第25話 野獣5

 馬で連れて来られた家の扉を、ノックせずに入って行く。

 「ラマイル!」

 セドルが大声で呼ぶと、奥から中年の女性が出て来た。


 私は引っ張られたまま女性の前を横切り、目が合ったので軽く頭を下げる。

 奥の部屋に連れて行かれると、ラマイルがベッドサイドの床に座って泣いている。


 「彼を治療してくれ」

 セドルがベッドを指して言う。

 はっ?治療?

 私が?


 「治療って?回復士は?」

 ビックリして声が上ずっているのが自分でわかる。

 「朝まで何回か、回復魔法をして貰ったけど、もう、毒が深くまで入っているから効かないと言われた。昼までは持たないそうだ」

 ラマイルは泣きながら小さな声で話す。


 ベッドを見ると患者は意識がなく、一生懸命呼吸している。

 努力呼吸。

 ヤバイな。

 毒と言っていたな。

 呼吸筋が麻痺したら呼吸停止になる。


 何時間経ったか解らないが、恐らく他の臓器も麻痺しているだろうから、死期は近いな。

 「頼む。彼を助けてくれ。弟を助けて下さい」

 ラマイルが床に頭をつけてお願いしてくる。


 「俺からも頼むよ。もうゆきさんしか頼れないんだ」

 セドルも床に頭をつけてお願いしてくる。

 治療って…。

 私は壊れた壁や岩しか直した事がないのに。


 隊長達の時は怪我だから、壊れた所を治すイメージと同じ感覚で治す事が出来たと思う。

 毒ってどうやって治すの?

 「あのう、私は回復士じゃないから治療した経験がないの。だから、治せるか解らないけど一応、回復魔法をやってみるね」


 そう言って、ベッドサイドに立ち、両手を患者の体の上に広げ、全身を包み込む イメージで回復魔法を送る。

 ん?何?

 手が引っ張られる。

 患者を見ると黒い物体が体の中に渦巻いている。


 いつも飛ばしている回復魔法は、白い光で回復する場所を包み吸収されていく。

 隊長達の時も、体に当たった光が全身を包んで吸収されていった。

 今回は吸収されない。

 回復魔法を送りながら、体の黒い物体の流れを見る。


 腕の一部に黒い塊を発見する。

 そこが黒い物体の中心のようで、黒い塊から細い糸が出て体の中に流れていく。

 血管?

 血管に沿って黒い物体が流れている?


 腕の黒い塊は噛まれたところかな?

 体の胸元で黒く渦巻いている所は心臓?

 毒が体中を流れているのが解る。


 私は体の上に左手を翳し回復魔法を送り、右手は腕の黒い塊を覆い隠すように置き直接回復魔法を体内に送った。

 正確には、体内に送るイメージをしながら回復魔法を使ったと言うべきか。


 左手は動かさない方がいい気がしたから片手だけ移動させたのだ。

 右手の回復魔法が黒い塊に纏わりつき、白い光と黒い物体が捻れるように体内に入って行く。

 捻れた白い光と黒い物体は何周目かで黒い物体の方が段々細くなっていき、暫くすると黒い物体は無くなり白い光だけが体内を移動し始める。


 白い光が何周か体内を回った後、体の上から送っていた回復魔法が全身を包み込み吸収されていく。

 吸収され始めて暫くすると患者が目をあけた。

 「レヴィ!」


 ラマイルは弟のレヴィに抱きつく。

 「良かった。良かった。」

 「俺?確かスネージャーカルの毒にやられた筈なのに」

 「ゆきさんが治療してくれたんだよ」

 ラマイルがゆきの方を見て頭を下げる。


 「ありがとうございます」

 「いえ、助かって良かったわ」

 マジ助かって良かった。

 死んでいたら責任問題だよね。

 二度とこういうのはごめんだ。


 「ゆきさんありがとう。無理に連れて来て済まなかった」

 セドルが頭を下げる。

 「そうね。無断欠勤だよね」

 無断欠勤の上、今日の給料なしだな。


 「でも、彼が助かって良かったわ。もし治療出来なかったらどうしようかとドキドキしたよ」

 そう言って笑うと、二人も安心したように顔が綻んだ。

 「ゆきさんありがとうございました」

 弟のレヴィが起き上がってお礼を言う。


 「起きなくていいから寝てて。早く体調を戻して!」

 「もう、戻りましたよ」

 えっ?

 「戻った?」

 私は何を言っているのか意味が解らず聞き返す。


 「今、回復魔法で治療してくれたじゃないか」

 セドルが笑いながら言う。

 はっ?

 回復魔法で治療したら直ぐ元気になるの?

 回復魔法凄い!!


 「優れた回復魔法が使えるのに、女性だから回復士になれないなんて。この国はどうかしている!」

 セドルが怒り口調で言う。

 あっ、私が回復魔法使ったのは内緒にして貰わなきゃ。

 「あのう、私が回復魔法使える事は内緒でお願いします」


 そう言って頭を下げる。

 勿論だと、全員頷く。

 私達の声に先程の中年女性が、扉を開けて入って来た。

 「お母さん」


 レヴィは母親の側に行き抱きつく。

 「レヴィ?本当に?レヴィ元気になったの?」

 「ゆきさんが治してくれたんだ」

 「ありがとうございます」

 母親が泣きながら頭を下げる。


 泣いて喜ぶ母親を見て、助かって良かったと改めて思った。

 母親にも回復魔法のことを内緒にして欲しい事を伝えると、快く承諾してくれた。


 まっ、女性が回復士を名乗ることは出来ないから広まることは無いだろうけどね。

 一応、念を入れておいただけだ。


 サラは昨日のセドルの状態から、私が連れて行かれると悟っていたのね。

 普通に手を振って見送っていたな。


 

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