第3話 子爵領
そこまで
楽練の考えていた以上に遠く。若干、心が折れそうになっていたが──。
──ここまで来たら、絶対に旅費を立て替えてもらわないと。
と、たくましく思考を切り替えた。
ド田舎だけあって、町は決して栄えているという程ではなかったが、活気はあった。
楽練が住み込みで働く事になっている屋敷は、ここから更に南にいった所だという。
場所を尋ねた人が言うには、近くに村があって、そこから来て帰る人がいるから、その人達の車に乗せてもらうといいと教えてくれた。
アドバイスに従い、牛引きの荷車と交渉し格安で村まで乗せてもらった。
余談だが、牛馬が引く車は牛車、馬車といい、それ以外は獣車と呼ばれる。楽練が乗り継いできたのはサイという獣の引く車で、主に重量のある運搬に使われる。外見は大きなアルマジロである。
村から一時間ほど歩いて、ようやく目的地が見えてきた。
「よそじゃ貧乏子爵とか言われてるらしいね」
村まで乗せてくれたおじさんが、そう教えてくれた。
なんでも、この地域は元々
十数年前に起きた
それを南連の盟主である先の南晋王が、たいそう感心して褒美として与えたそうだ。
実質的に南晋国から浄国に、この地域が
領主は、波風を立てぬよう
──実際、のどか~だし・・
田舎育ちの楽練から見ても、ここは自然あふれる土地であった。
理由はいざ知らず、お金がないのは本当の事に思えた。
ちなみに楽練の知識では、南連は南の国々の集まりで、北連はその逆、程度の認識だった。だから盟主とか言われてもピンとこなかったが、そこは「なるほどね」という表情で切り抜けた。
子爵の屋敷というから
「ここがアンタの部屋だよ、着替えたら皆に紹介するから──」
炊事場を取り仕切る炊婦長に部屋を案内された。
彼女は普段「婦長」呼ばれてるらしく、そう呼べと言われた。
スペースは極小だが、家具もあり、ベッドもわりとイイ感じのものだった。
──まぁ、独房基準で考えるのも変なんだけど・・
「とりあえず今日は見てて、流れを覚えな」
紹介もそこそこに炊事場の
楽練とて、全くの素人ではない。
食堂で働いていたときは調理も給仕もやった。刑務所では、大鍋を使って一気に大量に作る事をやった。
だから、軽く見てるだけでも何をやっているか、どういう段取りなのか、この後どうするのかは、大体理解できた。
──これならいけそう。
新天地、新生活に対する不安は
しばらく見ているうちに、楽練は異様に気付いた。
メインがないのだ。
料理の構成的に、肉か魚のメインがあって成立する組み合わせなのに──。その肝心な肉も魚も全然用意されていない。
──忘れてる?
わけは無いだろう。
──もしかして、これが貧乏って事!?
これはあり得るかも知れないと想像し、心中穏やかではなくなっていたところ。
にわかに外が騒がしくなった。
「お帰りになったようだね、準備するよ」
婦長はそう言うと──。
「楽練、アンタは私と来な」
と、急に忙しくなった炊事場をよそに出て行く。
慌てて楽練があとを追うと──。
「旦那様に紹介するから、しゃんとするんだよ」
そう歩きながら言う。
歩くのが速い。
楽練は婦長と裏玄関奥で待機していた。
入り口付近にはメイドが数名待機している。
そこに黒い皮鎧を
何かの毛皮であろうか、フサフサとしたマントのようなものを羽織っている。
メイド達が頭を下げ挨拶をしてから、手慣れた手つきでフサフサマントを外し、受け取る。
男の後ろ髪が
彼はそのまま奥に歩いて行く。
楽練は婦長に引かれて男の所まで行って、頭を下げる。
「お帰りなさいませ」
婦長にしては、ゆったりとしたリズムで挨拶がされる。
「おう!」
返す男の声は、楽練には思いの外明るく聞こえた。
「これは、今日から
婦長がそう言って、楽練に挨拶を
「楽練です。よろしくお願いします」
「おう。俺は
顔勝は柔らかくも真っ直ぐな目を向けて続ける──。
「どこから来た?」
「
「大都会じゃねーか! だと、さぞガッカリしただろう・・なんにもねーからなぁ」
顔勝は興奮した
「いえ──」
肯定すべきか否定すべきか──。
自分も故郷は田舎なのだから、それを伝えるべきか──。
楽練がリアクションに
「だがよ、必ずしも貧乏くじってわけでもねーぜ。ここは肉だけは、たんまりあるからよ──。料理すんのも食うのも、甲斐はあると思うぜ」
顔勝は楽しげに言ってニッと歯を見せると、
「どうだい?」
婦長がたずねる。顔勝のことだろう。
彼女も彼の余韻に
「野性味の中にも、どこか品があって、イイ男ですね」
楽練が率直な感想を言うと──。
バンッ!と婦長に尻を叩かれた。
「わかってると思うけど、旦那様に変な色目使うんじゃないよ」
そう釘をさして、玄関の外に楽練を連れ出した。
楽練は表の光景に圧倒された。
いくつもの荷車に死んだ魔獣がこれでもかと乗せられていた。
既に血を抜いた後のようだ。
それを男達が次々に解体していく。更に血を抜くためだろうか──、分けられた物に布を巻いていく。
それら
白い皮鎧に、うっすら青くも見える白いフサフサの毛皮。
ゆったりとしたクセのある金色の髪を、高めに結った女。歳は
「あれがお嬢様。
そう言った婦長の言葉に反応することも忘れ──。
楽練はただ、その
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