第3話 子爵領

 ジョウ国の最南端にガン子爵領がある。

 楽練ガクレンは地理に明るい訳ではないので知らぬ事だが、浄国だけではなく、人の住む土地で最も南に位置する場所であった。

 そこまで獣車ジュウシャを乗り継ぎ、刑務所よりはマシ程度の安宿に泊まりながら、はるばる4日掛けてやってきた。


 楽練の考えていた以上に遠く。若干、心が折れそうになっていたが──。

──ここまで来たら、絶対に旅費を立て替えてもらわないと。

 と、たくましく思考を切り替えた。



 ド田舎だけあって、町は決して栄えているという程ではなかったが、活気はあった。

 楽練が住み込みで働く事になっている屋敷は、ここから更に南にいった所だという。

 場所を尋ねた人が言うには、近くに村があって、そこから来て帰る人がいるから、その人達の車に乗せてもらうといいと教えてくれた。

 アドバイスに従い、牛引きの荷車と交渉し格安で村まで乗せてもらった。


 余談だが、牛馬が引く車は牛車、馬車といい、それ以外は獣車と呼ばれる。楽練が乗り継いできたのはサイという獣の引く車で、主に重量のある運搬に使われる。外見は大きなアルマジロである。



 村から一時間ほど歩いて、ようやく目的地が見えてきた。

「よそじゃ貧乏子爵とか言われてるらしいね」

 村まで乗せてくれたおじさんが、そう教えてくれた。

 理由わけを聞いたら、税をほとんど取ってないそうだ。


 なんでも、この地域は元々南晋ナンシン国の直轄地だったらしく──。

 十数年前に起きた南連ナンレン北連ホクレンの戦いで、今の領主が敵の総大将を討ち取り。

 それを南連の盟主である先の南晋王が、たいそう感心して褒美として与えたそうだ。

 実質的に南晋国から浄国に、この地域が譲渡じょうとされた事になるのだが、それを面白く思わない者達は南晋にも浄にもいるようで。

 領主は、波風を立てぬようつつましやかに生活してるのではないか?というのが話者おじさんの見解であった。


──実際、のどか~だし・・

 田舎育ちの楽練から見ても、ここは自然あふれる土地であった。

 理由はいざ知らず、お金がないのは本当の事に思えた。


 ちなみに楽練の知識では、南連は南の国々の集まりで、北連はその逆、程度の認識だった。だから盟主とか言われてもピンとこなかったが、そこは「なるほどね」という表情で切り抜けた。




 子爵の屋敷というから豪奢ごうしゃなそれを想像していた楽練だったが、今居るのは砦か要塞のような無骨な建物だった。


「ここがアンタの部屋だよ、着替えたら皆に紹介するから──」

 炊事場を取り仕切る炊婦長に部屋を案内された。

 彼女は普段「婦長」呼ばれてるらしく、そう呼べと言われた。


 スペースは極小だが、家具もあり、ベッドもわりとイイ感じのものだった。

──まぁ、独房基準で考えるのも変なんだけど・・


「とりあえず今日は見てて、流れを覚えな」

 紹介もそこそこに炊事場のすみで見学が始まった。


 楽練とて、全くの素人ではない。

 食堂で働いていたときは調理も給仕もやった。刑務所では、大鍋を使って一気に大量に作る事をやった。

 だから、軽く見てるだけでも何をやっているか、どういう段取りなのか、この後どうするのかは、大体理解できた。

──これならいけそう。

 新天地、新生活に対する不安は減衰げんすいし、明るさが見えてきた気がした。



 しばらく見ているうちに、楽練は異様に気付いた。

 メインがないのだ。

 料理の構成的に、肉か魚のメインがあって成立する組み合わせなのに──。その肝心な肉も魚も全然用意されていない。

──忘れてる?

 わけは無いだろう。

──もしかして、これが貧乏って事!?

 これはあり得るかも知れないと想像し、心中穏やかではなくなっていたところ。

 にわかに外が騒がしくなった。


「お帰りになったようだね、準備するよ」

 婦長はそう言うと──。

「楽練、アンタは私と来な」

 と、急に忙しくなった炊事場をよそに出て行く。

 慌てて楽練があとを追うと──。

「旦那様に紹介するから、するんだよ」

 そう歩きながら言う。

 歩くのが速い。



 楽練は婦長と裏玄関奥で待機していた。

 入り口付近にはメイドが数名待機している。


 そこに黒い皮鎧をまとった男が入ってくる。

 何かの毛皮であろうか、フサフサとしたマントのようなものを羽織っている。


 メイド達が頭を下げ挨拶をしてから、手慣れた手つきでフサフサマントを外し、受け取る。

 男の後ろ髪がってあるのがわかる。

 彼はそのまま奥に歩いて行く。


 楽練は婦長に引かれて男の所まで行って、頭を下げる。

「お帰りなさいませ」

 婦長にしては、ゆったりとしたリズムで挨拶がされる。

「おう!」

 返す男の声は、楽練には思いの外明るく聞こえた。


「これは、今日からくりやに入ります、楽練に御座います」

 婦長がそう言って、楽練に挨拶をうながす。

「楽練です。よろしくお願いします」

「おう。俺は顔勝ガンショウってもんだ、よろしくな!」

 顔勝は柔らかくも真っ直ぐな目を向けて続ける──。

「どこから来た?」

朱糸シュシの街からです」

「大都会じゃねーか! だと、さぞガッカリしただろう・・なんにもねーからなぁ」

 顔勝は興奮したふうに言ったかと思うと、同情する声と表情で語りかけた。

「いえ──」


 肯定すべきか否定すべきか──。

 自分も故郷は田舎なのだから、それを伝えるべきか──。


 楽練がリアクションにきゅうしていると──。

「だがよ、必ずしも貧乏くじってわけでもねーぜ。ここは肉だけは、たんまりあるからよ──。料理すんのも食うのも、甲斐はあると思うぜ」

 顔勝は楽しげに言ってニッと歯を見せると、颯爽さっそうと屋敷の奥へと立ち去った。



「どうだい?」

 婦長がたずねる。顔勝のことだろう。

 彼女も彼の余韻にひたっていた。

「野性味の中にも、どこか品があって、イイ男ですね」

 楽練が率直な感想を言うと──。

 バンッ!と婦長に尻を叩かれた。

「わかってると思うけど、旦那様に変な色目使うんじゃないよ」

 そう釘をさして、玄関の外に楽練を連れ出した。



 楽練は表の光景に圧倒された。

 いくつもの荷車に死んだ魔獣がと乗せられていた。

 既に血を抜いた後のようだ。

 それを男達が次々に解体していく。更に血を抜くためだろうか──、分けられた物に布を巻いていく。


 それら雑踏ざっとうの中で一際ひときわ目立つ一人。

 白い皮鎧に、うっすら青くも見える白いフサフサの毛皮。

 ゆったりとしたクセのある金色の髪を、高めに結った女。歳は十六~十七じゅうろくしちに見える。


「あれがお嬢様。顔麗ガンレイ様だよ」

 そう言った婦長の言葉に反応することも忘れ──。

 楽練はただ、その美麗びれいを見続けていた。

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