第297話 フーリガン


本日は実質的な夏休み初日。

では、夏休みになったら何が始まるのか。



――補習が始まる。



教室に集まる20~30名は夏休みにも関わらず休日返上で勉強をする猛者たち。

またの名は愚者。



「西宮さんは昨日あーちゃんと何してたの?」


「うなぎの掴み取りをしてたわ」


「ふーん。ちょっとおもしろそー」



早速関係のない話をしている二名。

彼女たちは補習教室のヌシを呼ばれるものだった。



「最後に胸で捕獲出来るまで明里には手取り足取り教えられたわ」


「何それ。詳しく」


「ちょっとぉ!? だいぶ語弊があった気が!?」



極力関わらないようにしていた東堂は現在、講義中の百合ひゃくあのアシスタントをしていた。

言葉足らずの西宮の代わりに釈明しようとする東堂。

しかし、そろそろ補習教室のヌシも黙ってはいない。



「そこ! 雑談せずにちゃんと補習を受けなさい!」


「ごめんなさい。昨日ちょっと、明里に谷間の味の感想を聞いた話をしてて……」


「と、東堂さん……?」


「違うんです!! ちょっと話に流れみたいなのがあって!!」



謎の威圧感を発する南雲も怖いので、それからしばらく東堂の釈明会見は続いた。



「ほっ……良かったです。講師陣に不適切な行為が発覚したかと思いました……」


「良くはないよね。あーちゃんは変なもん食わされてるんだから」


「別に普通のうなぎだったよ!?」


「まぁ……そうですね。別に何処で捕えようと味は変わりません。では、補習に戻り……」


「百合先生は谷間が無いからそんな事言えるんだ!!」


「やかましいですよ!!」



百合の胸事情を見て悲痛な叫び声を上げる南雲。

本当に悲痛なのは百合の方だった。


現在進行形で南雲は真剣な表情をして百合を問い詰める。



「じゃあ、百合先生は万里ばんり先生の胸で挟んだタピオカ飲めるの!?」


「えっ……それはどうゆ……え? 全然意味わかんな……」


「飲めるの!?」


「の、飲めます!!」


「OKよ。今、万里先生にタピオカを持参してくるようにコンタクトを取ったわ」


「えぇっ!?」



こういう時だけ西宮のレスポンスは異様に早い。

百合は『何処で捕えようと~』みたいな事を言ってしまった手前、答えは『YES』しかなかった。



「なんか想像以上に気持ち悪い返信が返って来たわね……」


「え、なになに見せてー。 ……うわ。居る居る。こういう人」


「ば、万里先生はなんと……?」


「まぁ……そうね。補習を続けましょう」


「気になって集中出来ませんよ!!」



こうして、南雲と西宮の術中に嵌った百合は無事脱線した。

何故、この教室でこれを止めるものが誰も居なかったかというのは語るまでもない。


そんな事が出来る人間はそもそも補習に来ていないのだ。



***


補習中ではあるが、西宮のスマホで万里との先ほどのやり取りを見せてもらう百合。



(西)『いま暇?』


(万)『ぼちぼちかな』


(西)『百合先生があなたの谷間で挟んだタピオカドリンクが飲みたいそうよ』



「ちょっと、ちょっと!? 私、飲みたいとは一言も言ってないですよ!!」


「ごめんなさい。語弊があったわね」


「今日の麗奈は語弊しかないよ!!」



西宮の悪意ある語弊に翻弄される2人であった。


しかし、問題なのはこれに対する万里の返信。

西宮は二つ返事が返ってくると思ったのだが……



(万)『タピオカ?』 

   『君が飲みたいだけでは?』


(西)『違うわ』

   『いいから早く準備しなさい』


(万)『バカだな君は』

   『聡美ちゃんはそんな事言わないし、タピオカなんて飲まない』

   『君と違ってもっと清楚なものを飲むんだ』



「飲みますよ!? 清楚な飲み物ってなんですか!?」


「百合先生の厄介オタクじゃん。こわ」


「ていうか麗奈、補習中に万里先生と普通に雑談してるんだね……」



この会話が百合に見られている事を知らずに勝手な理想を押し付ける万里。

どうやらこの段階の会話では西宮の交渉は失敗しているようにも見えた。



(西)『じゃあ逆説的に考えてみましょう』


(万)『ほう』


(西)『あなたは百合先生の谷間で挟んだタピオカを飲めるのかしら?』


(万)『飲めるさ』

   『一滴も余さず吸い尽くしてみせよう』


(西)『宜しい』

   『ならば今すぐタピオカを持参して補習教室に来なさい』



「立場逆になってるじゃないですか!? え!? 私が挟む側!?」


「……そもそも、逆説的ではないよね?」


「普通にキモ。あーちゃんも西宮さんに性癖歪められてこーいう大人になっちゃダメだよ」



程なくして万里が補習教室にやって来た。

せわしなく『あわわ』とする百合を見て教室の面々は色めき立つ。


ところが、万里はタピオカドリンクの類は持参して来ていない。



「なんか西宮さんが聡美ちゃんにちょっかい掛けてるんだと思って助けに来たよ」


「万里先生……」


「チッ……! 点数稼ぎがお得意なようで。このロリコン養護教諭」


「チッ! タピオカさえ持ってくれば補習は終わってたのに……ッ!! この偽善者ー!!」



頼りになる先輩教師に感動する百合。

西宮と南雲は万里のまさかの裏切りに罵詈雑言を浴びせていた。

そのまま万里は2人の間に立って監視をする事に。



「さぁ。補習に集中するぞ」


「万里先生、最後に一つだけ聞かせて。本当に百合先生の谷間で挟んだタピオカを飲みたくないの?」


「………………私がそんな事思うわけないじゃないか」


「万里先生っ……!」 (←感動)


「いま結構間があったよね……」


「覚えておきなさいよ。この貧乳好きめ」


「許せない!! このカッコつけの詐欺師め!!」


「君たちはフーリガンか何かなのか……?」



暴徒と化した2人に万里もまたドン引きしていた。

今年も初日からだいたいそんな感じで補習は進んで行くのであった。



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