第7話 競り市
「休みだぁー!」
本日は、
誰に聞かせるためでもなく、自分自身に気合いを入れる言葉であった。
休むのに気合いとは、変な話だが、あまりのんびりも出来ない理由がある。
楽練のいる、
これはしんどかった。
なので前もって計画し、一度で用を済ませるよう行動するつもりだ。
だから休みの日といえども、だらけてはいられない。
小さな丸鏡で化粧をする。
楽練は普段こんなことはしない。
これは彼女に限った事ではなく、炊事場は汗水流す環境であり、だれも化粧などしないのだ。
──肉のせいかな?
以前より化粧のノリが良くなった気がして、楽練は
実際ここでの食生活は充実していた。
普通、庶民が肉を食べるのは週に一度か二度だったが、
「こんな所、他にはないよ」
同僚たちも口をそろえて言う。
貧乏くじではないと顔勝は言っていたが、それどころか大当たりだろうと楽練は思っていた。
──まぁそれでも、町は遠いわ。
いたしかたない。
休日扱いとなっている者にも、朝夕の食事は出される。昼は用意はされないが、余り物をもらうことはできた。
楽練も、いつも通り朝食をとりに来た。
「なんだい。化粧なんてして、気持ち悪い」
婦長が楽練を見つけて言う。
「言葉は選んで頂きたいです。私だって傷つきますよ──」
何食わぬ顔で言う楽練。
「アンタがそんな玉かい?」
「大根より太い神経してるくせに。今だってどこ吹く風じゃないか」
演習後の食事会の一件以来、婦長は事あるごとに、この言い回しを楽練にしていた。
「私はカイワレのように繊細です」
楽練が返すと。
「そういうとこだよ!」
と、即座に婦長が突っ込みを入れ、周囲に笑いが起きた。
部屋に戻り準備を整えると、楽練は裏玄関から外へ出た。
「裏」となってはいるが、実際のところメインで使われているのは此方であった。表の玄関は、ほとんど来客用といった感じだ。
──血なまぐさい。
昨日は例によって、魔獣が運び込まれていた。
一夜明けても、余韻は残っていた。
丁度、野菜類を納品に来た車があった。
楽練は交渉し、荷下ろしを手伝って、町まで乗せてもらえる事になった。
業者の男は、内心さほど期待していなかったため──。楽練の
「なんでそんなに力持ちなんだい」
男の素朴な疑問に。
「肉の力だと思います」
楽練は、脳筋キャラみたいな返答をし、男は困惑した表情を浮かべていた。
獣車のお陰で予定よりかなり早く町に着いた。
楽練が回りたい所は、まだ開いていない時間だったので、特に用はなかったが市場の方に足を向けてみた。
すると、すぐに
最初は、こういうものかと思った楽練であったが、周囲の人々の反応から、平常でない事態だと理解した。
──何かトラブルかしら。
楽練はよそで時間を潰そうと思ったが、遠目に見知った顔があった。
楽練が人だかりに近づくと、そこは
どうやら解体前の魔獣の競りが行われていたようだが、中断している。
「領内の業者を優先する
「しかしそれは努力義務のはずだ」
「ですから、配慮をお願い致しております」
身分のありそうな男と、その取り巻きに対して、文良が食い下がっている。
楽練が察するに、男達が魔獣を買い占めようとして、文良が止めようとしているようだ。
しかしながら、
「わかった、わかった──」
「そこまで言うなら、我々は次、入札しない。しかし、既に競り値をつけた物は落札させてもらう」
男の提案に、文良はしばし考えたが、それを受け入れた。
落札の手続きが終わると、男は周りを見渡して──。
「諸君、ずいぶん待たせたようで済まない」
と切り出し。
「我々、
そう
「なっ──!」
文良が血相を変える。
男の狙いは明白であった。
その後、それぞれ三頭の魔獣の入札が開始されたが、領内の業者による入れ札はなかった。
規定に基づき、領外の業者を入れた再入札が行われ、三頭とも男側の業者が落札した。
──茶番じゃない。
侯爵家の名前を出し、その威を振りかざして入札できなくさせて、買い占める。
楽練のみならず、この場にいた全員がそれを理解した。
全ての手続きが終了し、魔獣が運び出されていく。
文良が、ぎゅっと拳を握っている。
楽練はそれを見て、黙って立ち去る気にはなれなかった。
「お疲れ様です」
努めて自然に声を掛けた。
「あら。楽練さん──」
文良は驚いたようだったが、すぐに弱く笑って。
「もしかして、見てた?」
「ええ。まぁ、途中からですけど──」
楽練が答えると、文良は諦めたように大きく息を吐いてから、気分を改めるように頷いた。
「恥ずかしいとこ見せちゃった。相手が侯爵家じゃ、しょうがないわ」
そう言って、楽練の耳元に顔を近づけて──。
「ほんと貴族って、なんであんなに嫌な奴らなのかしら」
少し楽しげな音で聞こえてきた。
「旦那もお嬢も、お貴族様ですよ」
「顔勝様達は特別よ」
「はい。旦那はイイ男です」
「まぁ!」
文良が少々大げさに言うと、二人は息を合わせたように笑い出した。
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