第29話 職場4

 レイラの家にお邪魔してから彼女に会っていない。

 私は仕事がない日は朝から森に野獣討伐に行って、夕食は遅い時間に食べているからだ。

 そう、ほぼ部屋にいないということだ。


 前の生活だと、休みの日はゴロゴロしていたな。

 相当、仕事がきつかったのね。

 こっちは半日しか働いていないし、3日行ったら休みだし、体に優しいわ。


 まっ、早寝していることも関係しているかな。

 テレビないし、ゲームないし、飲食店ないし、夜遊するものがない。

 街灯は設置されているが距離があって正直暗い。

 田舎のお婆ちゃん家より街灯が少ないかも。


 今日もトシンを討伐して宿に向かう。

 忙しい厨房で毎回前足をカットして貰うのは心苦しいので、最近は自分で前足を カットして持って行っている。

 もしかして、トシンの持ち込み過ぎで嫌がられているかも。


 「いつも助かるよ」

 「こちらこそ、いつも引き取って頂いて感謝しています」

 トシンをキッチン台に置いて帰ろうとして、入口で立ち止まる。


 厨房の端でジャガイモや人参の皮を剥いている人がいる。

 ジャガイモ……。

 ポテトチップス食べたいな。

 ジャンクフードもここにはない。


 おやつは甘いケーキやクッキーだ。

 正直、塩気のあるおやつが食べたい。

 ポテトチップスや煎餅でもいいな。

 醤油味の煎餅とか塩味の煎餅が食べたい。

 でも、お米って見たことないな。


 「女将さん!」

 カウンターにいる女将さんのところに走って行く。

 「何だい?どうした?」


 「厨房を使わない時間借りることは出来ますか?」

 「厨房?何でだい?」

 「ちょっと作りたい物があります」

 「作りたい物?」

 両手を胸の所で握手させ、大きく頷いてお願いする。


 「厨房のことは料理長に任せているから、彼に聞いておくれ。彼が許可したらいいよ」

 「ありがとうございます」

 女将さんに頭を下げて、厨房へ走って戻る。

 「料理長!」

 ちょっと声が大きかったみたいで、そこにいた人全員が一斉にこっちを見る。


 「どうした?」

 「料理長、厨房を使わない時間、私に使わせて下さい」

 「厨房を?」

 「はい。女将さんは料理長が許可したらいいと言っていました」

 料理長は暫く考えて答える。


 「仕込みは昼前だから朝早くなら構わないよ」

 「ありがとうございます。それでは、明日借ります」

 そう言って厨房を後にする。


 帰りに市場でジャガイモを買って収納ボックスに入れ、ついでに他の買い物もして帰る。


 翌朝、仕事より早起きをして厨房に行き、ジャガイモの皮を剥きスライスしていく。

 昨日、ガスの使い方や必要物品の場所は教えて貰っているので作業は手間取ることなく行える。

 鍋に油を入れて、スライスしたジャガイモを揚げる!


 揚がったジャガイモに塩を振りかけ食べてみる。

 ポテトチップスだ!

 美味しい!!


 上手くできたら、山形さんたちにも持って行こうと思っていたからジャガイモは袋買いだ。

 いっぱい作るぞ!!

 大きな網がいっぱいになった時、料理長が厨房に入ってきた。


 「おはよう」

 料理長の方を向いて挨拶をする。

 「おはようございます。もうそんな時間ですか?」

 「いや、早く来たんだ。君が何を作るのか見たくてね」


 そう言ってポテトチップスを見た。

 「これは何だい?」

 「ポテトチップスです。食べてみて下さい」

 料理長はポテトチップスを一枚手に取り、裏表を何回か見て口に入れる。


 「!! これはなんだ!! 美味しい」

 「お口に合って良かった」

 料理長が美味しいと褒めてくれたなら、この世界の人の口にも合うな。

 見ていると、手が止まらないのか何枚か続けて食べている。


 「これは止められないな。この料理を教えてくれ。今晩、食堂でお酒と一緒に出すよ。いいかな?」

 「構いませんよ」

 お酒か。

 こっちに来てから飲んでないな。


 料理長に作り方を説明すると、横で一緒に作り始めた。

 お互いの網にポテトチップスが山となった頃、他の従業員が出勤してきた。

 「おはようございます」

 「おはようございます」


 次々、挨拶しながら入って来る。

 「おはよう」

 料理長が皆の方をみて挨拶を返す。

 私も頭を下げて挨拶する。


 「おはようございます。良ければ皆さんも食べてみて下さい」

 自分が作ったポテトチップスを入れた網を出勤してきた人に出し、食べて貰う。

 「上手い!!」

 「うわー!何ですかこれ?凄く美味しい!!」


 「ポテトチップスよ」

 「ポテトチップス?」

 全員ハモって聞いてくる。

 「ジャガイモをスライスして揚げて、塩を振って出来上がり!」


 「美味しい!止まらないよ」

 「料理長!これ流行ると思います!」

 「あぁ、今晩の料理に出す予定だ」

 全員、ポテトチップスが止まらないようだ。


 あっという間に網のポテトチップスが無くなった。

 これは想定外だ。

 持って帰る分が無くなるとは考えなかった。


 まっ、ジャガイモは袋買いだからドンドン作ろう!

 って、訳にもいかないか。

 仕込みが始まるからもう止めないといけない。

 また作るとして、今日は少しだけ揚げて持って帰るか。


 急いでジャガイモの皮を剥いてスライスしていると、従業員の一人が手伝いにきてくれた。

 「俺、皮剥いてスライスします」

 副料理長だ。

 「ありがとうございます」


 助かるわ。

 でも、料理長も副料理長もポテトチップスにかかりっきりでいいのか?

 他の従業員は特に困った様子もなく自分の仕事をしているから、いいことにしよう!

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