第294話 メンヘラパウダー


行きは自家用車、帰りはタクシーという謎のムーブを見せた5人は無事に北条家へと帰宅した。

タクシー代は南雲や十河も払ってくれると言っていたが、流石に惨めすぎるので大人のプライドを見せた瑠美。


彼女は己の酒癖を呪い、しばらく禁酒する事を誓った。



***


帰宅後、早速おもてなしの準備に掛かった十河が作る料理は割と早く出来た。

東堂たちが中華、西宮たちが洋食と来たら南雲たちは和食である。



「お待たせ致しましたー。先輩と私からのおもてなしです♪」



独特な鍋に入った料理は鍋フタを開けると食欲をそそる香りと共に大量の湯気が出た。



「「「ご、ゴクリ…………」」」 (←北条家)



南雲考案で十河が調理したのは……『SUKIYAKI_SUMMER EDITION』である。


季節的には秋冬あたりに食べるイメージがあるが、十河シェフはオクラやナスといった夏野菜を入れた夏アレンジで提供している。

本当は和風御膳を作ろうとしたのだが、昨年東堂が提供したという事を聞いた為アレルギー反応が出た模様。


そして、なんと言ってもすき焼きで忘れてはならないのが肉の存在だが、今回使用している肉はA5和牛である。


ぐつぐつと煮えたぎる鍋の中で『食ってみろ』と堂々とした面構えをしている。

貧乏性な美保は肉一枚あたりの値段が気になって仕方がない。



「い、良いのか? こんな高級そうなもん食って……後で請求とかされない?」


「しないよ。私はただ北条先輩に感謝の思いを込めたくて……」


「十河……お前、本当はいいヤツだったんだな」


「本音は?」


「感謝の思いは本当です!! これは先輩とお泊りさせて頂く機会を与えてくれたお礼です!!」


「実質宿泊費じゃねぇか!!」


「よし、十河。お前には褒美として南雲と2人きりで寝かせてやろう。姉貴はアタシが隔離しておく」



気兼ねなく肉が食える事が分かったところでみんなですき焼きを頂くことにした。

絶妙な味付けとA5和牛の旨味はまさに絶品というに相応しい。

これには禁酒中だった瑠美も最後のピースを出さざるを得ない。



――ドンッ!!



机には『大吟醸』と書かれた日本酒の瓶がそびえ立つ。



「しまえ。禁酒はどうした」


「いやいや、和食と言えばコレだろ!? くぅ~~~ッ!! 涼しくなった財布にA5和牛が染みる~~~ッ!!」


「涼しくなった原因を思い出せ」


「まだまだ追加があるのでたっくさん食べて下さいねー♪」



自分の半分くらいの年齢の娘に高級肉を奢られても瑠美はそれをしっかりと堪能出来る。


これが母のあるべき姿である。


結局、タクシー代での大人のプライドは何だったのか。

瑠美の壮絶な禁酒生活は2時間で幕を閉じた。



***


瑠美がさやいんげんを美保の方へ寄せたり、

美保が人参を北条の方へ寄せたり、

南雲がしいたけを十河の方へ寄せたりしている間にすき焼きは無くなっていた。



「うぅ……ん、むにゃ。茉希ぃ……」


今日はすき焼き同様に瑠美の意識も無くなっていた。


「これ明日車取りに行けるんだろうな……? ビール代がどんどん高くなってく気がするぞ……」



3日連続で搬送している北条は慣れた手つきで母を寝室に運び込む。

明日は流石に休肝日にしてやろうと北条は固く誓った。


みんなで後片付けをした後はゲームやトランプをして遊んだ。

主に寝る位置を決める為の争いになっていたのだが、もう一本、もう一本と終わりの見えない勝負を繰り広げていた。

そこで、いい感じの時間になった頃に南雲からある提案がされた。


ルールは簡単。

布団に入って明かりを消してそこから1時間後に移動をしても良いと言うルールだ。

1時間は大人しく布団にいなければならないという健康優良児にはキツいルールだった。



「そ、そんなんアタシたちが不利だろ!! お前ら配信者と違ってこっちは規則正しい生活をしてんだよ!!」


「ふっ……諦めて美保ちゃん。どのみち君たちが寝たらどうなると思う?

そう、これより先は我々の時間なんだよ」


「先輩。これって要するに、寝たら負けって事ですか?」


「そう!」


「ふふふ……得意です♡」


「ちょっとコーヒー飲んでくるわ!!」


「なんというか……まぁ、いいや。やるか」



就寝位置を掛けて始まった不眠耐久レース。

カフェイン摂取はレギュレーション違反という事でコーヒーは飲めなかった。


……だがしかし。それとは別にこのゲームには必勝法があった。


開始位置は諸々の公平性を保った結果、

南雲⇒美保⇒十河⇒北条という順番になった。


勝ち確の勝負を前に南雲の口元は歪む。



(くっくっく……悪いけど十河さん。今回はもう……)



そう、南雲は先ほど遊んでいる間に十河の飲み物にメンヘラ御用達のパウダーを入れてある。

日本語で分かり易く言うと睡眠薬である。

尚、錠剤をすり潰したのでお薬が苦手な方でも気づかない内に安心して飲めます。


しかし、忘れないで頂きたい。



――ここにはもう一人、メンヘラが居るという事を。



(ふふっ……ごめんね先輩♡ 予定とは違ったけど、結果的には寝てる先輩に色々……)



そう、十河もまたメンヘラパウダーを南雲の飲み物に混入させていた。

やはり、最終的には寝ないなら一服盛っちゃえホトトギスという事である。


それでは暗闇の中、布団でほくそ笑む2人がどうなったかを見てみよう。



***


一時間後――



「あぁ……あぁ……ぁ」


「そ、十河さん。怖いんだけど……。眠いなら寝ろよ」



ほぼ沈みかけた意識の中、最後の力を振り絞って十河はうわ言を吐いていた。

自身も眠いがそれでもまだマシな方だった北条は動き出す。



「美保? まだ起きてるか?」


「……すぅ…………ふぁっ。ぉ、きてぅ…………」


「よし。寝てるな」



北条は移動して南雲の隣へ向かう。

すると途中、ほぼ無意識下で美保は姉の足に触れる。



「ぃぁ、やぁ…………」



縋りつくように触れるだけの指を振り払えなかった北条は、仕方なく南雲と美保の間に入った。

身体を南雲の方へ向けると、彼女もまた天に昇りかけていた。



「茉希らっしゅ……疲れたろ……。ワタシも疲れたんだ。なんだかとても眠いんだ。パト〇ッシュ……」


「最後、俺じゃなくなってる!?」


「……ごめ。先に…………逝く、ね…………すやぁ」



こうして彼女もまた安らかな寝息を立て始めた。

頑張ったわりにはイチャつく事が出来なかったが、北条は隣で気持ちよさそうに眠る南雲を見て満足して寝た。



***


嘘です。


普通に頭撫でたりキスしたりしてました。

尚、翌日一番最初に起きたのは瑠美だったらしい。



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