第290話 北条の誕生日と言えばコレ


7月23日木曜日。

明日が終業式で今日は何の変哲もない平日。


普通に全員が帰宅したと思いきや、



「やぁ。僕だよ」


「どうも! ボクです」


「…………入れ」



北条家に2人の僕っ子が訪問していた。



***


7月23日の北条の誕生日に先駆けて家庭科部員は裏でミーティングをしていた。

結論から申し上げると、2人2組で北条家に日替わりで凸する事になった。


北条に内緒なのはもちろんの事、美保は全体的に難色を示したので一ノ瀬と四方堂経由で瑠美を味方につけた。

諸事情により瑠美は四方堂からの要望を断る事が出来ないので、彼女は二つ返事で3連凸を許可した。


……まぁ、そもそも賑やかなのが好きなので瑠美は断る気0だったけども。


そして当日。ちょっとソワソワしていた北条。

最近やった血液型+星座占いで全員が誕生日を把握しているはず。


ところが、誰一人として下校時までプレゼントを渡す素振りはない。

しかも、みんなが意図的に北条の誕生日の話題を出さない時点で何かを企んでいる事を察した。


その結果が冒頭のアレである。


北条はお泊りセットを持ってきた東堂と一ノ瀬をリビングに通す。



「何しに来た?」


「誕生日おめでとうマキ」


「おめでとうございます! 誕生日会しにきました!」


「うん……だろうな。でもさ、これ明日もどうせ来るヤツだろ? なんでお前らまとめて来ないの? 仲悪いの?」


「いや……あと6人泊まるには狭いかなって……」


「泊まる必要ねぇだろ!? 狭くて悪かったな!!」



取り敢えず、トップバッターの方々のプレゼントは『おもてなし』らしい。

例によって東堂が晩御飯を担当してくれるそうだ。

現在時刻は17時頃で、晩御飯が出来る19時頃までは時間があるので北条は先に風呂に入る事になった。



「ボクがお背中流します!」


「いや、ええて。西宮辺りの悪い影響受けてるぞ」


「え、まさか僕が流す方が良かった……!?」


「……ええて。お前去年一緒に入って一生モジモジしてたじゃん」


「ふっふっふ……姉貴はアタシと風呂に入りたいんだよな?」


「…………ええて。一人で入らせてくれ」


「ほな、私かぁ」


「なんでそこでお袋が張り合ってくるんだよ!!」



今日は瑠美も年休を取っていた為、この時間帯でも自宅に居た。

娘の誕生日だったからというよりも年休消化の意味合いが強い。

金曜日でなく、木曜日に休み取らされている辺りに哀愁を感じざるを得ない。


結局、『誰とも入らない』という選択肢は提示されなかった北条。

選ばれたのは……


瑠美でした。



***


お出かけして一緒に銭湯や温泉に行くことはあるものの、北条が自宅の風呂に母と一緒に入ったのは遠い過去の話だった。



「お袋を先に洗ってやるよ。座って」


「おう、頼んだ」


「……今更だけどさ、別に一緒に入る意味は無かったよな?」


「まーだ言ってんのか、お前は! 10年以上一緒に入ってねぇんだからたまにはいいだろ」


「まぁ……いいけど」



娘に髪を洗って貰う瑠美だが、最後に一緒に入った時は今と立ち位置は逆だった気がする。

そう思うと何か感慨深いものがある。



「ううっ……ま、茉希ぃ。アンタ立派になってぇ……!」


「……酒入ってる? まさか昼から飲んでねぇよな!?」


「ち、ちが……! 飲んだのは朝だから!!」


「飲んでるかい!! まぁ、休みなんだから別にいいけどさ……」



飲んだのは昼前の話なので先ほどの涙はノンアルコールである。

北条が声を荒げたのは涙のアルコール度数ではなく飲酒後の入浴なので、別に飲酒自体を咎めている訳では無い。

あくまでも瑠美の健康を配慮しての事だった。


そんな調子で雑談しているうちに瑠美の身体を洗い終わった。



「あいよ。先風呂入ってて」


「なんでだよ。私もアンタの身体洗ってやるよ。こーんなペラペラの身体してたアンタがよくもまぁ……こんなエロい体つきに、なってぇ!」


瑠美は背後から娘を椅子に押さえつけながらガッツリお尻と胸をまさぐる。


「んんっ……やめっ……ぁ!」 (←ちょっとエッチな声)


「あ、アンタ……そんな声、セクハラ女に聞かせたら一発で犯されるぞ!?」


「今絶賛犯され中だわ!!」


「私が後20歳若かったら危なかったな」



娘の髪を洗い、背中だけ軽く流した後、瑠美は先に湯船に浸かった。

まったりとした時間が流れる中、娘の後姿を眺めながら過去の姿と見比べる。


(本当に立派になって……)


浴槽の上縁に肘を乗せて瑠美は改めて娘の成長を見て思いに耽った。



「えぇ……え? こ、今度は視姦??」


「ちゃうわ!! 健全な母のセンチメンタルを返せ!!」



身体を洗い終わった北条は母と交代するように言ったのだが、



「いいじゃん。一緒に入ろうぜ」


「どう考えても狭いだろ」


「細けぇこたぁいいんだよ!! おら!! 入れ!!」


「うぉ、危な! ……って」


北条は瑠美の身体の前、股の間に座らされる。


「ほんで、よりにもよってここ!? 子供じゃねぇんだから!!」


「なーに照れてんだこのマセガキが」



相当狭いので湯船からお湯が零れまくった。

ちなみに瑠美はそのまま北条を後ろから抱きしめる形となった。


相当狭いので。


ド密着にしばらくモジモジしていた北条も次第に慣れ始めた。

頃合いを見た瑠美が静かに語り出す。



「……よくもまぁこんなに育ってくれて。誕生日おめでとう、茉希」


「ん」


「気遣いも出来て、こんなに可愛いのに。私の目つきを受け継いじゃったせいで昔から全然友達が出来なくて、ごめんな」



瑠美は娘の頭を優しく頭を撫ながら謝る。



「別にお袋のせいじゃない。俺の問題だ」


「そんなアンタに、今はあんな風に誕生日会を開いてくれる友達がたくさん出来て嬉しいよ」


「それは……まぁ、うん……」


「大切にしなよ」


「うん。お袋……ありがと」



狭い湯船から瑠美が立ち上がり、取り残される北条。

脱衣所への去り際に瑠美はもう一つ娘に言葉を残した。



「あっ。あと、特に四方堂さんは大切にしな! あの子は良い子だぞ!!」


「台無しだよ!! 俺のセンチメンタルも返せ!!」



北条が感傷に浸ったのは1分にも満たなかった。


もちろん、さっきの言葉は母の照れ隠しだったのは知っている。

変な空気にならないように気を遣ってくれたのだろう。


心の中でもう一度、娘は母にお礼を言った。



***



――だが、しかし。



一足先に風呂を出た瑠美は東堂と一ノ瀬にウザ絡みしながら娘のπの揉み心地について熱く語っていた。

姉の方は『マジかこいつ』と正気を疑い、お礼の方は撤回しておいた。



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