第292話 芸人魂


やんごとなき事情で浴室でローションプロレスをした西宮と北条は悲しい事故により両者気絶した。

迅速かつ秘密裏に蘇生処置を行ってくれた五味渕の功績により妹たちにはバレずに済んだ。

ヌルヌルを念入りに流した2人は浴室の後処理も五味渕に任せた。


こういう時だけは本当に頼りになる執事である。


2人は喧嘩両成敗という事で手打ちにしたが、実質的な事故割合は2:8くらいで西宮が悪いだろう。


ぶっちゃけ全然両成敗というノリではない。


まぁ付け加えるなら、車両による事故の場合もそうだが、少しでも動いていたらだいたい事故割合が0:10になる事はない。

ローションマットによる事故の場合でも乗った時点で北条にも責任が発生している。


触ったことが無い方には分からないと思うが、想像の10倍くらい滑るので浴室でローションを利用する際は本当に注意した方が良い。



***


ほどなくして帰宅した瑠美が風呂に入ったが特に何も気付かなかった。

北条は内心ではバレる心配していたが、よっぽど五味渕の処置が完璧だったのだろう。


瑠美が風呂から上がると見るからに豪華で美味しそうな洋食のオードブルが食卓に並んでいた。



「すげー。昨日の東堂さんみてぇだー」


「……それは寧ろ東堂が凄いのでは?」


「毎日こんな美味いものが食えるなんて……茉希はいい友達を持ったな」


「基準はそこかい」



料理の量は昨日の東堂に負けず劣らずだが、搬入を含めた人件費はとんでもない事になっているだろう。



「そうそう。これはメニュー表よ。欲しいものがあれば頼みなさい」


「マジでレストランみてぇだな」



一見、完璧にも見える食卓に瑠美は最後のピースを添える為に秘蔵の酒を探す。



「あるぇ? たしかこの辺りに……」


実は連日の飲み過ぎを防ぐ為に北条が前もって隠しておいた。しかし。


「洋食と言えばこれですわね」



――トン。



四方堂は持ってきたワインを机の真ん中に置いた。



「おおっ……!! これは!!」


「しまえ」


「いやいや洋食と言えばコレだろ!? それに社長の娘さんから出されたもんを断るのは……」


「はぁ……まぁいいか。昨日も酔い潰れてんだからあんま飲み過ぎんなよ」



アグレッシブなお嬢様は自らボトルを傾けて瑠美のグラスへとワインを注ぐ。

問題なのはそれを妙に慣れた手つきで行っていた事だ。



「……お前、常飲してないだろうな?」


「注ぎ方を知っているだけですわ」


「そんな事ある? まぁ……金持ちの教養は知らんけども……」


「それに、いざとなったら『全員18歳以上です魔法の言葉』を使うからお気になさらず」


「あ、じゃあ自分も四方堂さんのグラスに注ぎましょうか?」


「あら。これはこれはご丁寧に」


「だから二十歳未満は飲めねぇって言ってんだろ!! 絶対にやめろ!!」



※ゆるふわラブコメディ『しかしゅら』では、

未成年及び、二十歳未満の飲酒喫煙の防止に取り組んでおります。



***


金が掛かっているだけあってパーティーは何不自由なく進行した。

微々たる問題があるとすれば、4人がボケまくるせいで北条がツッコミ過労死を引き起こしそうになったくらいだろう。



「うぅっ! 茉希っ……! 特に言う事ないけど、なんか不甲斐なくてごべぇんんん!!」


「理由も分かってないなら謝んな」



毎回恒例の瑠美が酔っぱらった所でパーティーはお開きとなる。

ここで、何を思ったのか西宮が立ち上がる。



「まったく、こんなに飲んで。ほら、部屋に行くわよ」


「座れ。余計な事すんな」


「……茉希? アンタ……おっぱいこんなに大きくなってぇ……うぅ!! 成長って早いな……」


「おい。それ、お前の娘ちゃうぞ。昨日の感動を返せ」



手伝ってもらうのはありがたい事なので、北条は西宮の助けを借りて足腰の立たない瑠美を2人で支えた。



「……ふぇ? 茉希が2人? そうかそうか、私には娘が2人居たんだ……」


「あなたの存在が忘れられてますわよ」


「安心しろ。いつもの事だ」


「それはそれでどうなんですの?」



長女の茉希と次女の茉希に抱えられた瑠美は贋作次女を置いて寝室へと消えて行った。

慣れている美保は酔っ払いのやっている事を真に受けていない。

寧ろ、瑠美にはこの場に居る全員が茉希に見えていた可能性すらあるからだ。


母も次女も互いに扱いが雑であった。


瑠美を2人で搬送している間に四方堂は手際よく食事の片付けを指示した。

その後は西宮がセクハラしようとしてシバかれたり、西宮がセクハラしてシバかれたりとまったりと過ごした。


尚、四方堂の目があった為、北条は見えない部分で力を込めていた。


そして、美保と四方堂が別々に入浴を済ませた後、お待ちかねの時間が来た。



「じゃあ、お前らの布団……」


「4人で寝るわよ」


「食い気味やめて?」



東堂からの事前情報はここに来て役に立った。

北条は渋々と言った様子で昨日と同様に布団を三つ並べる。


昨日メンツと比べると有害指数が高いので北条は釘を指しておく。



「いいか? 絶対に変な事をするなよ。こんな時間に暴れたら下の階にも迷惑だからな。いいか、絶対だぞ」


「大丈夫よ。信頼と実績の安心宮さんに任せなさい」


「お前のそれが一番信用ならんわ」



本日のポジショニングは、

四方堂⇒西宮⇒北条⇒美保の布陣。


布団に入って消灯すると、さっそく西宮選手に動きがあった。


背を向ける北条に後ろから腕をまわして抱き着いた。

それくらいなら許容範囲として北条は西宮を放置する。

それを見た美保も負けじと姉の正面から抱き着く。



「お前ら。季節考えろ?」



エアコンは掛かっているが、暑いは暑い。すると今度は、



「お姉様……わたくしもお姉様に抱き着いてもよろしいでしょうか?」


縋るような声で四方堂は西宮に懇願した。


「もちろんいいわよ。好きになさい」



こうして4人は1つになった。

だが注意が必要なのはここから。

北条は気を引き締めて神経を集中させていると両隣からは健やかな寝息が聞こえて来た。



「…………」



『もしかしたら今日は寝られないかもしれない』

そう思っていた北条は肩透かしを食らう。



(いや!? そこは手を出せよッ!!!!)



手を出して欲しいワケでもないし、別に期待していたワケでもない。

しかし、いつものフリに対して本当に何もしなかった西宮は北条のツッコミ魂に火をつけていた。



***


翌日の朝。



一番最初に起きたのは眠りの浅かった北条。

もしかしたら寝ている間には何かされていたかもしれない。

ゆっくりと起き上がり身体を確かめようとすると西宮も目を覚ました。



「うぅん……。おは……ッ!?」


「どした?」


「う、腕が……動かな……しかも痛ッ!!」



そりゃそうである。一晩その状態で寝たら腕もそうなるだろう。

……だからこそ北条は言わなければならない。



「本当に何もせぇへんのかい!!!!」



魂のツッコミは言霊となって現れていた。



  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る