第35話 便利器具5

 朝出勤すると泊まった商人たちが珍しく集まって話をしている。

 本来は商品の仕入れに朝から出かけて昼過ぎまでいないのだが、今日は違った。

 夕食を食べてから疲れが取れて体が軽くなったとか、怪我していた傷が治ったなどと話をしている。


 清掃道具を準備していたら女将さんが息を切らせて走って来る。

 「ゆき、大変だよ!」

 うっわー。今度は何?


 「あんた昨日野菜を元通りにした時、何かしたかい?」

 はっ?

 何のことだろう?

 頭に『?』マークを付けて首を傾げる。


 「昨日の夕食を食べた客の体が楽になったとか、傷が治ったとか、色々言ってくるんだよ」

 えっ?

 まさか回復魔法で食材を元通りにしたことが原因かな?

 ヤバい?

 

 ここは調達した食材のせいにして貰おうか?

 それか、何かの薬草が混入されたとか?

 ないない!

 信用問題になる!

 ってか、薬草って何?


 はっ!

 トシンの前足が山程あるな。

 あれって何に効くのかな?

 あかんあかん。

 前足使ったら薬膳料理やん。


 どうしよう。

 なんて、考えていると、お客が女将さんに夕食のことを聞いてきた。

 「昨日の料理は、また来たら食べられるかな?」

 「あれは、昨日だけです。主人が怪我をして急遽調達した食材ですので」


 女将さん!グッジョブ!

 「そうか。残念だな」

 その後も、同じことを聞いてきた客に同じ返事をしている。

 ありがとう!女将さん!


 にしても、食材に回復魔法はヤバいな。

 気を付けないと!

 「女将さん、済みませんでした。」

 深く頭を下げて謝罪する。


 「やめとくれよ。あんたのお蔭でケイブは助かったんだから。あんたがいなかったらあの人は死んでいたよ。生きていても腕が契れていて大変な人生を送るところだった。本当にありがとう」

 そう言って手を握ってきて頭を下げてくる。


 今日のことを肝に銘じ、食材に回復魔法は使わないと心に決める。

 薬膳で思い出したトシンの前足について女将さんに聞いてみる。

 「疲労回復だよ。前足の肉を乾燥させて粉にした物と砕いた爪を混ぜて、煎じて飲むんだよ。医務所で売っているよ」

 栄養ドリンク的なやつかな?


 「買いに行くのかい?」

 「いいえ」

 両手を振って否定する。

 「何故前足だけかなと思って」


 「トシンは前足でジョオル草をすり潰して前足全体に塗りつけるんだよ。他の野獣から身を守るためにね」

 へえ、そうなんだ。

 で、ジョオル草って何?

 身を守るって、何の草?


 話をしていると、サラが一人で仕事に向かうのが見えたから、女将さんに頭を下げて彼女の後を追う。

 仕事をしながらサラが昨日の治療は凄かったと何度も話してくるし、見ていたお客が噂しているから町で広まるのも早いだろうと脅してくる。

 絶対マズイやつだ。


 仕事が終わってサラと賄を食べているとユールイジ団隊長のセドルがやってきた。

 「ゆき、俺達明日王都を出るんだが一緒に来ないか?」

 はっ?

 一緒に?


 「仕事あるし、無理だよ」

 いつも、一ヶ月近く帰って来ないのに、そんな長い間王宮に戻らなかったら大問題だよ。

 サルナスに怒られる上に監禁されるかもしれない。

 ムリムリ。


 「でも一緒に連れて行けって母さんが言うんだよ。」

 「えっ?女将さんが?何で?」

 昨日の一件で問題が発生してクビかな?


 落ち込んでいるとサラが話に入ってきた。

 「行けば。昨日のことは直ぐ町中に広がるよ」

 えっ?

 町中に広がる……。


 「昨日の事故、近くの警備兵も飛んできたそうよ」

 「警備兵?」

 驚いて大声を出してしまった。


 ヤバイヤバイ。

 勝手に王宮を出ていることがバレる上に、回復魔法で治療したことまでバレる。

 血の気が引いていく私を見てサラが続けて話す。


 「警備兵は魔法を使うところは見ていないから大丈夫よ」

 えっ?

 ゆっくりサラに目をやる。

 「ゆきの治療が早くって回復士も警備兵も、皆が仕事に戻った後に来たのよ。でも、お客が事故のことを噂していたから話は聞いて帰ったと思うよ」


 良かったのか?

 良かった?……かな?

 いや、マズイな。


 「ほとぼりが冷めるまで王都を離れた方がいいってことだな」

 セドルが肩を叩いてくる。

 でも、王宮に長く帰らなかった絶対マズイことになる。

 どうしよう。


 一晩考えさせて欲しいとセドルに伝える。

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