。あんこの入ったカステラだ」


「ほらぁ! すごいじゃない。物知りぃ」


「だから、そんなのは動画にならないって」


「んーー。不思議なこととかも好きでしょ?」


「……まぁね」


 トイレの花子さんとか、ネッシー、つちのこ、宇宙人。

 そういうのは興味があるんだよね。

 でも、遭遇したことは一度もないんだよなぁ。

 人から聞いた話や、本の話ばかりだ。


「不思議なことといえばさ。小さい時に子犬を助けたことがあったわよね?」


「あーー。シロのこと?」


「そーーそーー」


 僕が五歳の時だったかな。

 全身が真っ白い子犬が怪我をしていたんだよね。

 シロって名前をつけて介抱してあげたんだけどさ。

 怪我が治ったら、すっごく懐いて、可愛かったけど……。


「逃げちゃったんだよね」


「そーー。そーー! こつぜんと姿を消したのよね。不思議よねぇ? あんなに優斗に懐いていたのにさ」


「不思議というか……。僕が嫌いになったんじゃないかな?」


「そんなことないわよぉ〜〜。絶対に優斗のこと大好きだったわよ。二週間はいたわよね。その間、あなたから離れなかったわよ。寝る時も一緒でさ。それなのに急にいなくなるなんてさ。不思議すぎるじゃない」


 あの時は悲しくて泣いたな。

 毎日、お風呂にまで入ってさ。

 毎晩、同じ布団で寝たんだ。

 白い毛のモフモフでさ。小さな尻尾をフリフリするんだ。

 僕のほっぺたもペロペロ舐めてた。


 本当に友達みたいだったんだ……。

 でも、急にどこかへ消えちゃった。

 ああ、もう思い出したくもない。辛いだけだ。


「そんな悲しい話は配信でしたくないよね」


「ははは。じゃあ昆虫は? 大好きじゃない」


「でも、それって牛田がやってるんだよね」


「あの子のは昆虫紹介動画でしょ? 昆虫採集の動画はやってないじゃない」


 ああ、確かに。


姫井ヶ森ひめいがもりにある姫井ヶ沼ひめいがぬまにさ。いるんでしょ? カメムシだったっけ?」


「タガメだよ。カメムシは臭いにおいを出す害虫ね」


 まぁ、分類的にはあってるんだけどさ。

 タガメは水生カメムシ類だから、カメムシでも間違いではないんだよね。

 でも、見た目のカッコ良さが全然違うんだよな。


「あはは。そうそう。タガメだタガメ」


「タガメって水の中に住むクワガタみたいな水生昆虫でさ。水の中に住む生き物をね。大きなハサミでガシって捕まえて食べちゃうんだ。めちゃくちゃレアでカッコいい昆虫なんだよね」


 去年にね。母さんとハイキングに行った時に見つけたんだよな。


「優斗の手の平くらいあったわよね? 大きかったわよねぇ」


 ふふふ。そうそう。

 ハサミで挟まれないようにね。背中を持つんだ。


「持って帰って飼いたかったけどさ。絶滅が心配されてる昆虫だからさ。捕獲するのはよくないんだ」


「でも、動画に撮るのはいいんでしょ?」


「まぁね」


「配信動画にしたら人気出るんじゃない?」


「……確かに。みんな見たいかも。レア昆虫だもん!」


「ほらぁ。配信できることはあるじゃない」


 なるほど……あるのか……。




「なにごとも、!」



 母さんは真剣だった。


 言ってる意味はわかるけどさ。

 笑われるのは……。


「うーーん」


「好きなことがあなたの職業になったら楽しいでしょ?」


「うん……」


「だったらやってみましょうよ!」


「う、うん……」


「チャレンジしてみて、合わないと思ったらやめたらいいじゃない」


 そんな簡単に……。


「嫌ならやめてもいいのかな?」


「そりゃあね。自分に合わないことを無理やりやる必要はないわよ。でも、楽しいことは一生懸命に頑張る。これは大事なことだと思うわ」


「う、うん。じゃあ、やってみるよ」


「そうこなくちゃ!」


「高いスマホを買っちゃったもんね」


「そうよ。あなたの大好きなゲームアプリをたくさんダウンロードさせるために買ったんじゃないですからね」


「ははは……」


「あとね。これも大事なのよ」


 母さんは僕にベルトを付けた。

 リュックのベルトみたいなヤツ。


「これ、何?」


「スマホを固定するベルトよ。胸の部分にね。スマホをセットできるの」


 おお!

 これなら撮影中も両手が使える。


「でもさ。僕の顔が映らないよね?」


「顔出し撮影はダメ」


「なんで? 牛田は顔出しでやってるよ?」


「目立ちたい子や、将来ネットに顔を出して活動したい子はいいのよ。目指してるのは役者やタレントさんね。でも、優斗は違うでしょ。芸能人になりたいわけじゃあないんだから」


「うん。目立つのは恥ずかしいね」


「そうよね。それに、極端に目立つのは犯罪に巻き込まれる可能性があるから危険なのよ。顔出しは慎重にね」


「うん」


「あと、地名や苗字を言うのもNGね。場所が特定されたらトラブルになるかもしれないからね。何事も慎重にね。これ、お母さんとの約束。いい?」


「うん。わかった」


「ふふふ。あとはチャレンジあるのみよ!」


「でもさ……。どうして母さんは配信者になるのを応援してくれるの? クラスでもさ。人気の職業だけど、親が反対してる人は多いんだよね」


「これからはネットの時代だもの。未来のことを考えたらやってみるのは当然でしょ」


「ああ」


「それに、どんな職業につくにしろ、将来はインターネットを使えなくちゃいけないものね」


「うん」


「でも、小学生にはまだまだ難しいことがたくさんよね。配信サイトのアカウントはお母さんが作っといたから、優斗は動画を撮影して配信するだけにしなさい」

 

「うは! ありがとう。助かるよ」


 流石は母さんだ。準備が早い。

 アカウントっていうのは動画配信サイトを利用するのに必要な登録なんだ。

 すごく操作が難しくてね。ややこしいんだけど、母さんがやってくれてるなら心強いな。

 あ、そうだ。


「チャンネル名はなんて名前にしたの?」


「ユートチャンネルよ」


 おおおおおお。

 カッコいい!

 

「動画の中ではユートって名乗りなさい。優斗よりユートって言った方が愛着が湧くもの」


「うん」


 じゃあ、動画のスタートの挨拶は、こんにちはユートです。だな。

 練習してみよう。


「こ、こ、こ、こ……」


 ああ、ダメだニワトリになる。

 混乱しないように紙に書いておこう。


「なにを書いているの?」


「台本」


 紙には『こんにちは。ユートです』と大きく。


 うん! 

 これで大丈夫。


「こんにちは! ユートです!」


 うは!

 言えた!!


「それ、台本が必要かな?」


「必要だよ!」


 準備は万端だ!


「姫井ヶ森なら職場に行く途中だから自動車で送ってあげるわよ」


「ありがとう!」


 僕は母さんが運転する軽自動車に乗って姫井ヶ森に行った。



 車は現場に到着する。


「夕方までには帰るのよ」


「うん」


「タガメが見つかるといいわね」


「うん!」


「幸運を祈る!」


「ありがとう!」


 母さんは車に乗って会社に向かった。


 よぉおおし。

 動画を撮影するぞぉおおおおおおお!!

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