第6話 魔法1
昼は食堂で食べるからと配膳を断っているから、夕方までゆっくり魔法の練習が出来る。
夜も断ることにしよう。
食事の時間を考えながら練習していたら、いい感じと思った時にやめなければいけない。
そんな事を考えながら階段を降りる。
真ん中の階段から外に出る。
初夏の空気が気持ちいい。
目の前には芝生が広がり、芝生の奥に花壇がある。
花壇はかなり遠いけど。
正直小さくしか見えない。
部屋からも見えるが、魔法の練習に没頭していて気にして見たことはない。
階段を降りてきた所から真っ直ぐ花壇まで石の歩道が続いている。
階段を降りたこの場所から左右にも石の歩道があり、その歩道を挟んで芝生が敷かれ、建物側の芝生にベンチがある。
右の歩道を歩いて食堂棟の奥に行ってみようと思い向きを変える。
ん?
ベンチに中野充が頭を抱えて座っている。
何かあったのかな?
気づいていない振りをしようか?
でも、前を通るし、人としてそういう訳にはいかない。
何かあったなら、話くらい聞いてあげ方がいいか?
一緒に召喚された者同士だし。
彼の前に立ち声を掛ける。
「こんにちは」
中野充はゆっくり顔をあげる。
その顔色は悪く、覇気がない。
「どうも」
声が小さい。
どうしたのかな?
何かあったようだけど。
「どうしたの?」
声を掛けると、彼は下を見たまま呟く。
「剣が重いんだよ」
剣?
少し間を開け、またボソボソ話す。
「剣が重いんだよ」
えっ?
「剣が重くて上げられないんだ」
三回言ったよ。
「俺、勇者だろ?」
私も一応勇者だけどね。
「勇者って、簡単に剣を振り回したり、大魔法が使えたりするよな」
突然こっちを見て大声で話し始める。
「その剣が振れないって可笑しいだろ?」
いや、可笑しいのはあんただよ。
「普通、勇者として召喚されたら勇者の力が加わっているよな?」
いや。私に聞かれても。
「俺の勇者人生が可笑しいんだ」
面倒臭そうな人だな。
「私達。テスト勇者だけどね」
「テスト勇者でも、勇者だろ?」
いや、テストだから勇者ではなく、只の人間が召喚されたかもしれないし。
周りが、勇者を召喚したと思っているだけかもしないし。
勇者じゃない可能性、高いよね。
私は隣に座って、中野充の話を聞く。
「王様に、護衛部隊に入ってと言われて入隊したけど今日辞めてきたんだ」
はや!
まだ、一週間だよ。
「剣が上げられなくて、号令に合わすことが出来ないんだ」
剣が上げられないなら、そうなるだろう。
「体力作りの基礎訓練も付いていけなくて」
運動していなければ体力も付つていないしね。
「腕は張るし、手に力は入らなくなるし……。今日は素振りで剣が手から離れて……」
あっぶな!
誰かに刺さったらどうするの?
「その剣が、隊長の足元に刺さって……」
こわっ!
ってか、ヤバ。
「皆には冷たい目で見られるし……。今日だけじゃないけど」
彼の話を聞いていると、他人事ではないと思う。
勇者の肩書隠さないと。
この世界の人は、必要ない勇者のことをどう思っているのかな?
何時間、彼の話を聞いていただろう。
太陽が頭上にある。
食堂棟に向う予定だから、食事してから練習場所を探そう。
「聞いてくれてありがとう」
「いえ。いい助言も出来なくてごめんね。あっ、話はいつでも聞くから」
「ありがとう」
二人で立ち上がり東の階段に向かって歩き出す。
階段の所で挨拶して別れる。
「ゆきさん。どこ行くの?」
ゆきさん?
「食堂よ」
振り向いて答える。
「食堂?食堂で食べるのか?」
「そうよ」
「じゃ、俺も今日は食堂で食べようかな」
何ですって?
「あなた、部屋に食事来るでしょ?」
「来るよ。ゆきさんは来ないの?」
「来ないよ。昼は断ったから」
彼がキョトンとした顔をした。
何で断ったのかと聞きたそうだ。
「メイドが運んで来てくれるのに食べないなんて失礼でしょ」
私はそう言って食堂に向かう。
彼は暫く階段の前に立っているが、向きを変え部屋へ戻っていく。
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