ぼくは妖怪配信者!

神伊 咲児

配信者になりたい!

第1話 配信者になりたい

「おまえなんかが配信者になれるわけねぇじゃん! ギャハハハ!」


 と、大声で笑うのは、牛田 剛健。

 クラスでも、一番体が大きくて喧嘩が強い。いつも明るくて会話が面白いからクラスの中では人気者だ。


 僕は、彼とは反対のタイプ。

 体が小さくて、会話下手。

 あれこれと想像するのは得意な方なんだけどさ。

 人前で話すとなるとね……。どうにも言葉が詰まってしまう。

 

 僕の名前は歌川うたがわ 優斗。

 十一歳。

  物能圭もののけ小学校の五年生だ。


 牛田は、僕から取り上げたプリントをピラピラと手で振った。

 

「みんな見ろよ。ギャハハ! 優斗のなりたい職業は配信者だってよぉ〜〜!」

 

 先生から貰ったプリントは、宿題だったんだけどさ。

 その内容は、将来なりたい職業についてだったんだ。


 昨日はすごく悩んだよ。

 家に持って帰って、机の前に座ってさ。


「うーーん。うーーん」


 って2時間。

 あーーでもない、こうでもない。

 頭を捻って考えてみたんだけどさ。


 僕が思いついたのが、投稿動画の配信者だったんだ。


 自分で動画を撮影してさ。

 視聴者のためにね。インターネットの動画配信サイトに投稿するんだよ。

 色んな企画を立ててさ。

 今日は〇〇をやってみた。なんてね。

 ふふふ。面白いんだよね。


 クラスのみんなは色々と考えていたよ。

 ゲームクリエイターとか漫画家。サッカー選手やプロ野球選手も人気だな。

 無難にサラリーマン、なんて人もいたっけ。


 それで僕はそのプリントにね……。



『配信者』って書いたんだ。

 


 今は朝礼が始まる前なんだけどさ。

 みんなは職業の話題で盛りがっちゃってね。

 僕のプリントが牛田に見つかって、笑われてしまったというわけなんだ。


「おい。優斗ぉ」


 と顔を近づけて来たのは牛田だ。


「配信者ってことはよぉ? 俺のライバルってことなんだぞ? わかってんのかぁ? ああん?」


 ああ、ライバルなんて思ってないんだけどなぁ……。

 本当にたまたまなんだけど、彼も、将来の職業は僕と同じ配信者なんだ。

 というか、牛田はすでに始めているんだよなぁ……。


 彼は先生がいないのを良いことに、黒板の前に立って、


「はい! どうもみなさんこんにちは! ウッシーの元気一杯チャンネル! 今日は俺が飼ってるクワガタの紹介だぜ!」


 ペラペラと喋る。

 ウッシーってのは彼の配信名なんだ。

 あれはクワガタの紹介動画で喋ってた話だ。


 彼はまるで、そこにクワガタがいるように喋った。


「俺のクワガタね。すっげぇデカイんだ! 角なんか、見てよ! ホラァア! ピーーンと伸びててカッコイイでしょう?」


 うううう。

 う、上手い。

 あれ、台本を読んでいるんじゃなかったのか……。

 まるでそこにクワガタがいるみたいにしゃべるな。

 配信動画のまんまじゃないか。


「それでは、面白かった人はぁ。グッドボタン。チャンネル登録お願いします! ウッシーでした!」


 牛田は目を細めて、僕の方をチラチラと見る。


 ああ、確実に負けた。

 僕はあんなにペラペラと話せない。


 それもそうか。牛田はもう三十本も動画をアップしていて、そのチャンネル登録者は脅威の百人越えだもんな。



「俺さ。この前、チャンネル登録者。二百人になったんだわぁ」



 その視線はずっと僕を意識する。

 クラスメイトはワラワラと彼の周りに集まった。


「えーー。牛田すげぇじゃん」

「牛田くん有名人ね」

「サインくれよな」

「牛田すげぇえええ」


 あああ、僕は、なんで配信者なんて書いちゃったんだろう?


「おい。優斗ぉ。配信者になるんならよぉ。自己紹介のトークとかよぉ。やってみてくれよぉおお。デヘヘヘェ」


「あうう……」


 そんなことできるわけないだろう。

 僕は、


「ど、動画なんてまだ投稿したことないんだ」


「ギャハハ! でもよぉ。今はスマホがあれば動画投稿できんだぜ? だったら、もう投稿すんのが普通なんじゃねぇの?」


 これは本当の話なんだけど、


「僕のスマホって容量が少ないからさ。動画を保存できないんだよね。ははは」


 ふぅ。

 これでなんとか逃げ切れるか……。


「だったらよぉ。俺ので撮影してやるよぉ」


「え!?」


 彼が取り出したのは大人が使うような立派なスマホだった。

 ひゃ、百ギガもあるやつだ。

 ギガってのはスマホの中に保存できるデータ容量のこと。

 僕のは二ギガしかなくて、写真とか保存しちゃうと直ぐにゼロになっちゃうんだ。動画は容量をたくさん食うから、僕のスマホじゃ動画は撮れないんだよな。


「ほれぇ。撮影してやっからさ。自己紹介で喋ってみろよぉ」


「が、学校でスマホを触るのは禁止だぞ!」


「んなもん。先生が来たら隠せばいいんだよ」


 んぐ……。

 えーーと、なにか言い訳はぁ。


「あ……。いや……。だ、だってさ。チャンネル名とかないしさ!」


 僕賢い!


「んなもん……。歌川だから……。ウッターチャンネルでいいじゃん」


 あああ……。


 クラスのみんなは彼の意見に賛成した。

 口々に「ウッターって面白い名前!」と喜ぶ。

 悔しいけど、それらしい名前だよな。


「んじゃ、撮るからなぁ」


 ええええええ……。

 台本がないのにぃいいい!!


「3、2、1。スタート」


 えええええええ。

 どうしよう!?

 どうしよぉおおおおお!?


「…………」


 もう、録画が始まってんだよねぇ?


 うう……。

 汗が止まらないぞぉ。


「…………」


「おいおい……。なんか喋れよ」


「な、な、なにを?」


「なにって……。自己紹介だろ。こんにちはーー。ウッターでーーす。だよ」


 いやいやいや。

 簡単に言うけどさ。

 クラスのみんなが見てるんだぞ?

 22人の生徒がさ。僕に注目してるんだぞぉおおお!


「ほらぁ。早く言ってみろってぇ」


「……う、うん」


 こんにちはーー。ウッターでーーす。

 だな。

 よぉし、言うぞぉ。言ってやるからなぁああ。


「こ……」


 僕の言葉にみんなは注目した。


 心臓はバクバク。もう破裂しそうだぁあああ。


「こ、こ、こ、こ、こ、こ……」


 こんにちはーー! だ。

 ほら、言え! 言うんだ僕!!





「ここここここ……。こ、こ、こん……。こ」




 教室は大爆笑だった。

 みんなは腹をかかえて笑う。


「ギャハハハハーー! おめぇニワトリかよぉおおお!! 配信者なんて向いてねぇってぇ!! ギャハハハーー!!」


 ああああああああああ!!


 笑われたーー!

 みんなに笑い者にされたーー!!


 配信者になりたい、なんて書くんじゃなかったーー!!






 学校が終わると、僕はトボトボと家に帰った。

 僕の顔はガクンと落ち込んで、まるで、水をやり忘れた朝顔みたいにしんなりとしている。


 家に帰ると、母さんが出迎えてくれた。


「あら。優斗お帰り」


 歌川 彩絵さえ

 三十二歳。

 見た目的には十分に若く見えるんだけどね。

 周りから、「二十代だと思いました!」って言われるとすごく機嫌がいい。

 怒ると怖いところもあるんだけどさ。

 美人で、優しい母親なんだ。


「私、今日は二番勤なのよ。帰るのは遅くなるから先寝ててね」


 二番勤務。

 母さんは近所の工場で事務の仕事をしているんだけどね。

 夕方から深夜まで仕事をするのが二番勤というらしい。


「夕飯は作ってるからレンジで温めて。いい?」


 僕と母さんは二人暮らしだ。

 父さんは僕が小さいころに亡くなったらしい。

 顔なんか覚えてないから、親は母さんだけって感じなんだけどね。


 ああ、言わないと。

 昨日、なりたい職業で悩んでいたから相談したんだよね……。


 母さんは「自由にすればいい」って言ってくれたけどさ。


 結局、諦めることにしたんだ。

 これから機材をそろえるのも大変だしね。

 言うなら早い方がいいよな。うん。


「母さん、あのね……」


「ああ、優斗。プレゼントがあるわよ」


 はい?


「プ、プレゼント?」


「ふふふ。はいこれ。開けてみて」


 それは小さな箱だった。

 包装紙を剥がすと……。


 え!?


「新品のスマホだ!!」


「ふふふーーん。あんたのは子供用だったからね」


 容量すごっ!


「二百ギガもあるじゃん!!」


「でしょでしょぉ!」


 これならゲームを一杯ダウンロードできるぞ!

 へへへ。やったーー!


「ふふふ。動画を撮るんだったらさ。あんたの二ギガじゃとても保存できないもんね」


「あ……」


 そ、そうだった。

 僕は配信者を諦めるんだった!

 で、でも……。


「こ、これ……。た、高かったよね?」


「そうなのよぉ。もうめちゃくちゃ高かったのよねぇ〜〜。家の家電じゃ一番になっちゃったわよぉ」


 えええええええええええええ!

 高いスマホを、お母さんに買わせてしまったぁあああああああ!!

 

 

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