第298話 戦いの神


2年生の一部生徒が暴徒と化している最中、1年生は平和に補習を行っていた。



「しくしく……。めそめそ……なんでボクだけ補習を受けてるの?」


「バカだからじゃありませんの?」


「辛辣だな。まぁ実際バカだけど」


「気にしないで、一ノ瀬さんはバカなりに頑張ってると思うよ」



「みんな酷くない?」



良き先輩の背中を見て育った後輩組も補習中に雑談をしている。

2年生同様に20~30人程度がこの教室に居るが、集中して補習を受けているのはごく少数……どころか一人も居ない。


その中でも一ノ瀬は一応真面目に受けている方だが、寧ろアシスタントと講師の方に問題があった。


西宮に会いに来ただけの四方堂。

南雲について来ただけの十河。

担任に根回しされて姉から学園に来るように言われただけの美保。


そして、その担任の片割れである東堂茜すら嫌々講義をやっているという始末。


この教室に居るほとんどの人間が不幸の最中に居た。



「だ、だる……一体この補習で誰が得をするのだろうか。しょーもな……」


「茜先生……それ、教師が一番言っちゃダメな奴です……」


「よし。このままだとみんなも集中出来ないから一旦休憩しよう」


「いや、一番集中してないのはアンタだぞ」



茜は現在、教卓の見えない部分にスマホを立てかけてソシャゲの周回をしながら講義をやっていた。

とても1年目の新米教師の所業とは思えない。



「嗚呼……人々が争う姿が見たいなぁ。暇だし」


「とんでもない教師ですわね。この人、本当に教員免許持ってますの?」


「そうだ。一ノ瀬さんでカップリング論争でもしよっか」



――その時、教室に亀裂が走った。



「いやいや、一ノ瀬さんが誰と絡もうと全然興味ないですよ。そうだよねー、みんな?」



「「「「…………」」」」 (←1年生一同)


「み、みんな……??」



ゴゴゴ……! と音が聞こえてきそうな勢いにあの十河さんが引いた。

1年生における『東堂枠』の一ノ瀬は非常に人気が高い。


そんな観賞用のイケメンと、その取り巻き3人が織りなす関係性を語るのは触れられざる禁忌の一つ。


と言うか、よく妄想のネタにされていた。



「……ふっ。みんないいツラ構えになったじゃん。それじゃあろっか」



この度、教師茜はこの問題に一石を投じようとしていた。


暇なので。



***


戦火はたちまち燃え広がる。

教壇を解放した戦いの神は椅子に座ってスマホを弄り始めた。

そして、それぞれの有識者は登壇してエピソードトークを熱く語り始める――



赤沢作:『不器用な子 side.十河灯』

(一ノ瀬×十河)


ある日、私から杏樹を奪うと言った一ノ瀬さんは……



「……ちょっと、ちょっと!? 待って。ごめん赤沢さん。誰から誰を奪うって?」


「十河さんから四方堂さんを……」


「まずそこがおかしいから!! 杏樹なんて誰にでもあげるよ!!」


「十河。茶々を入れずにまずは聞きなさい。わたくしはあなたがこの後どんな目に合うのか楽しみで仕方がありませんわ」


「コホン……それでは気を取り直して……」



***(take2)***


ある日、私から杏樹を奪うと言った一ノ瀬さんは私に対して決闘を挑んできた。

もちろん私も大切な杏樹を失うわけにはいかない。


だから、誰も居ない武道場で私たちはお互いがボロボロになるまで殴り合った。



「……そんなに杏樹が大切?」


「そうだよ。だから譲るワケにはいかない」


「そう……だったらボクも負けられないッ!!」



何度打ち込んでも、何度打ち込んでも、彼女は怯まずに私へと向かってくる。

その気迫に押されたのか、足をもつれさせた私は押し倒されてマウントを取られた。



「ボクの勝ちだ。十河さん」


「私はまだ、降参してない……! 杏樹は渡さないッ!」


圧倒的に有利な状況なのに一ノ瀬さんの顔が歪む。


「……ッ。どうして、十河さんは……」


一ノ瀬さんが拳を振り上げたが私の腕は足で押さえつけられているので動かない。

直撃を避けようと目を瞑り顔を背けた私の頬を打つのは拳では無かった。


(…………!?)


振り下ろした拳は地面を叩き、彼女は俯いて泣いていた。



「どうして……どうしてッ!」


「一ノ瀬さん……?」



「どうして……ボクを見てくれないの……!?


ボクは君の事がこんなに好きで苦しいのにッ! 」



「えっ……えええええ?!?!」



えええ!?

意味が分からない。ま、まさか、一ノ瀬さんは私の事……

だから杏樹を!? バカなの!?


……いや、そうだ! この子バカなんだ!!

こんな脳筋みたいな方法しか思いつかないアホの子だったんだ!



「ちょ、ちょっと待ってね。色々心の整理が……えーと、とりあえず、杏樹の大切はそういう意味では無くて……」


「えっ……つ、付き合ってるんじゃないの?」


「違うよ! わ、私は今そういう人は居ないから!」


「よっ…………」


「よ?」



「良かったぁぁぁ~~~ッ!!」



涙を残しながらも彼女はあどけない安堵の笑みを浮かべる。



「じゃあ、まだボクにもチャンスはあるのかな……?」


「ないよ! こんな殴り合いしてる間はノーチャンだから」


「そうだよね! ごめんっ! ……でも、もうこんなチャンス無いかもしれないから。今のうちに言うね……十河さん」



「好きだよ」



一ノ瀬さんは今度は真剣な表情をして言ってくる。

普通、殴り合った後のこの状況で言う!?

不器用で一直線な彼女の愛情表現に私はたじたじだった。



「好きだ……」


「~~~ッ!!」


「好き」


「わかっ、わかったからぁ!! 私も……嫌いじゃ…………って、違う!!

あ~ッ! もう降参!! 降参するから!!」


「愛してる」


「あ~~~、もうっ!! 分かったからっ! 顔、近いぃ……」



結局この日から私は一ノ瀬さんからの猛アタックを受ける事になった。

正直、元々一ノ瀬さんはカッコいいとは思ってたし、

少しはその……気になってたし……?


ど、どうしよ!?

このままプロポーズされ続けたら私……どうなっちゃうの~~~ッ!?


***(つづく)***



「「ギャー――ッ!!!!」」 (←一ノ瀬&十河)



「ヨシッ。仕方ありませんわね。そこまで言うなら十河は一ノ瀬に差し上げますわ。大事にしなさい」


「要らないよ!! こんなメンヘラストーカー女!!」


「おい、赤沢! この後、十河はどうなっちゃうんだ?」


「どうもならないよ!! プロポーズされ続けても一生ノーチャンだから!!」


「お楽しみ頂けましたでしょうか。これが『一×十いちそご』です。さぞ尊いでしょう?」



同じ学会に所属する女子からは拍手が上がる。

部外者は意外と楽しめたが、物語の登場人物たちは瞼が痙攣していた。

十河はここからインターバルが入るが、一ノ瀬には怒涛のラッシュが襲い来る模様。


***


尚、『一×十』続きは入会手続きをして頂ければ誰でも閲覧出来るそうです。

興味を持った方は是非ご入会下さい。(嘘)



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