第2話 命数値

「本当にコレでいいの? あとになって『やっぱりやめます』とか言われても困るんだけど──」

「大丈夫です。それでお願いします」

 刑期の終わりまで残り一週間。

 楽練ガクレンは出所後の職業斡旋あっせんの手続きをしていた。

 担当官が念押ししたのは、楽練の選んだ求人が南辺ナンペンと呼ばれる、人外境じんがいきょうとのさかいにある地域からの物だったからで、要するにド田舎行きなのだ。


「遠くに行ってやり直したいんです」

 それは本当だった。

 街には男がいる──が、楽練が逮捕され刑務所に入って四ヶ月、ついぞ会いに来る事はなかった──。

 前世の影響もあるかも知れないが、自分のことを何とも考えてないだろう男と、これ以上関わり合いになりたくはなかった。

 故郷に帰る事も考えたが、売春婦がどの面下げて──、という気持ちがある。




 自由時間、楽練はいつものように独りで過ごす。

 三日目に起きた事件で五日間医療棟に入った。その後戻ってくると例の女はおらず、看守の話では別の所に移ったそうだ。


「ブチ切れて穴から手を突っ込んで内蔵を握りつぶした。頭が割れても平気──」


 勇気ある何人かが楽練に話しかけ、そのような噂がある事を教えてくれた。

 当時は全員敵ぐらいに思っていたため、積極的に話しかけてくれた者達にも排他的オーラを出しまくって、そのせいか誰も楽練に寄りつかなくなった。

 彼女たちには正直わるいことしたと思っている。



 目をつぶり意識を心の奥底へ持っていくと見えてくるものがある。

──命数値めいすうち

 世間でそう呼ばれるそれは、魔力に覚醒した者が見ることができる自己認識の境地だ。


 魔力は一部の者しか覚醒せず、そのほとんどは親が魔力を持ってるパターンで、大概は爵位持ちと、その関係者である。

 それは現在の十一ヵ国になるにあたって──、またはその前にあった戦乱で武功をあげた者の末裔まつえいという事であり、戦いの力を受け継いでいる証でもあった。


 実は楽練が子供ときにも戦はあったのだが、彼女の国とは直接関係がないのでよく知らなかった。


 魔力の別の例としては、高齢になると目覚めるというのがある。

 六十歳とか七十歳ぐらいになって覚醒するのだが、何がきっかけになってるかはよく分かっていない。

 また、そこから子供を作った話もないので、遺伝するかもわからない。


 なんにせよ──。

 楽練はあの事件をきっかけに、魔力に目覚めた。



【字】性女

【文】転セイ

【技】せえクリっとフィンガー

【術】──



 字はアザナで、文はアヤという事は知っていた。だが、それだけだ。

 技は、あのとき無意識に使ったやつだ。 


 アヤは前世があるからだろう。これは別にいい。

 アザナは売春婦だった事が影響しているのだろうか──。少々不本意ではあるが、まぁ、いいとしよう。


 問題なのは技だ。

 楽練が聞いた話では、技には岩をも斬り付ける剣技だとかがあるそうだが──。彼女のは、そういうものとは毛色が違うようだった。

 アザナと関係があるのだろうか。

──なんなの、これ・・

 というのが最初の感想で、それは今も変わっていない。



 楽練は医療棟にいる間はずっとベッドに寝かされていた。

 そのとき命数値の存在に気付き、自身の技の存在も認識した。

 その時点で、なんとなく分かっていたのだが──、ものは試しと自分に技を使ってみた。


《 せえクリっとフィンガー 》


──グゥ?!?!?!!!!!!!!!!!!

 かる~くやったつもりだったが、悶絶するかと思えるほど強烈な刺激だった。

 股の間に尿瓶が置いてあったから事なきを得たが、無ければ洗濯屋の仕事を増やすところであった。


 一言で言えば性感である。

 それは性感帯は勿論、神経の多い場所にも強烈に作用するものだった。

 初めて使ったときは、たぶん全力だった。

 だからその刺激は、もはや快感などではなく、きっと激痛に近いものだったのではないかと、楽練は想像した。

──何かの皮肉か、教訓か?

 過ぐればあだとなるだろうか。

 また、失神させた、あののある女には、多少の同情をもった。


 医療棟の看護師たちは大半が男だった。

 暴れたりするのを抑えるためと、楽練は解釈した。

 接触する機会があったので、それとなく技を使ってみたが、特にどうともならなかった。

 医者は女だったが、ちょっとエラそうな感じで嫌な印象を持った。

 同時に、彼女に技を使って、イケメン看護師の前で痴態をさらさせてやろうか、という歪んだ感情がもたげてきた。

 そんな自分自身の性情せいじょうの変化は、楽練を陰鬱いんうつとさせた。


 ちなみに、当初は全治三週間の予定だったが、楽練の回復が早く五日で出てきた事で『頭が割れても平気』という話が生まれた。



 かくのごとく楽練は内側に抱える問題と、狂犬扱いされる事による孤独でストレスを溜めた。

 これも前世の影響を受けてるやも知れぬが、溜まったものの解消のため、楽練はしばしば自分に技を弱く掛けて自身を慰めた。

 幸い独房であったため、誰かに気付かれることはなかったが──。ズボンを濡らす訳にもいかず、顔や手ふきに使う用のタオルを股に挟んで行為に及んだ。


 ここで話は職業斡旋に戻る。

 ド田舎の仕事を選んだ理由の一つは、言葉にしたとおり遠くに行く事だが、実は他にも選択肢があった。

 楽練の希望は、炊事仕事で住み込みのものだったが、ド田舎だけがその中でも「一人部屋」だったのだ。

 つまり、夜にいつでも自家発電にふけれるようにという算段で選んだ訳だ。



 楽練の自覚の有無はさておき──。

 彼女の行動にもアザナが影響しているかのようであった。

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