第9話 初めて本気で海水浴を楽しもう!

やったー!女の子だー!

ワンピースを短くしたような上着に、ハーフパンツ。

「きゃーっ!!」

わたし、カナデ様はとにかくはしゃいでいた。

白くてつぶつぶしているけれど足裏に心地いい新しい感触の砂浜!日本やテレビで見る海とは違う、なんと薄紫がかった、幻想的な、海!

しかも移動するとだんだんと青や緑色に淡く色変わりしていく。一体この世界にはどんなプランクトンがいるのだろう。これはハート型のピンクの湖とか海とかも期待していい。

「海水浴!いっきまーす!!」

きつい日差しにちょうどいい温度の、ちょっとぬるめの水から地平線に進むにつれて冷たくなって服を濡らしていく海水の、なんだか、生まれて初めて感じる禁断の感情。

「これが、女の子の!海水浴!」

よくわからないだろう感想を自分だけが叫ぶ。

だってここは。ここには。

「カナデ様、お願いですから、お願いですから溺れないでくださいましね?このジャンヌ、恥ずかしくも泳げませんっ」

「だいじょうぶ!わたしが転生?異世界?で泳げたから!子供の時だけど……」

大人になるにつれて水着、着られなくなったなあ。体育休んでもいいって先生も言ってくれたなあー。

じゃなくて!

「アキラも泳ごうよー?水泳部の華麗なクロール見せてー!」

水音を心と共に弾ませながら。

木陰のシート上にピクニック用品と一緒に並ぶ、男性。表情は優れず、座り込んでいる。

ジャンヌがアキラの元へと海水に恐る恐る、体に波を感じながら向かい。声をかける。

「アキラ様もどうか、その、海水、よくとやらを。私の予知には楽しくも危険なものと察せられますが、浅瀬なら問題ないかと」

「いや、いい」

「そうですか。では、持参したリンゴや果実をどうぞ。レモネードもありますので。私の予知では、人間はこの先暑くなるだけで体調を崩します」

「それ、日射病や熱中症っていうんだ」

「病?症?やまいの一種なのですね。やはり。さあ、レモネードです。ここは三人しかいないのですからどうか、そんな縮こまらず、お寛ぎを」

輪切りのレモンとしゅわしゅわとした特製の澄んだ炭酸水で割った、蜂蜜入りレモネード。ミネラルバッチリなようだが塩分が足りないかもしれない、とアキラは考えて、ここの世界の気候ならまだまだそこまでの心配入らないかな、と日差しの照りつけの割には涼しさも運んでくる海風を感じていた。

その身体ゆえに成長と共に、カナデは海水浴だとかプール開きを楽しめなくなっていったが、あの変わりよう!日焼け止めもないのによくこの世界であんなに順応できる。対してアキラは、初めての男性の体にパーカーを分厚くしてごわつかせたような簡易な上着を羽織っていた。下には、ワイシャツ。

この世界にも短パンはあったので下はそれを。着替える時に抵抗があったのだが、今までこの世界で生きてきた経験もあってアキラでありつつ、カナデの体に、特に違和感なく着替えを済ませた自分がいる。

カナデは腰より深い場所に行くのが怖いのか安全圏で戻ったり進んだりをしてバタ足をして楽しんでいる。水泳部のアキラとしては怪しい薄紫色の神秘の海には、ちょっと抵抗がある。塩素の匂いと二十五メートルの、ラインの引かれたプールが懐かしい。というか恋しい。すると、ジャンヌがなにかびくついたように、手にしていた小さめのパラソルを揺らした。

「アキラ様」

「なに?ジャンヌさん」

「アキラ様だけ帰りましょうか?」

「ん?」

「屋敷にではなくて、かつての意識に合流して解けましょうか、ということです」

「……へぇ?!」

戻れるの?!裏返った声からすぐにカナデの男性の声に戻る。

「はい。このままですと、アキラさまは気を病んでいく様子しか視えないのです。かつてのアキラさまの女性目線を忘れ、妻となったカナデ様を溺愛する未来がまったく視えません。こんなに心細い、世界をたゆたう思いは、とてもさせられませんもの」

白いパラソルをくるくるとお行儀悪く回しながらも、ジャンヌは己の失敗に居心地の悪さを感じているらしい。

アキラはじぶんの、カナデのがっしりしてるとは呼べないが男性的なシルエットなどを見直して

「いますぐできるの?」ジャンヌに問う。

「せめてカナデ様にお別れを。急にご友人が帰ってしまわれたら、この世界のアキラ様と二人ぼっちになってしまいます」

「もっとはやく提案して欲しかった」

「……ふたりで楽しくセカンドライフを送る道もあったのです。しかし、レモネードを口にしないアキラ様を見て、なぜでしょう、合致しないと思ったのです。ご安心ください。意識は仮止めされているだけですぐ流れ着きます。この海のように漂流することはありません。カナデ様のことも見守っていく所存です」

「さすが側用人」

「あの、側用人とは、どうやら将軍や戦に関係ある方の近くにいる人のことのようです。この世界では戦争がありませんからわかりませんが、星の記憶はおそろしく多岐に渡るもので」

「そっか!ごめん!ありがとう、ジャンヌさん!ちょっとカナデのところ行ってくる!」

「ああ、その元気と健気さがアキラ様なのですね。やはりジャンヌは申し訳ないことをしました。どうか、お別れを」

アキラが木陰から飛び出して、独特な砂浜を走り砂埃を上げ、カナデのちかくまで、なんだか本当に気味悪そうに薄紫の海へ身を浸していく。

「幼馴染との恋の逆転、幸せルートは閉ざされましたか。仕方ありません。これは、心と身体の在り方と、全てはセカンドライフとやらへ辿り着く旅路ですものね、すべては星のご意志です」

差していたパラソルを握り直し、

「さて、このジャンヌめも、海水、よくというものを楽しませてもらいましょう。海は魚を獲るためだけではないのですね」

脚についた砂粒をちょっと邪険に思い、それでもすぐに海水で流されることに気づいたジャンヌはご主人の元へと駆けつける。ほんとに、彼の方に仕えて良かったと心から毎日を思う少女が。


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