第4話 馬場
昼の片付けも終わり、休憩がてらに散歩する。
むしろ、大きさの割に動きが機敏なので、それを少し怖いと感じていた。
それでも、遠くから見る分には、割と良いものだった。
「またサボってんの?」
後ろから声が来る。
「サボってねーし、休憩中だ」
楽練が
気の合う合わない以前に、まだまだよく知らない者が多い中で、文翠は知った方のひとりだった。
緑色の瞳だから
「暇ならアタシたちと馬屋に行こうよ」
「暇じゃねーし、休憩して──」
──アタシ、たち?
誰か居るのかと振り返ると、ニヤニヤした文翠の横に
──こいつ・・
文翠は、楽練のリアクションを楽しむつもりらしい。
楽練としては、ちょっとびっくりしてしまい、しゃくなので、文翠の頭をチョップすることにした。
文翠はそれでも尚、気持ち悪い笑顔をやめず。
楽練は連続してトントン叩き続けた。
「楽練、それくらいで勘弁してやってくれ──。それ以上悪くなっても困る」
見かねた顔麗が穏やかに止めに入る。
「そんな、
ガーンと言わんばかりに、文翠が声を上げる。
──言うね、お
顔麗の、思いのほか
「お嬢がそうおっしゃるなら、仕方ありません──」
「でも、もう、どん底みたいだから、かえって良い刺激になるかも知れませんよ」
と、投げ返してみる。
「そうか──。ならば適度に頼む」
すました顔で、顔麗もノリがいい。
文翠はひとりで「なんでですかぁ~」とわめいている。
完全にリアクションする側に転身していた。
「それで、だ」
顔麗が楽練を見据えて言う。
「私も愛馬を自慢したいのだが──、一緒にくるか?」
──はい。お姉様。
と、思わず声に出そうになるが──。
──あっ、こっちのが年上だ・・
と、不可逆的事実にて楽練は平常心を
「はい。拝見させて頂きます」
楽練が賛同したので、馬屋に向け歩き出す三人。
「アタシの馬も自慢したいんだけど」
「お前のはいいよ」
「なんでよぉ」
文翠が
顔麗も笑顔を見せた。
このやりとりに、楽練は満足していた。
顔麗達が向かったのは、小さい方の建物だった。
馬が三頭いる。
黒い毛並みに
明るい栗毛は文翠の馬。こちらは顔麗のより、気持ち細身に見える。
そして奥の大きめの柵の中で座り込んでいる一頭。全体的に黒いが、ところどころ赤い毛が生えている。光の加減なのか、それが血を流しているようにも見えた。
楽練は馬のことなど知らん。
が、先程まで眺めていた馬とは違うということは分かった。
「お嬢、これって特別な馬ですか?」
「ああ──、
──へぇ~、そんなことが出来るんだ。
感心する一方、庶民の
「貴重なものみたいですね」
お高いんでしょう?的なやつである。
「そうだな──、本来は希少なものだ。
禁軍とは、国王直属の王家の軍ということだ。
それが三頭居る。
貧乏子爵とは何なのか?
楽練の心中を推し量ったのか、先回りするように──。
「騎獣はあと二頭いるぞ」
と顔麗。
「この子らは、まだ若いからな。母親のそばに居させてやっている」
それでは奥の一頭が母馬か──。
──あれ?
「騎獣の子も、騎獣になるのですか?」
楽練がそう言うと、顔麗は少し
「存外鋭いな。察しのとおり騎獣の子は騎獣にはならん、普通の馬だ」
そうでなければ数が少なすぎる。
普通に増えるのならば、軍馬の全てを置き換えておかしくはない。
顔麗は奥の柵の前まできて──。
「あれは父上の馬だが、実のところ──。魔獣だ」
「あまり目立たないが目の色が違う。しかし、馬甲を付けてしまえば影になって、それも分からない。
顔勝が人外境まで踏み込んで魔獣討伐していたときに出会ったそうで。それは自身の子とみられる
周囲に他の魔獣の残骸があったことから、子を守ってずっとそうしていたと思われた。
そして顔勝の事も排除しようとしたのだが、彼はそれをねじ伏せ、捕らえた。
顔勝は配下に穴を掘らせ、子の遺体を埋めた。
それを見た後は、もう暴れることはなかったらしい。
──魔獣をねじ伏せるとか、旦那ハンパねーな。
楽練は、顔勝の武勇に感心しつつも、馬が座り込んでいるのが気になっていた。
「元気ありませんね」
「ああ──。かつては父上以外には、誰彼かまわず威嚇してきたが──」
「そういう姿を見せなくなって久しい」
──魔獣の餌って何だろう?
気になった楽練は柵に近づいて見てみたが、ごく普通の
そのとき、ゾワリとした感覚がきた。
せつな、まるで同じく何かを感じたかのように、顔勝の馬が起き上がった。そして、楽練の方にゆっくりと近づいてきた。
──確かに、よく見ると目が違う。
馬は楽練に顔を近づけてくる。
「気をつけろ」
顔麗がいう。もっともな事だ。
楽練も危険を認識してはいたが、それ以上に確信に近い何かを感じていた。
そして馬の額に手を置くと──。
《 せえクリっとフィンガー 》
楽練は技を放った。
弱くかけるつもりだったのだが、引き込まれるように、いつの間にか全力を出していた。
手応えはあまりない。
これは男に使ったときと似ていた。
馬も、特に何かを感じた様子は見受けられなかった。
しかし、次第にそわそわとし始め、やがてぐるぐると柵の中を駆け回り出した。
「これは──、どうしたことか?」
顔麗も驚いている。
「麗様、外に出たがっているようです。このままだと柵を壊しかねません」
文翠がそう指摘し、柵を開ける事になった。
馬は柵が開くと、一目散に牧に向かって走り出した。
そして、その姿に触発されたか、顔麗と文翠の馬も外に出たがりだした。
「こうなっては仕方がない──。少し我らも駆けよう」
顔麗達は急ぎ
二頭の騎獣が母に負けじと走る。
顔勝の馬も、先程までが嘘のように元気に見える。
──文翠の方が速いじゃん。
楽練の予想とは違い、顔麗の馬は若干遅れ気味だった。
文翠のくせに生意気だと思った。
──そろそろ戻らないと。二人は、ほっといてもイイか・・
楽練は、このまま帰るつもりだ。
だが戻る前に、少々気になったので、あれを試してみる事にした。
《 せえクリっとフィンガー 》
──ングッ!?!!!
「んあぁ──!」
強い性感だった。楽練は自分自身に使った技で
さっき使ったときは、何か別の感じだったものだから──。それと同じように出来ると思ってやってみたが、全然だった。
あれは何だったのだろうか?
顔麗達が馬上で爽やかな汗を流しているとき──、楽練はひとりプルプルと震えていた。
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