第8話 ジャンヌの長いお話と初夜の翌日
アキラが言う。
「か、え、れ、な、い、じゃないのぉ〜……」
一晩幼馴染(全身逆転?した)相手と、相部屋までして。
「待って、待って!状況を、整理しよう」
アキラが途中で急に男性口調になった。
「いま、お互いの身体が、逆転しているようだけれどこの世界では通常の性。通常の自己。うん。だめだ、わからない!こんなことが起こるなんて!」
完全に何かに怒っている。
「アキラはわたしと結婚するの嫌?ぼくはもう慣れた。ここは商業を営む村で。二つの大手のうちの、その片方の娘。名前も向こうと同じでカナデ。一方、アキラは長年競り合ってきた強豪の同じく商家の長男。もう、いっそ婚姻を結んで大きな商家として生まれ変わろう、っていう状況」
「きみはそれでいいのか?!」
アキラもだいぶ、こちら側になってきた。そろそろ夜が明けて、空が白み始めて、小鳥が二羽くらい可愛く囀っている。
「ああ、女なのに、幼馴染の男のそっくりの体で?!として、その幼馴染と夜を明かしてしまったあッ!」
アキラ若旦那は頭を抱えていた。
「べつに何かあったわけじゃないんだし、いいじゃない。ぼく、このカナデ様、すんごい楽。商家の御息女として慎ましくしてればいいんだから」
布団をパタパタしながら上質な膨らみと軽さ、ぬくもりを全身で感じる。良いもの揃えてくれたんだな。これは結婚生活も期待できる。
それにしても。
「ちょっとそのジャンヌっての呼んで来なさいよ」
だめだ。完全にオネエ言葉の若旦那になっちゃう。ちょいちょい元の性格(?)も出るのだが、色素の薄い髪にぼくの顔で凄みを利かせて今は、わたし、カナデの侍従、とでもいうのだろうか。専属メイド。勝手に聖女と呼んでいるジャンヌへと敵愾心を向けている。
わたしは自分の決まった性に満足しながら、
「それが、嫁入り道具に限りがあるかのように連れてこられ無かったんだよね。太もものナイフに手を添えて本気で泣くから心配になっちゃった」
「そのジャンヌって子、どういう子なの……」
どういう子……。
「夜空の向こう側の苦しんでいるぼくを見つけてくれた星の末裔」
「ファンタジーすぎて、いっそ、元の世界のあんたを、その、あえて言うけど両性を持つ神聖な存在に感じるし、でもそれゆえの思いに応える天使な気もするから、……わかった、聖女ね、聖女」
「お昼頃になったらこのアキラの屋敷の人が来るって言ってたから、ジャンヌだけでも側用人にできないか聞いてみるよ」
「お願い、そうして。じゃないと、二人して大学からも目覚めからも遠ざかって今後の人生設計できない」というすこし髭とは呼べないけれど薄い産毛の生えてきたアキラの顔をみる。ぼくってこんな顔なんだ。一晩経ってアキラから見た、難しいな、アキラ自身というか、ぼくというか、わたしカナデはどんな妻なの?
果たしてジャンヌは新婚の二人の側用人に昇格し、全速力で突進してきてわたしを抱きしめる!
「やりましたね!カナデ様!夜空の向こう側の幼馴染の方と結婚!だいじょうぶです!ジャンヌにはすべて見えております!結ばれずともじっくり心を通わせれば良いのです!」
「ねえジャンヌ、あなた何歳?」
「十六、七、お嬢様と同じくらい、ではなくて!若奥様と近い年齢でございます」
そのわりにはなにやらいろいろ見通していて耳年増とは違った大人っぽさ。
「あ、なんか思い出してきた」
ジャンヌは、使用人としてとある人間から買われた娘だ。当時、使用人と楽しく話すのはお母様が生きていた時代は問題なかった。ジャンヌは世にも珍しいこの世界の、祈りとこの星の源を汲み取る「星の末裔」だった。できることといえば予知。他のメイドが割りそうになったティーポットを熱いのも我慢して受け止めたり、二階の窓にムクドリが巣を作るから人気を多くして巣作りしないようにすれば良い。など、面白いことを毎日的中させたり予防してきた。ちなみにそんな星の末裔のちからを得ようと妾にされそうになったり、攫われそうになったりも我が一族で全力で阻止してきた。なぜなら次に売れるものがわかるから!ジャンヌは街並みを歩けば幻のように予知をする。流行は手のひらの上だ。どこの家とどこが結婚式をあげ、誰と誰が結ばれるか。どこの店のどんなところが儲かるかもわかる。
色々綴ったが、とうとう祈りが異世界レベルまで達して、わたしというか、大学生のぼくまで夜空の向こう側の悩みを通して引っ張り込んでしまったらしい。
「それと、わたしは、どういうカンケイがあるのよぅ?」
アキラが涙目でジャンヌの生い立ちとスキルを聞き終わって恨みがましく問う。
「それはー……」
ジャンヌが、口元を隠しながらチラリとこちらをみて耳打ち。
「幼馴染のアキラ様も幼少の頃、カナデ様が好きだったので、世渡りの祈りのちからに引き寄せられたのかも、と」
「!!」
わたし、カナデは驚愕した。え!小さい頃わたしたち、両思いだったの?!
そんな場合ではない。アキラはとばっちりでこちらにジャンヌの祈りのちからで飛ばされて、わたしと結婚する羽目になったのか!と、思ったところで。
「ねえジャンヌ」
「はい!若奥様!」
「この世界、わたしたちが来なければどうなってた?」
「結局アキラ様もカナデ様も結婚の道を歩まれてました!それも恋愛結婚というやつです!ので、やはり商いの方もウハウハですが、それらはお二方のお父上たちが凄腕なので、お二人がやることはとにかく……、なんでもありません、ズバリ、わたくしとしましては長年お家で苦しめられてきたカナデ様が素晴らしきセカンドライフを送ることでございます!」
アキラはもう、失意の底で、
「なんなの、そのセカンドライフって」
あと、むこうのわたしどうなってるの、ああ。と呟いている。
「アキラ様、ご安心ください。今のお二人はなんと言いますか、馴染む?ちがいますね、薄く切られたジャガイモといいますか、とれーす、トレースというやつで。向こうは向こうでいつものお二人がもう生活なさってるんですよ。いまのお二人は、本当に、混乱なさるかもしれませんがただ外見が相手になっただけの個人なのです!」
さあ、まずはなにをお望みですか?!
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