第7話 競り市

「休みだぁー!」

 本日は、楽練ガクレンの休日となっている。

 誰に聞かせるためでもなく、自分自身に気合いを入れる言葉であった。


 休むのに気合いとは、変な話だが、あまりのんびりも出来ない理由がある。


 楽練のいる、顔勝ガンショウの屋敷から町まで歩くと、片道二時間以上かかる。ちょっと買い物して戻ってくるだけで、五~六時間は見積もっておかなければならない。

 これはしんどかった。

 なので前もって計画し、一度で用を済ませるよう行動するつもりだ。

 だから休みの日といえども、だらけてはいられない。



 小さな丸鏡で化粧をする。

 楽練は普段こんなことはしない。

 これは彼女に限った事ではなく、炊事場は汗水流す環境であり、だれも化粧などしないのだ。


──肉のせいかな?

 以前より化粧のノリが良くなった気がして、楽練は臆断おくだんした。

 実際ここでの食生活は充実していた。

 普通、庶民が肉を食べるのは週に一度か二度だったが、ガン家ではほぼ毎日だ。出ない日は、肉ばかりでは飽きるだろうと、魚が用意されてる。


「こんな所、他にはないよ」

 同僚たちも口をそろえて言う。

 貧乏くじではないと顔勝は言っていたが、それどころか大当たりだろうと楽練は思っていた。

──まぁそれでも、町は遠いわ。

 いたしかたない。



 休日扱いとなっている者にも、朝夕の食事は出される。昼は用意はされないが、余り物をもらうことはできた。


 楽練も、いつも通り朝食をとりに来た。

「なんだい。化粧なんてして、気持ち悪い」

 婦長が楽練を見つけて言う。

「言葉は選んで頂きたいです。私だって傷つきますよ──」

 何食わぬ顔で言う楽練。

「アンタがそんな玉かい?」

「大根より太い神経してるくせに。今だってどこ吹く風じゃないか」

 演習後の食事会の一件以来、婦長は事あるごとに、この言い回しを楽練にしていた。

「私はカイワレのように繊細です」

 楽練が返すと。

「そういうとこだよ!」

 と、即座に婦長が突っ込みを入れ、周囲に笑いが起きた。



 部屋に戻り準備を整えると、楽練は裏玄関から外へ出た。

「裏」となってはいるが、実際のところメインで使われているのは此方であった。表の玄関は、ほとんど来客用といった感じだ。


──血なまぐさい。

 昨日は例によって、魔獣が運び込まれていた。

 一夜明けても、余韻は残っていた。


 丁度、野菜類を納品に来た車があった。

 楽練は交渉し、荷下ろしを手伝って、町まで乗せてもらえる事になった。

 業者の男は、内心さほど期待していなかったため──。楽練の膂力りょりょくを見て、大いに驚いた。

「なんでそんなに力持ちなんだい」

 男の素朴な疑問に。

「肉の力だと思います」

 楽練は、脳筋キャラみたいな返答をし、男は困惑した表情を浮かべていた。



 獣車のお陰で予定よりかなり早く町に着いた。

 楽練が回りたい所は、まだ開いていない時間だったので、特に用はなかったが市場の方に足を向けてみた。

 すると、すぐに喧喧けんけんたる空気が伝わってきた。


 最初は、こういうものかと思った楽練であったが、周囲の人々の反応から、平常でない事態だと理解した。

──何かトラブルかしら。 

 楽練はよそで時間を潰そうと思ったが、遠目に見知った顔があった。


 楽練が人だかりに近づくと、そこはり売りの会場だった。

 どうやら解体前の魔獣の競りが行われていたようだが、中断している。

「領内の業者を優先するむねは、国典にも記されております」

 文良ブンリョウの言葉だ。

「しかしそれは努力義務のはずだ」

「ですから、配慮をお願い致しております」

 身分のありそうな男と、その取り巻きに対して、文良が食い下がっている。


 楽練が察するに、男達が魔獣を買い占めようとして、文良が止めようとしているようだ。

 しかしながら、は文良に不利にみえた。


「わかった、わかった──」

「そこまで言うなら、我々は次、入札しない。しかし、既に競り値をつけた物は落札させてもらう」

 男の提案に、文良はしばし考えたが、それを受け入れた。



 落札の手続きが終わると、男は周りを見渡して──。

「諸君、ずいぶん待たせたようで済まない」

 と切り出し。

「我々、ソン侯爵家としては残り三頭も欲しいところではあるが、君たちに配慮して次の入札は辞退させてもらう。もし入札できたならば、是非とも孫家に対して感謝を感じて欲しい」

 そう高高たかだかと言い放った。


「なっ──!」

 文良が血相を変える。

 男の狙いは明白であった。


 その後、それぞれ三頭の魔獣の入札が開始されたが、領内の業者による入れ札はなかった。

 規定に基づき、領外の業者を入れた再入札が行われ、三頭とも男側の業者が落札した。

──茶番じゃない。

 侯爵家の名前を出し、その威を振りかざして入札できなくさせて、買い占める。

 楽練のみならず、この場にいた全員がそれを理解した。



 全ての手続きが終了し、魔獣が運び出されていく。


 文良が、ぎゅっと拳を握っている。

 楽練はそれを見て、黙って立ち去る気にはなれなかった。

「お疲れ様です」

 努めて自然に声を掛けた。

「あら。楽練さん──」

 文良は驚いたようだったが、すぐに弱く笑って。

「もしかして、見てた?」

「ええ。まぁ、途中からですけど──」

 楽練が答えると、文良は諦めたように大きく息を吐いてから、気分を改めるように頷いた。

「恥ずかしいとこ見せちゃった。相手が侯爵家じゃ、しょうがないわ」

 そう言って、楽練の耳元に顔を近づけて──。

「ほんと貴族って、なんであんなに嫌な奴らなのかしら」

 少し楽しげな音で聞こえてきた。

「旦那もお嬢も、お貴族様ですよ」

「顔勝様達は特別よ」

「はい。旦那はイイ男です」

「まぁ!」

 文良が少々大げさに言うと、二人は息を合わせたように笑い出した。

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